Pray-祈り-


本編



それは、協会ですべての神器が共鳴するより、数時間か前のこと。
デール=アディントンは、いつものように、自身の店で酒を飲んでいた。
ギィ、と鈍い扉の開く音が聞こえ、デールは顔をあげる。

「…よぉ、そろそろ来る頃だとは思ったよ。」

デールはそう言って、にぃ、と口元に笑みを浮かべながら来客を出迎えた。
しかし、来客は、沈黙をしたままだ。
手には、銀色の銃が握られている。だらりと床へ向けられていた銃口は、ゆっくりと持ち上がってデールの額へと向けられた。
デールは、動揺することなく、その銃口をじっと見つめる。

「もう、そんな頃合いになったか。」

来客は何も語らない。
その銃口は、小刻みに震えている。躊躇うかのように。恐れるかのように。拒むかのように。

「撃てよ。俺ぁお前に殺られんなら、本望だ。」

ぽたりぽたりと、水滴が床を濡らす。
それは、デールからではなく、銃口を向けている、その来客から、零れているものだった。

「泣くんじゃねぇって。俺は、恨まないからさ。お前のことは、本当に若い頃から知ってる。弟みてぇだって思ってるし、あの時からも、それから今も、これからも、それは変わらない。」

カチャリと、引き金に指がかけられる。

「愛してるよ、アル。」


第22器 方舟(アーク)


「あ…るば……?」

その銃弾は、床を貫通していた。白い煙が、もわもわとか細く漂っている。
イノセントは、真っ青な顔で、銀色の銃を突きつける、アルバ=クロスのことを、見つめていた。
アルバはいつもと変わらぬ笑みで、イノセントを見つめる。

「どうした、イノセント。そんな驚いた顔をして。まぁ、驚くのも無理はないか?」
「どう、して…」
「どうして?わからないか?まぁわからないだろうなぁ、何も知らないんだから、お前は。」

一体何が起きているのか、理解をするのに、時間がかかった。
そりゃぁ、出会っていきなり自分の神器を突きつけてきたりとか、イノセントに散々皮肉を言ったりとか、そんな柄の悪いところばかり見て来た。
とてもじゃないが、神父の服を着た不良にしか見えない奴だと思っていた。
それでも、神器が大量に盗まれて協会の人間がみんな混乱した時に、真っ先に指示を出して、動揺するみんなをまとめたのは、間違いなくアルバで。
そんなアルバが、今、協会の人間に、銃を向けている。

「アレをやったのは、全て、私だよ。」
「…え…」
「神器を盗んだのも、ユーリの書庫から資料を盗んだのも、アリステアに神器を渡したのも、オセロに神器を送ったのも、全て、全て、全て、私が犯人なんだよ。何にも気付かず惑わされて、騙されて、お前たちは本当に馬鹿だよなぁ。」

アルバの笑顔は、自然な笑顔だ。
そこに作り笑いは存在しない。ごく自然に微笑んで、流暢に、饒舌に、語っているのだ。

「じゃあ、デールを殺したのも…」
「私だよ。私が撃った。私のことをペラペラ話さないように、口封じのつもりで殺したが…嗚呼、無駄なことだったな。」

くすくすと、アルバは笑う。
否、嗤うと表現した方が正しいのかもしれない。それほど、彼の姿は不気味だった。

「それもこれも全て、カートライト家の呪いがきっかけかね?」
「有り得ない!だって!お前は婿養子だろう!カートライト家とも、クロス家とも血の繋がっていないお前が!呪いの因果を歩む訳がないだろう!」

そこで、アルバの笑顔は崩れる。
真顔になった彼は、呆れるように失望するように、深く、深く溜息をつく。
そして天井に銃を向けて、一発、発砲した。
まるで何かに八つ当たりをするかのように。
バンという拳銃の音に、皆身体を震わせる。パラパラと小さな破片が天井から降って来た。

「…やっぱり、そうなんだぁ?」

ベイジルが、問いかける。
そういえば、とかつてのベイジルの言葉を思い出した。彼は、語っていた。

『でも、二人とも、よく、似てる。』

アルバは語った。それは、偶然なのだと。
けれど、それが彼の虚言で、偶然ではなく、それが、必然なのだとしたら。

「嗚呼。ほんと、お前は鋭かったよ、ベイジル=イーデン。あの時は誤魔化したが、それでも、お前のことは誤魔化し切れてないんだろうなぁって思ったよ。」

改めて自己紹介しよう、とアルバは一度、わざとらしく頭を下げる。

「私の名はアルバ=クロス。婿養子となる前の名は、アルバ=カートライト。私は紛れもなく、カートライト家の人間だ。イノセント=カートライトの片割れとして生まれ、そして、少し後に生まれたからという理由だけで婿養子に追いやられた、哀れな道化さ。」

双子。イノセントとアルバは、血を分けた実の兄弟。
イノセントもその事実は、当然知っていなかったようで、がくりと力なく、膝から崩れ落ちた。

「神器は、我々方舟(アーク)が、全て一つへと統一する。全ては悲願のため。我々の願いのため。神器を一つにまとめ、世界を、変える。」
「…我々?」
「そう、我々、だ。」

アルバが、微笑みながら、そう語る。
すると、アルバのその言葉を合図に、次々と、アルバの元へと人が集まっていく。
アルバの元へと集まった人数は、全部で七人。
ミスト、フェレト、ノア、アレス、ヨアン、シリル、そしてその七人の中には、エイブラムにとっても身近な存在がいた。

「アベル?!」

アベル=ムーア。
彼もまた、アルバの側へと着いた、人間の一人だったのだ。

「アベル、どうしてお前まで…」
「だから、言ったのにさ、エイブラム。協会には入るなって。でも、お前が悪いんだぜ?お前が協会になんて、入るから。」

そう言ってアベルは、困ったように、笑う。

「ヨアン…貴方も、共鳴者だったんだね…」

そして、チェスターの、困惑する声。
ヨアンは、アルバの隣に立っていた。その腕の中には、気を失ってぐったりと目を閉じているフィオンもいる。
警察の身分であるはずのシリルまでもが、そこにいるのだから、皆、動揺は隠せないだろう。

「お前たちも、そちら側に行くんだな。アレス、フェレト、ノア、…そして、ミスト。」

イノセントにとっても、そのショックは大きかっただろう。
協会の人間の、殆ど半分が、アルバに付く…つまり、イノセントを裏切るのだから。

「イノセントさん…確かに、俺たちは、アルバさんに付きます。でも、決して、あの時、俺とノアが貴方に言った言葉は、嘘じゃありません。」

それは、ミストがイノセントにかつて語ったことを示す。
イノセントにはイノセントの良い所があり、アルバと比べる必要がない。アルバと自分を比較して、団長にはふさわしくないのではないかと、落ち込んでいた彼に投げかけられた言葉だ。

「説得力、これじゃぁ全然ないのは、わかってるんすけど。」

ミストはそう言って、少し、困ったように、笑う。
彼の耳につけられたピアスが、ふわりと淡く、青く、光る。

「うわっ」

ミストのピアス、つまり彼の神器が光り輝いたと思うと、周囲は霧に包まれた。
真っ白な霧が視界を多い、辺りを見回しても誰も何も見えない。
ゆっくりと霧が晴れていくと、そこには既にアルバたちの姿はなくなっていた。

「…神器が…」

そして、地下に保管されていた神器は、跡形もなく、全て、消えてしまっていた。心臓を神器へと変えたままの、フィオン=ランドールごと。全て。

 


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