Pray-祈り-


本編



「頼む!お前は教会の神父だろう!私の!私の息子を助けてくれ!」

教会を訪れると、そこには、嘆きと怒りと悲しみと、様々な感情が混ざり合った叫び声が響いていた。
男が、イノセントの服を力強く掴み、叫んでいる。

「あの子は悪魔に憑かれている!神父なら、悪魔祓いも出来るだろう!?頼む!息子の悪魔を祓ってくれ!」
「わかった、ひとまず、ひとまず様子を見るから、落ち着いてくれ!」

困ったようにイノセントは男の腕を振り払う。
荒い息をした男は、次は力なく項垂れ、頭を下げた。

「頼む…あの子は、あの子は、我がランドール家の、大事な跡取りだ…亡くすわけには、いかないんだ…」

その男を見るイノセントの瞳は非常に複雑で、隣にいたオセロは、いかにも不愉快そうに、男を見つめていた。

「今の、ランドール家の家長だね。家を大きくするためなら手段を選ばない、父と似たタイプの人間だ。僕は好かないな。」

オセロが吐き捨てるように呟く。
元々大手会社の御曹司だったということもあり、他の名家のことはよく知っているのだろう。
男は何度かイノセントに頭を下げた後、踵を返して教会の外へと出て行く。
すれ違い様こちらをちらりと見た男の表情は…成程、オセロが嫌いな人間というのも頷ける。

「確かに、息子の命が大事というよりは、跡取りを失いたくないという要素の方が強くは感じたが。」
「そう言うな、エイブラム。オセロ。アレでも、精神的に参っちゃってるんだよ。あの家の息子さんは、もう長くないだろうって言われているしね。」
「知っているのか?」
「知っているさ。割と頻繁に来ているからな。」

イノセントは困ったように肩をすくめる。
どうやら、このやりとりは初めてではなかったようだ。普段であればもっと話に耳を傾けるのに振り払うから違和感があるとは思ったが、これで納得出来る。

「しかし、悪魔なんて…本当に憑いているのか?」
「憑いていないさ。まぁ、別のモノはついてるけどな。」
「…え?」
「あの家の子供は…心臓そのものが、神器になっているんだ。」


第20器 ランドール家という名の鳥籠


その日、エイブラムとアリステアは、フェレトと共にイノセントの付き添いでランドール家へ赴くことになった。
アベルは別の任務に赴いているし、ベイジルはランドール家の家長的に、印象が下手をすればマイナスになりかねない。
そしてオセロはあまりにも相性が悪過ぎるだろうという理由で、比較的真面目な性格で付き添いとして一番安定感のある、エイブラムとアリステアが連れられることになった。
普段は絶対に着ない、教会の黒いローブを着ている。フェレトが着ているものの色違い、のようなものらしい。
ローブは普段着と比べてズシリと重みがあり、歩き難いが今回ばかりは我慢するしかないだろう。

「神父、イノセント=カートライトです。」

扉をノックし、挨拶する。
すると扉を開けて、執事が家へと招き入れた。
全身真っ黒なスーツで、眼鏡をかけたその姿は一見真面目なサラリーマンに見えなくもないが、深々と頭を下げる仕草は、まさに執事のそれだ。
ループタイにつけられた、透き通った宝石が、やけにきらりと光って見える。

「執事のヨアン=セービンでございます。本日、旦那様は急な用事のため、不在でございまして…私がご案内いたします。申し訳ございません。」
「なんだ、来いというからせっかく来たのに。まぁ、寧ろいなくて助かるか。…ヨアン、宜しく頼む。」

この一件、本当にオセロを連れて来なくて正解だったな、とエイブラムは思う。
息子を助けろと叫んでおきながら、自分は息子のことを置いて仕事に出かけてしまうような父親だ。
通常の父親なら、たとえ無力であろうと、どのようなことがあろうと、弱った息子の傍にいるだろうに、そんな親だというのをオセロがこの場で知れば、発狂するに違いない。
下手したらこの父親の名前を万年筆で書いてしまいそうだ。流石に、其処まではもうしないだろうが。

「オセロを連れて行かないイノセントの判断は、正解だな、エイブラム。」
「…だな。オセロもそれがわかっていたから、元から行こうとはしていなかったが。」
「そういう面では自分がどういう人間かということを、よく理解しているよね、あの子は。」

どうやらアリステアやフェレトも同じことを思っていたらしい。こっそりと耳打ちをして来た。
執事であるヨアンが、こちらです、と言い部屋へと案内する。
流石に名家の屋敷なだけあり、中は広い。こんな広い家で、たくさん部屋があって、一体どれだけの部屋が不要な産物となっているのだろうかと思ってしまう。
使わない場所をつくる位なら、いらない部分を除いて、小さな家にした方が効率は良いだろうに。

「名家になればなる程、自分達の財力や力を見せつける為に、家を大きくするんだ。うちのカートライト家だって、そうだぞ。まぁ、初代の家長であるクロスは、慎ましやかな一軒家に住んでいたらしいがな。何処でそれが狂ったのやら。」

きょろきょろと部屋を見渡すエイブラムのその心中たるやを察したのか、イノセントは自嘲染みた笑みを浮かべながらそう語る。
イノセントの話を聞いていると、本当に、亡くなったクロス=カートライトが気の毒になって来てしまう。
きっと、彼が家を大きくせざるを得なかったのは、効率良く神器を集めるためには、力が必要であるということを自覚していたからだ。
だからこそ、家に力をつけて、神器を集めやすい環境を作った。ユーリも、それに協力を惜しまなかった。
一体何処から、狂ってしまったのだろうかと、自分が悩むことではないのだが、考えてしまう。

「フィオン様、失礼いたします。」

ヨアンが扉を軽くノックしてから、部屋に入る。
白い部屋に、白いベッド。そこには、白い少年が横たわっていた。
肌も髪も真っ白で、透き通った白い瞳が、こちらをとらえると力なく微笑む。その姿は儚げな美少年そのものだ。

「イノセントさん、ご無沙汰しています。」

そう言って、頭を下げたのは、フィオンの傍らにいた茶髪をオールバックにした白衣の青年。
彼は、イノセントとは顔見知りらしい。

「フェレトはもう顔見知りだが…エイブラムとアリステアは初めてだな。紹介するよ、彼はチェスター=レミントンと言って、治癒術の能力を持つ神器を使う青年だ。神器は、アリステアと同じ、指輪の形状をしている。」
「へぇ、君も指輪なんだね。見せてよ。」

チェスターはそう言って、にこやかにアリステアに語り掛ける。
いきなりフレンドリーに話しかけられ、アリステアは一瞬戸惑った表情を見せながら、その手にはめられた指輪を見せる。
チェスターも真似て、指輪を見せた。右手薬指にはめられたシルバーのそれは、アリステアのものと比べるとゴツくて、いかにも男らしい。

「同じ神器でも、やっぱ形は違うね。でも、同じ指輪の形状をした神器の人なんて、初めて見たから、ちょっと嬉しいなぁ。」
「そう、ですか…」
「こら、チェスター。アリステアがビビっているじゃないか。すまないなアリステア、チェスターは良く言えば親しみやすいんだが、悪く言えば馴れ馴れしいんだ。気を悪くさせたか?」
「え、あ、いや…」
「馴れ馴れしいとか言うなよ、フェレト。傷つくだろうが。」

そう言って、チェスターはあからさまに唇を尖らせ、拗ねる仕草をする。
そんな彼を、まぁまぁと苦笑しながらイノセントが窘めた。

「フィオン¬=ランドールは心臓が神器になっていて、その胸の中に神の結晶を宿しているんだ。だから、私たちのような共鳴者と比べると、別次元なんだよ。」
「…なんだか、神歴時代の…使者、みたいだな。」

神歴時代。
それは、魔女時代よりも前の、遥か昔。世界が一度滅びる原因となった時代。
その時代には、神々の力を凝縮させた結晶をその胸に宿し、異能の力を使うことを許された神の分身、使者というものが存在したと言われている。
その中でも、世界を産み出した創造神の分身である使者は『神の子』と呼ばれ、世界中から崇められていたのだと。
創造神は人間に失望し、世界を滅ぼそうとした。そして、神の子によって、討たれた。
だが神の子は、世界を守る処か、逆に、自らの手によって、世界を滅ぼしてしまったのだと。
魔女が戦乙女としてその力を使う為の媒介になったのが、神の子が世界を滅ぼす際に集めた使者たちの心臓、つまり、神々の結晶の塊で、それが散り散りになり、神器という形で様々な物質に宿ったのだと、そう言われている。
これは、協会に入ってからわかったことではあるのだが。

「そうだな。確かに、使者みたいな話だ。宿り処に困った結晶の一部が、こうして人間の身体に宿ってしまったんだろうが…しかし、人間は所詮人間。使者として、分身として命を請け生まれる存在とは違う。故に、人間は神の結晶の力に耐えられない。」
「だから…ぼくの寿命が、少ないんですよね。」

そう言って、フィオンは儚げに笑う。
彼は、自分の寿命についても、厭と言う程、理解をしているらしい。

「今は、チェスターがぼくに定期的に治療を施してくれて、進行を遅らせてくれているんだ。どうにか、ぼくの身体から、結晶だけを取り出せないかって、研究してくれている人もいる。」
「…怖く、ないのか?」
「うーん。怖い、かな。でも、今はこれが最善なんだ、って、そう思うから。怖いけど、でも、頑張るよ、ぼく。」

フィオンは優しく、穏やかに笑う。
何故あのような父から、このような穏やかで儚くて優しい少年が生まれるのだろうかと思ってしまうが、それはきっと誰もが思っていて、言ってはいけない約束なのだろう。

「なにも力になれず、申し訳ありません。ですが、よろしく、お願いします。」

ヨアンは、そう言って深々と頭を下げた。
父親に代わり、フィオンのことはいつも彼が見ているのだろう。

「神器のことはよくわかりません。でも、フィオンさまが悪魔に憑かれてしないということだけは、確信出来ます。旦那様はあのような人なので、皆様には本当に…迷惑ばかりで…」
「気にするな。また、定期的に来させてもらうよ。また、あの父親がいない時を見計らって、連絡を頼むよ。」
「…はい。ありがとうございます。」
「とは言っても、今日は一応、その父親の前で悪魔祓いの真似事くらいはひとまずしておこうと思ったんだがな。その為にエイブラムたちも付き添いとしてそれっぽく連れて来たのに。」

イノセントは意地悪く笑って見せる。
しかし、それが強がりであるということは、すぐにわかった。
笑顔とは真逆、突如として、悲しそうな顔を浮かべたイノセントは、フィオンの白い髪を優しく撫でる。

「すまない。今はまだ、お前の心臓にあるソレを、取り外す方法が、わからないんだ。」
「…大丈夫だよ、神父さま。いつも、ありがとう。」

心優しい少年の笑顔。
守りたいのに、守れないものもあるのかと、歯痒く思うことしか、今のイノセントたちには出来なかった。

 


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