Pray-祈り-


本編



「な、お前、神器持ってるだろ。」

シリル=ローレンス、当時、16歳。
下校して来たシリルの目の前に現れたのは、肩まで伸びた薄い翠色の髪をなびかせる、不思議な青年だったのだ。
にやにやと怪しい笑みを浮かべながらこちらを見つめる青年に、シリルは不気味なものを感じてしまい、思わず目を逸らす。
決して彼に下心があるとか、そういうことは思わない。
けれども、シリルでも読み取るこの出来ない、どろどろとした不気味なものを胸の中に溜め込んでいるような、そんな、不可解な青年だった。
神父服を身に纏っているというのに、否、神父服を身に纏っているからこそ、不気味なのだろう。

「これ、知ってるんだ?」

右耳についていたイヤーカフを、シリルは指で示す。
そうそうそれ、と青年は上機嫌に話した。

「ねぇ、知ってるなら、あげるよ。すごく不愉快なんだ、コレ。棄てようかなって思ってるし。」
「えぇ、棄てるなんて無駄だぜ?神器は共鳴者と惹かれあうからな。どうせお前の手元に戻って来るぜ?まぁ本当は俺が回収するのが仕事なんだけど…お前のは回収しないでおくかな。」
「はぁ?ちょ、それって職務怠慢なんじゃ…あ、ちょ、待ってよ…!」

そう言って青年、アルバ=クロスは去って行った。
その数年後、彼とシリルが再会し、シリルが協会に招かれるのはまた、別の話である。


第29器 寂しがりやウサギは夢を見るB


シリルの神器は、遂にイノセントの手へと渡った。
敗北を悟ったシリルは降参し、その証に、彼の武器たる拳銃と、神器であるイヤーカフを手渡すことで己の戦力を自ら奪ったのだ。
銃弾で穴だらけになった床に座りながら、上へと続く螺旋階段を見つめる。
彼等はこのまま上へと昇り、アルバを追いつめていくのだろう。
避けてやりたいことではあったけれど、自分の力ではそれがかなわなかった。それだけだ。

「早く行きなさいよ。この通り、私はもう武器を持ってないから。抵抗したくても出来ないわよ。なんなら、縛って放置してくれてもいいのよ?」

そう言って、シリルは笑う。
それでも彼の身体に縄を巻き付けようと思う人間は、この場に一人もいなかった。
甘いと言われてしまえばそれまでなのかもしれないが、それでも、仲間であるシリルを縛り付けるということには、どうしても抵抗が生まれたのだ。
だからと言って、このままシリルを置いていく訳にもいかない。
一緒に連れて行っても、上階でまた敵に戻り、複数で挑んで来たらそれこそかなわない可能性が高いのだ。
悩んでいると、じゃあ、と言ってヴェルノが手をあげる。

「俺、此処にちょっと残るわ、この馬鹿と二人で話したいこともあるし。」

そのヴェルノの言葉に、一同は驚愕の顔を浮かべる。
それはそうだろう。今まで闘っていた男と二人で一緒に居るという選択を取るなんて、物好きもいいところなのだから。
冗談でも笑うことが出来ない話なのだが、残念ながらヴェルノは冗談で言っている訳ではなく、本気であった。
ヴェルノはイノセントの前へ立つと、その手のひらに、己のそれも重ねる。
ゆっくりとヴェルノの手が離れていくと、イノセントの手の上には、金色に輝く鍵があった。

「ヴェルノ、これは…」
「いいっていいって。これくらいはしないとフェアじゃねぇだろ?あ、でもナイフは持たせてくれよ、いくら身軽っつっても油断したら俺、シリルより弱いんだし。」

そう言って、ヴェルノはへらっと笑う。

「ほら、最終的には後追うからさ。な?異論はねぇだろ?」

その意見に異論を言う者は誰もいない。ヴェルノがそこまで言うのだから、無理して彼を連れて行く必要もないだろうし、それに彼が手放した神器は、鍵穴のないこの空間では無意味なものだ。
彼を置いていくということに抵抗がない訳ではなかったが、エイブラムたちはそれに納得して、一足先に、上へ向かう為の階段へと足を踏み込む。

「ほら、さっさと行け。」
「…絶対、追い付けよ。」

促すヴェルノに、エイブラムは短くそう告げると階段をのぼりはじめ、七人は階段を駆け上へと消えていった。
彼等を見送ったヴェルノは、穴だらけの床に大の字になって寝転がる。
その様子を、シリルは訝しげに見ていた。

「…何が目的なのよ。」
「え?そんなのある訳ねぇじゃん、言ったろ?俺はあんたと話してみたかったって。」

じとりと見つめるシリルに対し、ヴェルノはただ笑っている。
その姿に裏表がないというのは、神器がなくとも理解することが出来るが、それ故に理解をすることが出来なかった。

「なぁ、アンタの目的ってのはさ、神器をひとつにすることなんだろ?」
「そうよ。それに、どの命が犠牲となっても構わないわ。不特定多数の命が失われることになったって、私にとってはどうでもいいの。それだけ。」
「他に、理由があるんじゃないかなー、って。」

じぃ、と赤い瞳がシリルを覗き込む。
きっと、彼は理解しているのだろう。彼だからこそ、理解しているのだろうと、シリルは悟る。

「デールさんが、殺されてる、そう思った。否、確かに殺されてた。でもさ、あの人の遺体を一番間近で見たのは俺だ。ラルフは、レイフが見ないように気遣ってたからな。…デールさんさ、笑ってたんだ。抵抗した後なんて、これっぽっちもなかった。まるで、嬉しそうな顔をして死んでたんだよ。」

ふぅとヴェルノは大きく溜息を吐く。

「アルバさんはさ、デールさんを殺したって言ったけど、本当はさ、デールさん、これを望んでたんじゃないかなって。」

ヴェルノの、あくまで想像の範囲内で語られるその言葉に対し、シリルは否定をしない。
それが真実なのかを知る術はない、故に否定をすることも肯定することも出来ない。
けれど、それは恐らく、真実なのだろうと、思うことは出来た。

「アルバさんが裏切れば、デールさんは協会の味方をせざるを得ない。今の俺みたいに。デールさんは、アルバさんを裏切りたくなかったんじゃないかな、って。だから、殺される道を選んだ。いつまでもアルバさんの味方で居たかったから。…方舟に付いた奴等も、何かしらの形で、アルバさんに想いがある、そうだろ?」

彼は、人の想いを読み取るということに非常に過敏なのかもしれない。
シリルは思わず、普段は閉じている目を見開いてしまう。それ位、ヴェルノの話は、グサリとシリルに刺さっていたからだ。

「ふふ、」

思わず、口から笑い声が漏れる。
笑うしかない。笑うしかないじゃないか。ただ残酷に人の命を奪うことも躊躇わないと言っている、イかれた集団なのではないということは、きっとヴェルノ以外の、他の協会の人間だって理解している。
今更隠す理由はないのだろう。
だって、自分はもう負けたのだから。

「負けたわ。貴方には話す。でも、アルバちゃんの目的がわからないのは、本当。だから、あくまで私の目的だけ。それでもいい?」
「嗚呼、いいさ。言ったろ?俺はアンタと話がしたい。アルバさんの話じゃなくて、アンタの話が聞きたいのさ。」
「さっきからアンタアンタって…まぁいいわ。私は、ただアルバちゃんを失いたくないのよ。」

シリルはぽつりと、言葉を漏らす。
その言葉に、ヴェルノは笑うでもなく驚くでもなく、無表情で黙ってその話を聞いている。
全てを話せと促すように。
そして、その沈黙に促されるように、シリルは話す。

「私も、他の方舟のメンバーも、共通しているのはアルバちゃんに拾われたってこと。私ねぇ、ずっと寂しかったの。あの神器を手に入れてから、人の心の声が聞こえて、厭になっちゃって、神器を机の中にしまっても、遠く離れてても、無意識に開放しているのか、ひそかに聞こえてしまったり、棄てても戻ってきたり、散々で、人に心を開くなんてこと、出来なかったわ。そんな時に、私の前に現れたのがアルバちゃんよ。神器のことを教えてくれたのも、ピッタリな仕事を教えてくれたのも、いっそ素を晒した方が楽と語ったのも、全てあの子。」

あの子と言っても年上だけど、と言って微笑むシリルは、本当にアルバを慕っているということがよくわかる。
デールも、弟分であるアルバのことを語る時、同じような瞳をしていた。

「あの子はね、死ぬために生まれて来た子なの。神器が集まったら、命を賭して全ての神器を一つにしようとしてた…でも、そんなの厭よ。あの子は私にとって、私たちにとって、最初の理解者だったのよ?そんな掛け替えのない人を喪って、私たちはどうすればいいの?イノセントちゃんたちのことももちろん好きよ、でも、あの子がいなくなるなんて、どうしても、厭だったの…」

だから力を貸した。
アルバが死なずに済むように、アルバが神器を全て集め、人の命を踏み台にしてでも、彼が生きたまま、神器を一つにするように。

「例えそれでアルバが自らの手を血で染めても?」
「どちらにしても、彼はそうせざるを得なかったもの。」
「俺には、よくわかんねぇ。」
「そうねぇ、私にも、わからないことは多いわ。それに、私以外のみんなは、それぞれ違う目的を持ってるし。でも、みんな、アルバちゃんが大好き。」

それだけは、みんな揺るがないの。
そう言って、シリルは少し悲しそうに、寂しそうに、そして誇らしげに、笑う。

「私の話だけじゃなくて、貴方の話も聞かせなさいよ。話したかったんでしょう?」
「そう、だな。」

俺のことはんて話すことはないんだけどと、ヴェルノは少し困ったように、けれど嬉しそうに笑ってみせた。

 


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