Pray-祈り-


本編



「やぁ、久しぶり。来てくれたんだね、嬉しいよ。」

白く肩まで伸びた髪。白い肌。白い服。そして、首にはロープがかけられていて、まるで、何時でも首吊りが出来るようにかけられているようだった。
彼は大きな本を開いて、丸い落書き模様をクレヨンでぐりぐりと書いている。
しかし、一見落書きのように見えるそれは、ただの落書きではない。

「ようやく、構築式が出来たよ。これで、君の望むものが出来るだろうね。」

白い少年は、そう言って、ニコニコと微笑む。
その笑顔には喜びというものはなく、貼りつけられたもので、本来此処は微笑む場面だから微笑んでおこう、みたいな、そんな供え物程度の、薄っぺらい笑みだ。
この薄っぺらい表情も、薄っぺらい声も、薄っぺらい存在そのものも、もう既にいつものことなので、気にしないでおくことにする。
彼は、構築式なのだと言う落書きが書かれた本を、差し出した。

「いやぁ、ボクにしてみれば、こんな研究に携われただけでも、十分嬉しいんだけどね。で、どうする?もうボクに用はないだろうけど、ボクのことは殺すかい?」

そう問いかける薄っぺらい少年。
ひとまず、此処は首を横に振っておく。今はまだ、殺す理由はない。

「そうかぁ。まだないかぁ。嗚呼、でも、ボクが死んだ後、構築式が上手く使えなかったら、困るもんね?」

そういうことだ。
この少年は全体的に胡散臭いが、頭の回転は非常に早いので、話はすぐ通るから助かる。

「わかったよ。ま、ボクの元に辿り着くことが出来る人なんて、普通いないだろうけど。君が死なない限りは、ね。」

そう言って、少年、サイ=ミークは無邪気に微笑んだのだった。


第21器 神器同士の共鳴


此処数日、神器による騒動は落ち着いていた。
協会から盗まれた神器も全て回収し終え、其処から連動するかのように突如現れた共鳴者についても、取り締まりを終えて新たな神器を回収した。
もう、殆どの神器を集め終えたといっても過言ではないだろう。
現在、神器は丁重に、そして厳重に保管され、誰も盗めないよう、対策が立てられていた。

「後、どれくらい神器って残っているんだ?」
「さぁ…どれくらいの数かは、わからないんだ。そもそも、散り散りになった神の結晶の数も、わからないし。」

エイブラムの問いかけに、イノセントは困ったように笑う。

「でも、全ての神器が、一定の場所に集まると、神器が一斉に共鳴し出すって話は聞いたことがあるぞ。」

本当かどうかはわからないけど、と更に言葉を付け足した。
もしもそうだと言うのなら、この地下に、現在神器を所有している共鳴者が全員集まれば、わかるのだろうかとも思ってしまう。

「じゃあ実際、確かめてみるか。」

その声と共に、地下へと降りてきたのはアルバだ。
コツコツと階段を降りて来るアルバの後ろに、誰か、人の姿がある。そしてその姿は、エイブラムがつい最近見た人物のものだった。

「なっ…フィオン=ランドール?!」

それは、屋敷の中で寝たきりになっていた、フィオン=ランドールだった。
執事であるヨアン=セービンが、その幼い身体を抱きかかえている。医者であるチェスターも一緒だった。
フィオンは、この光景が珍しいのか、きらきらと目を輝かせて周囲をきょろきょろとみている。

「凄いや、外なんて初めて出たよ!此処の外も、色んな建物が建ってて、すごく、すっごく楽しいんだね!」

楽しそうに語るフィオンの姿は微笑ましいが、彼は身体が神器で蝕まれていて、弱っているはずだ。
大丈夫なのだろうかと、心配が勝る。

「大丈夫。そのために、私がいるし。」
「まぁ、旦那様には、内緒で連れ出してしまったんですけど。…このことは、ご内密に。」

それぞれ、チェスターとヨアンが、肩をすくめながら答える。
成程、確かにフィオンを連れ出すのであえば、彼の父に言って連れ出すのは不可能だ。
しかし、バレなければいいのだろうが、いくらなんでも、執事が勝手に連れ出すのは、誘拐にならないのだろうか。
他にも、協会の面々が地下の保管庫へと降りてくる。
アベルやアリステア、ベイジル、オセロといったエイブラムが既に見知っている人物.が次々と降りて来る。
皆、今日は任務が何もないはずなので、アルバに呼ばれたのだろう。
そして、シリルもその中で、顔を出していた。

「まだ見当たらないのは…」

エイブラムは、きょろきょろと周囲を見回す。
この中でまだ見当たらない共鳴者は、デールと情報屋を営んでいるヴェルノ位だろうか。
この場には、数多の神器と、十六人の人間が集まっていた。

「?」

その時、エイブラムは違和感を覚えた。
鎖骨付近が、まるで根性焼きをされているかのように熱い。何が原因かといえば、首に下げているネックレスだ。
熱を持つその感覚は、初めて神器を解放した時と、よく似ている。しかし、よく似ているが、当時よりもずっと、激しい熱を帯びていた。

「イノセントさん!アルバさん!此処にいますか!」

そして、大きな声をあげて、ヴェルノが地下へと降りて来た。
瞬間。
カタカタカタカタと何かが小刻みに震える音が、一斉に周囲から響き渡る。
震えているのは、此処一帯に保管されている神器だ。
そして、各々が所有している神器もまた、それぞれが光り輝いている。
誰もが皆、神器を解放している訳ではない。
しかし、神器同士が、何かに共鳴するかのように、ある神器は輝き、ある神器は震え、その共鳴を伝えようとしているのだ。
ひとつの生き物のように。

「こ、れは…」

イノセントが、唖然とした声を漏らす。
これは、全ての神器が、この場に揃っているという、その証に間違いなかった。

「本当に、共鳴するなんて…」
「じゃあ、これで、全部…」

全部、揃っているのだ。
この場に、全ての神器が。
それは協会がずっと望んでいたことで、クロスとユーリの悲願で、非常に、非常に喜ばしいことだ。
喜ばしいことなのに、エイブラムは、何故か、素直に喜べなかった。
これで終わりだと、本当に終わりなのだと、思えなかったから。

「そう、いえば…ヴェルノ、どうしたんだ、顔が青いぞ。」

イノセントが、ヴェルノを気に掛ける。
ヴェルノは、この地下へと降りて来た時、真っ先にイノセントとアルバの名を呼んだ。
そしてその声には、明らかに動揺と焦りの色が滲み出ていて、まるで、彼らに何かを伝える為に、来たかのようだった。
自分が何を伝えようとしたのか思い出したヴェルノは、はっと顔をあげる。
その顔色は青白く、目には、うっすら涙が滲んでいた。

「デール…さんが……」
「デール?デールがどうしたんだ?」
「デールさんが、死んで…いました……殺されたんです!」

ヴェルノのその告白と同時に。
協会内で、パン、と、乾いた銃声が響き渡った。

 


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