Pray-祈り-


本編



ダン、ダン、ダンと、銃弾を放つ音が響く。
リズミカルに流れるその音と共に、いくつもの銃弾がイノセントへと向かって放たれていた。
そしてその銃弾は、イノセントの創り上げる光の壁によって阻まれている。

「イノセントちゃん、防御だけじゃ何も出来ないの、貴方が一番わかってるでしょう?」

ガシャン、と銃弾の弾を取り換えながらシリルが問う。
全力で殺す覚悟のあるシリルと、やむを得ないが出来ることなら殺したくないイノセントたちでは、どうしても戦闘の勢いは異なる。
シリルは容赦なく人を殺す武器になる拳銃で撃ち続け、イノセントは防戦の一方なのだ。

「エイブラム!避けろ!」

エイブラムがネックレスを握り締めたと同時に、シリルの銃弾はエイブラムへ向かって放たれる。
光の壁が間に合わない。
そして、銃弾を避ける身体能力をエイブラムは持ち合わせている訳ではないのだ。
避けられない。


第28器 寂しがりやウサギは夢を見るA


エイブラムの名を呼ぶ声と共に、銃弾はぴたりとエイブラムの目の前で停止する。
光の壁とは違う、まるで見えない何かに阻まれているかのように。

「『弾け』!」

アリステアの叫び声が聞こえると、銃弾はぐるりと方向を180°転回し、シリルの方向へと飛んでいった。
勢いよく飛ぶ銃弾を、シリルは軽々と避けて見せる。その表情に驚きの色はない。

「やっぱり、反射されちゃった?」

シリルはそう言って、にこりと微笑む。
銃弾からエイブラムを守ったのは、アリステアの造り上げた鏡の壁だった。
この壁には過去苦戦をしたが、こうして味方にしてしまうと頼もしい。

「おい、エイブラム、お前さっきあのウサギ頭を攻撃しようとしただろ。」
「う、うさぎ頭って…」
「ウサギ頭だろどう見ても。なんか癖っ毛がぴょこぴょこ耳みたいじゃないか。」

確かにシリルの髪型は、ストレートではあるものの頭の中央から、まるでウサギの耳みたいにぴょこぴょこと癖っ毛が目立っている。
だがしかし今はそれに突っ込みを入れている場合ではない。
確かに、イノセントに加勢をしようと思い、神器を発動させようとしていたのは事実だ。

「お前、たぶんアイツに思考読まれたぞ。」
「なっ…?!」
「アリステアの言う通りだ、エイブラム。あいつの神器は人の心を読む能力がある。だから、思考を読むのは容易いんだ。」

そしてまた、シリルはアリステアの考えも読めていたのだろう。
シリルは本気でエイブラムを殺そうと思っていた訳ではない。神器を解放されては困るから、その動きを封じる為に発砲したまでだ。
万が一それでエイブラムに銃弾が当たり命を落とせば、それはそれで構わない、その程度の考えでの発砲。
だからこそ、アリステアは憤りを覚えていた。
そのような軽い気持ちで銃を扱っているということに、人の命を奪える武器を玩具のように扱っているということに、大事な友を撃とうとしたことに。

「やだ、アリスちゃん、そんな顔をしないで?可愛い顔が台無しよ?」

当然その怒りはシリルにも伝わる。
彼は物ともせずくすくすと笑っているのだから、これ以上怒りを持っても無駄な労力にしかならないと頭で言い聞かせながら、拳を強く握り締めた。
怒りで震えるアリステアの肩に、ヴェルノの手がぽんと優しく置かれる。
そのヴェルノは、じっとシリルのことを見据えていた。

「じゃあ、この戦闘に一番向いているのは俺だな。」

そう言って、ヴェルノは笑う。
何故彼が一番適任なのか、アリステアもエイブラムも当然理解することが出来ない。
そもそも彼は戦闘向きではないのだから、向いている向いていない以前の問題だと、エイブラムたち考えてしまっていたのだ。
いくら心を読めないヴェルノでも、二人のその表情から心境を察したらしく、むっと少し怒ったような表情をする。だからといって特別怒っているという訳ではないが。

「お前ら疑っているな?まぁまぁ此処は俺に任せてくれって、マジで。な?本当に信用が出来なければ手を出してくれて構わないって。」
「しかし…」
「エイブラム。此処はヴェルノを信じよう。」

それでも躊躇うエイブラムに、イノセントが声をかける。
流石にイノセントにまで言われてしまうとヴェルノを信用する他なく、エイブラムは渋々引き下がった。
それでも、戦闘を得意とする能力を持たない彼に対するエイブラムの瞳は、心配の色が滲み出ている。

「奴だって本来は戦闘向きじゃない。でも戦えるのは、銃っつー武器があるからだ。俺だって武器がある訳じゃねぇが、武器はある。」

ヴェルノはそう言って笑った後、シリルを見る。
二人はじっと互いの瞳を見つめ合い、一歩も動かない。それぞれ、どちらが先に動くのかを見ているのだ。
そして、この沈黙に痺れを切らして先に動いたのはシリルだった。
銀色の銃弾がヴェルノへと飛んで行き、その弾丸をゆらりゆらりと身体を揺らしながらヴェルノは交わしていく。
その動きはまるでしなやかな柳の木のようで、銃弾を軽々と避けながらシリルへと向かって歩き、そんなヴェルノにシリルは何回も引き金を引き、銃弾を放つ。

「凄い、ヴェルノ、シリルの弾丸を次々と避けてる…」
「アイツ、元々警官やらチンピラやら、色んな奴から逃げて悪さしてたから、銃弾避けるのとも得意なんだよ。それに…」

エイブラムやイノセントの会話は、シリルの元へは既に届いていなかった。
彼等の会話を聞く余裕すら、シリルにはなかったのである。
仮にもシリルは警察官だ。
拳銃の扱い方については把握しているし何年も経験を積んでいる。故に拳銃の扱いについては最早プロだ。
訓練の際も的は必ず命中させていたし、銃の腕には正直自信がある。
それでも、それなのに、シリルの銃弾は中々ヴェルノに当たらない。
普段は出来ることが出来ない、たったそれだけでシリルは動揺の色を隠せなくなる。いつもは当たり前のように出来るからこそ、戸惑うのだ。
例えば普段は歩けるのに、その日は全く真っ直ぐ歩くことが出来なくなると、不安でパニックになるだろう、シリルの今の状態は正にそれだ。普段出来ることが出来なくなり、混乱に陥り、余裕がなくなる。
そして彼が動揺する原因は、ただ銃弾が命中しないからというだけではない。
彼にとって、もう一つ当たり前にこなして来たこと。
人の心を読むこと。
ヴェルノの心を、何故かシリルは一切読み取ることが出来なかった。故にヴェルノがどう避けるかを予測することも出来ず、次のどのような動きをするかも読み取れず、銃弾を尽く外してしまう。

(な、何故…)

何故彼の心は読み取れないのか。
それは、至極単純なことだった。
デールの酒屋で情報屋を営んでいたヴェルノ。彼はただ空間を把握して情報を集めるだけが仕事ではない。
中には、人から聞き伝いで情報を得るという手段を使うことも、当然あった。
そして、その際に彼は様々なものを学んだ。酒を飲ませて口を割らせることも、優しく口説いて情報を割らせることも、手段さえ取得してしまえば造作もないことで、彼にとって最も困難を極めたのは、ギャンブルに勝つことを条件で情報を話してくれる人物を相手にする時だった。
しかしそういう時は複数人で情報のやりとりをするので、膨大な情報を得られやすい。
故にヴェルノは、運だけが頼りの綱であるこのゲームを勝ち抜く為に、手段を身に着けた。
心の仮面を覆うこと。
ただ単純に無表情を決め込もうとしても、僅かな喜び、落胆、怒り、其処からくる眉の動きや目の動き、それだけでもゲームの流れを大きく変えてしまうことがあるのだと学んだヴェルノは、それら全てを隠すことを試みた。
心を殺し、全てを白へ。
東の国では心を全て無にすることで己の強さを引き立たせる術があると聞くが、ヴェルノにとってはまさにそれが、得意な手段だったのだ。

「…ッ!」

シリルが、息を飲む。
神器を手にして何年もの間。シリルは、その力にあまりにも頼り過ぎた。
故に、コントロール出来るようになった今でも尚、人の心を読むことありきで戦略を立て過ぎている。
故に、心が読み取れなくなれば、彼の動きは鈍くなり、今のヴェルノのように、容易く彼の懐に入り込むことが出来た。
シリルの姿勢は、未だに正面に銃を突きつけている状態。
しかし、ヴェルノは身体を屈め彼の懐に入り込み、拳銃を握ることで生じるシリルの腕と腕の間から、彼の喉元へナイフを向けていた。
今からシリルがヴェルノを撃とうと腕を動かし直したとして、それより早く、ヴェルノはシリルの喉を切り裂けるだろう。
ゴクリ、とシリルは生唾を飲む。
此処から動くのは、困難を極めるということが理解出来た。
つまり、完敗だ。

「銃を捨てろ。」

沈黙が訪れた空間で、ヴェルノの声だけが白い空間に響き渡る。
シリルは己の敗北を静かに悟りながら、両手で握る銃を手放した。

 


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