Pray-祈り-


本編



「そう、か。アルバが裏切ったか。」

ユーリはそう言って、開いていた本をぱたりと閉じる。
伏せられた赤い瞳は憂いを帯びていて、とても、悲しそうに見えた。

「俺たちは、アルバのところへ行く。心当たりがないか、教えて欲しい。」
「心当たり、か。…なくもない。」
「本当か?!」

ユーリは一度頷くと、パチンと指を鳴らす。
何処からともなく、白髪の少年少女、アダムとイヴがやって来たかと思うと、大きな地図を広げた。
その地図はかなり古びていて、何年も前なのだと言うことがわかる。

「此処が、私たちが今住んでいる街だ。そして、其処から少し西へ進んだ…此処。」

地図の一部分をユーリが指で示しながら、その指をゆっくりと動かす。
ぴたりと止まったその指は、氷の森と記載されている文字の上で止まった。

「今はただの森になっていて、禁じられた森…と呼ばれているようだが。此処には、かつて戦乙女が暮らしていた城があった。神々の結晶が魔女の手に渡り、そして、全てが砕け、神器が広がった、始まりの地。」
「始まりの、地…」
「恐らくアルバは、此処にいる。」


第25器 禁じられた森


ユーリからの話を聞き、図書館を出ると見慣れたオレンジ色の髪をした青年が立っていた。
ヴェルノは仏頂面でこちらをジトリと眺めている。
その様子からもわかるが、機嫌はあまり良くはない。

「聞いたぞ。行くんだってな、アルバさんたちのとこに。」
「ヴェルノ…」
「水臭ぇじゃねぇかよ!俺になんも言わないなんて!」
「えっ」

ヴェルノはそう言って、強引にエイブラムの肩を抱く。
若干腕が首に入り過ぎて苦しいのだが、彼も本気でエイブラムの首を絞めようとしている訳ではない。
すぐにエイブラムから腕を解くと、彼の両肩に手を置き、真剣な瞳で、エイブラムのことを見つめた。

「俺はろくな能力がないっていうのは、デールさんから聞いてたと思う。でも、連れて行って欲しい。」
「ヴェルノ…」
「デールさんの敵を討ちたいとか、そんな訳じゃない。そりゃぁ、許せないけど。でも、俺だって、共鳴者だから。」

燃えるような赤い瞳に見つめられ、そんな彼を振り払うことなど出来る者はいるだろうか。
少なくとも、この中には誰もいない。
彼だって、覚悟を持って此処に来たのだから。
決まりだな、と言って、ヴェルノは笑う。

「そうとなれば、禁じられた森に行くことになるだろうが…此処から、遠いか?」
「否、そうでもないぞ。確かに離れているといえば離れているが、辿り付けない距離じゃない。けど、なるべく近くの方がいいよな。俺に良い案がある。」

ヴェルノはにやにやと得意げな笑顔を見せる。
きっと、何か策があるのだろう。
そう思っていると、ヴェルノは適当に選んだ建物の前に立ち、止まる。その扉には、当然鍵穴がついていて、部外者である彼には開けられない。
ヴェルノは懐から、金色に光る何かを取り出す。
それは、鍵だ。
金色の輝く鍵をその鍵穴に差し込む。
鍵をそっと捻ると、ガチャリと、何かが開く音がした。

「あれ、いつまで見てるんだ?来いよ。」
「お、おい、勝手に鍵を開けるのはまずいんじゃ…」
「大丈夫大丈夫。俺が開けるのは、扉は扉だけど、普通の扉じゃないからさ。」

ヴェルノがそう言って扉を開けると、目の前に広がっていたのは緑生い茂る森だった。
建物の中の風景ではない。
建物へ入る為の扉なのに、扉の向こうは、外なのだ。

「ほら、さっさと入れ。他の奴に見つかるだろ?」

そう言うヴェルノに促され、他の七人は次々と扉の向こうへとくぐっていく。
皆が扉の向こうへ行ったの確認すると、最後尾のヴェルノが入り、扉を閉めた。
扉を閉めると、再びガチャリという音が聞こえる。

「…此処は…」

森に深く生い茂る植物は無造作に伸びていて、何年も人が立ち入っていないからこそのものなのだろうということが、想像出来る。
此処に広がる森は、かつては氷で覆われた、白く幻想的な森だったそうだ。
戦乙女の死後、森を凍らせる力を失いただの森になった。けれど、彼女が居たとされる森はあまりにも薄気味悪く、誰も近寄らなくなった。
そして、禁じられた森と呼ばれるようになってしまったのだ。
潜った扉はどうなったのかと思い、振り向く。
するとそこには、古びて朽ちかけている家屋があった。
自分達は街に在った見知らぬ建築物から入り、この朽ちかけの家屋から出て来たということになる。

「これが俺の能力だ。」

ヴェルノはそう言って、得意げに金色に輝く鍵を見せる。

「俺はこの鍵で差し込んだ扉から、また別の空間にある扉へと出ることが出来る。だから、あの街中から、一番森に近い扉へと鍵でつないだんだ。ま、移動したい先に扉がないと、難しいんだけどな。」

つまり、万能という訳ではない。
本当はアルバがいる拠点の中まで移動をしたかったそうだが、何か結界のようなものが貼られていて入ることが出来なかったため、仕方なく一番森に近い場所へと移動したようだ。
以前はやんちゃをしていたということだが、この能力を使って、自在に逃げ回っていたのだろう。

「とにかく、この森の奥にいるのは間違いなさそうだな、アレ見ろよ。」

そう言って、ヴェルノは森の中心を指差す。
高くそびえ立つ木々よりも高く、ちらりと白い、塔のようなものが見える。

「たぶん、あそこだろうな。禁じられた森は、戦争が終結して以降訪れた者が殆どいないって言うし、こっそりあんなもの建てても、わからないだろうな。」

そう言って、イノセントは森の中心を見上げる。
ひとまず、この先を進むしかないのだろうと、一同は森の中を進んでいく。
森の中はシンと静まり返っていて、木々が擦れる音も、動物の鳴き声も、何も聞こえない。
まるで、この森だけが全ての時代から取り残されてしまったかのような、そんな沈黙。
あまりにも薄気味悪くて、エイブラムはごくりと生唾を飲み込んだ。
しかし、薄気味悪さとは裏腹に、森の中は、驚く程、平穏だった。
何の気配も感じられないのだ。故に、何かが襲ってくる気配すらも、ない。

「なぁ、イノセント。」
「…なんだ?」
「その、こんな言い方したらおかしいのかもしれないけど、戦乙女って、本当に、悪い魔女だったのか…?」

その問いかけに、イノセントは驚いたように瞳を丸める。そして、それは他の者も同様だった。
歴史では戦争の原因ともされ、諸悪の根源と言われる戦乙女。
そして、神器をばら撒き、呪いをばら撒き、人々に不幸を与える元凶となった存在。
その存在が、実は悪ではないなんて、そう思う者は通常、いないだろう。

「エイブラム…何てことを言っているんだ。戦乙女は、私たち一族に呪いを撒き、ユーリが呪いで不老不死になってしまった張本人なんだぞ?」
「それは、クロスやユーリが、その魔女を殺したからだろ?」

エイブラムの切り替えしに、イノセントは困ったように目を泳がせる。

「殺されれば怒るのは当たり前だ。それに、元々話を聞いた時から疑問だった。戦乙女は確かに人々を混乱に貶めるような存在になったかもしれない。けど、魔女は人々に力を与えただけだ。実際に争い、戦争を起こしたのは、魔女以外の人間だ。魔女は力を与えはしたが、戦をしろと言っては、いないんじゃないか?」
「確かに、最後の戦争を宣言したのは大国と呼ばれた二つの国の将軍たちだった、という話ではあるが…」

誰もが理解しようとしなかったこと。
戦乙女と呼ばれた魔女。
名前も、本来の性別も、容姿も、一切の書物に記載されていない、謎の魔女。
ユーリやクロスが沈黙し、他の戦乙女と出会い、生き残った戦士たちすらもその正体を明確には語らない、謎の存在。

「それに、もし魔女が神々の力を使うことを赦された存在だったのだとすれば、何故、魔女の目の前にそれが現れたんだ。」
「それは、其処が、神子が死んだ場所だったからじゃないのか?」
「イノセント、俺は歴史が好きだ。故に結構勉強はしているが、神子が死んだとされる土地は現在、人間は立ち入り禁止の禁止区域になっている無人島だ。場所が違いすぎる。」
「そ、そうか。」
「そもそも何で神は死んだのに、心臓は残り続けているんだ?魔女の件もそうだし、神器もそうだ。まるで、災厄を残し続けるかのように、巡り続けるかのように、この力は、争いと破壊を繰り返している。」

あらゆる時代に、神の力は現れている。
そもそも、神とは何なのか、本当は神なんていないのではないか、これは、ただの力の塊なのではないか。
こんなことまで言ってしまえば、流石に神父の身であるイノセントに怒られるかもしれないので、口を噤む。

「しかし、何でその神子は、世界を滅ぼしたんだろうな。…って言っても、当事者しかわかんないか。」

その言葉を最後に、エイブラムは一度会話を締め括る。
不思議と思い、湧いて来た疑問については、あの塔へと向かい、そして全てを終わらせることで何かがわかるような、そんな気がしたのだ。
未だ静かな森の中を歩いていくと、塔の姿は段々と大きくなっていき、ついに目の前にまで到達した。
円錐形の塔は木よりもずっと高くそびえ立っていて、しかし、その建物に触れてみると、石やレンガとはまた違う、よくわからない材質で出来ている。

「これ、何かの能力で人為的に作られたものだな。もしかしたら、全ての神器の力をつかって、アルバが作ったのかもしれない。」

イノセントは、そびえ立つ塔を見上げる。
恐らく、彼がいるのはその頂点なのだろう。ゲーム等の展開ではまぁよくある話だ。だからといって、下の階で待ち受けていてもそれはそれで締まらないのだが。

「…行こう。」

八人は顔を合わせて頷くと、塔の扉へとそっと触れた。

 


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