Pray-祈り-


本編



あの人のためなら、この手を血で汚そうと決めていた。
元々血で汚れた人生だったから、今までと同じであるということには変わりない。しかし、それ以前に、この人の為なら全てを捧げて良いと、そう思えたのだ。
だから、赤にまみれたこの道を歩くということに、後悔は一切ない。
寧ろ、喜ばしいことなのだ。
彼の傍で、彼の為に、この力を使うということ程、嬉しいことはない。

「もう来たですか。意外と早いですねぇ。シリルはやられたですか?」

そう言って、ノア=フォレットは笑う。
彼の全身を覆うように、バチバチバチと電流が流れている。
既に、戦闘準備は万端なのだと言いたいところだろう。
部屋も、先程シリルが居た真っ白な部屋とは少し違い、その白い壁には、テレビのような薄いモニターが、壁に張り巡らされている。
ノアの後ろには再び上へと昇るための階段がついていて、彼を倒さなければ、やはり上へ上ることは出来ないのだろう。

「ノア…退いてはくれないか?これ以上お前たちと戦う理由はないだろう?何で、戦わないといけないんだ。」

イノセントが窘めるようにノアに語り掛ける。
その時のノアの表情は、少し罰が悪そうだったが、次に見せた時には感情の色を拭い取っていた。
無表情で、ノアは語る。

「どんなに言っても無駄なのですよ。僕は、アルバさんの為に戦うって決めたですから。そして、」

バチバチバチという火花が放たれるとともに、ノアは電気を帯びた何本ものナイフを投げ飛ばした。

「アルバさんに、お前らの排除を命じられていますですからね。」


第30器 孤独な暗殺者の伸ばした手@


放たれたナイフを避けると、そのナイフは白い壁へと勢いよく突き刺さる。
ナイフに突き刺さった後もナイフから電気は帯びたままで、その電流は壁へと伝わり、壁は一気に高圧電流を帯びた危険なものへと変化した。
今、壁に寄り掛かろうものならそれは一気に致命傷になる。
ナイフを持っていた利き手とは反対側の手…左手には、スタンガンが握りしめられていた。
そのスタンガンから流れる電流はあまりに不自然な程威力が強く、それが彼の神器なのだろうということを理解する。
ただ雷を操るだけなのであれば、まだ単純だ。
しかし、彼の能力はただ雷を操るだけではないのだろう。
この部屋にだけ不自然に貼りつけられた、薄い無数のモニターの数々。
これは、ただ単純に映像を映し出す為のものではないということは、いくらエイブラムでも容易に想像することが出来た。

「さて、と。じゃあ、僕も本気を出すとしますですか。此処まで来たんですから、殺される覚悟は当然あるですよね?どうなっても、知らねぇですよ?」

ノアは不敵に、微笑む。
そしてノアは、自分にとって一番近くにあるモニターへと触れると、その手がずぶりと水面に手をかざした時のように吸い込まれていく。
驚くエイブラムたちの表情を見て、少し満足そうな笑みを浮かべながら、ノアの身体はモニターの中へと消えていった。
壁から流れるバチバチという電流以外、何も聞こえない沈黙の時間が生じる。

「な、なんだ、これ…」

ごくりと息を飲む。
突然画面から消えたノア。これから何が起こるのだろうかと、各々神器に手を添えながら、身構えた。
突如、モニターの一つから鋭利に煌めくナイフが飛び出して来る。
飛び出したその銀色の刃を、ハマルの短剣が勢いよく弾き、カランカランと乾いた音を立てて地面へと転がっていく。

「これは…」
「間違いなく、あの画面の中からだね。」

呆然としながら言葉を漏らすエイブラムに対し、ハマルが冷静に答える。
ハマルはナイフを拾い上げて、一枚のモニターに向かってそのナイフを放つ。しかし、そのナイフはぴたりと画面の前で停止をすると、見えない何かに拒まれたかのように、弾き飛んだ。

「これでモニターを壊すことは無理、ってことだね。僕の剣で壊してもいいだろうけど、壁には電流…壊す代わりに、感電するってことか。悪趣味だなぁ。」

そう言って、苦々しい顔をしながらハマルは真っ黒で無機質な画面を睨む。

「ハマル!後ろ!」

ハマルの背後から飛び出して来たナイフを、ベイジルのフォークがなんとか弾き飛ばす。
限がない。
そう思っている合間にも、ノアの攻撃は止まない。
右から、左から、次は右上、右下、前、後ろ、あらゆる場所を交互に移動しながら、何本ものナイフが飛び出していく。

「ぐっ」
「ハマル!」

ハマルの低い唸り声と、チェスターの叫ぶ声が、響く。
ハマルの太ももには銀色の刃物が突き刺さっていて、其処から、どくどくと赤い鮮血が溢れだす。
その光景に、ドクンと、エイブラムの心臓は跳ね上がる。
真っ赤な、血。
それは、今までの闘いで直接見る機会は殆どなかったもの。命の証。死の証。

「みんな、一度俺の周りに集まれ!」

アリステアの叫びと共に、六人はアリステアの周りへと集まっていく。
指輪が青く光り輝くと、七人を囲うように鏡の壁が現れ、それらはノアのナイフを反射し、弾き飛ばしていく。
弾き飛ばされたナイフはモニターへと飛んでいくが、やはりモニターを壊すことはかなわず、目の前で突き刺さる直前に何かに阻まれるかのようにぱたりと床へ落ちていく。

「あの、ハマルは…」
「大丈夫。今、応急処置をするから。」

チェスターはそう言って、指輪をはめた手をハマルの太ももの上へとかざす。
淡い紫色の光が溢れると、みるみるハマルの太ももに刻まれた傷は塞がっていった。
治癒が主な能力であるというのは、本当なのだろう。
ノアからの猛攻が止む気配はなく、時間だけが刻々と過ぎていく。

「アリステア…?」

異変は、その時に起きた。
ガクリとアリステアが膝を崩すと、鏡の壁に突き刺さったナイフが、パキリと壁にヒビを作った。
一点にヒビが入ったそれは、次々と放たれるナイフによって更に広がっていく。
壁が薄くなっているのだ。
そして、その壁を造っていたアリステアの額からは、汗がどくどくと溢れ出している。

「不味い、アリステア、神器を止めろ、お前の身体が持たないぞ!」

イノセントが叫ぶ。
神器は必ずしも万能な存在になるとは限らない。
神器という物質を媒介にし、人間に対する負担を最小限に抑えた形で力を解放させている。
しかし所詮は人間の身体。膨大なエネルギーを含んだ神器を長時間駆使するのは、身体に大きな負担がかかるのだ。

「でも、神器を、止めたら…攻撃が…」
「大丈夫。」

息を切らしながら話すアリステアの肩に、オセロが手を置く。
にこりと微笑んだオセロは、その手に、万年筆…己の神器を、取り出した。

「僕に、考えが浮かんだ。…アリステア、神器を収めて。君はまだ、此処で倒れちゃいけない。」

そう言って、オセロは万年筆を用いてその床に、或るものの名を書きはじめた。

 


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