Pray-祈り-


本編



「あ、あの、今なんて…?」

戸惑うようにエイブラムが問いかけると、アレスはにこにこと微笑んでいた。
愛らしい無邪気な笑みを見せる彼の横にいるハマルは、この世の終わりなのではないかという位、それはもう酷い顔をしている。
しかしアレスはハマルのことなんて、気にかけない。
そもそも眼中にないのだ。悲しいことに。

「だからぁ、おれとデートしよ?って言ったの。ね、いいでしょ、エイブラム。」

そもそも男と男が外出するのは単なる外出であって、デートではない。はずだ。
いや、もしかしたらアレスにはそっちの気があり本当にデートのつもりかもしれない。だとしても、だとしてもだ。
よりによって、ハマルの前で言う必要はないだろう。
彼の本来は整っていたであろう顔面は既に原型を留めてはおらず、表現が出来ない。否、むしろ表現してはいけない。そんな顔だ。

「…はぁ…」

しかし、エイブラムには最早、断るという選択は与えられていなかった。


第19器 愛されたがりの青年


「買い物なら、素直に買い物と言えばいいだろう。」

いくつもの茶色い紙袋や、白い袋を持たされたエイブラムは、前方の視界は少し頼りない。
買ったものは、お菓子を作る為の器具や、砂糖、小麦粉、チョコレート、生クリープ等、その材料ばかりである。
そして、意外と、重みがあった。

「えへへ、だって、デートって言った方が、なんかとても楽しそうな雰囲気するじゃない?」

アレスはそう言って鼻歌を歌いながら、街中を歩いている。
今日は桃色の可愛らしいフリルがついたワンピースを翻して、服と同じ、桃色の透き通った髪をなびかせていた。
常に少女のような姿をしているアレスだが、紛れもなく、彼は男だ。
しかし中性的なその容姿に彩られた化粧が合わさり、第三者にとってはただの無垢な少女にしか見えない。
彼とすれ違う人々は皆、アレスへと振り向き、そのあどけない姿に見とれている。

「なぁ…どうしてアレスは、いつも女の姿をしているんだ?」

ずり落ちそうになる紙袋を抱えなおしながら、エイブラムは質問をする。
アレスは、エイブラムへと振り向き不思議そうに首を傾げる。
その時、一瞬見せた彼の笑顔が、少し寂しそうに見えた。

「だって、女の子って、可愛いでしょ?」

確かに、男にとって、女の子というものは常に可愛い、愛の対象であり、性の対象であり、庇護の対象だろう。
しかし、それが女の姿である理由と、どう重なるのかエイブラムにはよくわからなかった。
彼はアリステアのように女性のような容姿をコンプレックスに思っている訳ではない。
彼はノアのように男としての尊厳を保っていたいというプライドを持っている訳でもない。
だからこそ、エイブラムにはわからなかった。

「女の子の姿でいれば、みんな、可愛いねって優しくしてくれるし、愛してくれるじゃない?」
「男に愛されたいのか?」
「ふはっ、面白いことを言うね、エイブラム。まぁ確かにおれは男女問わず博愛主義だけど、別に男にちやほやされたいって理由でこういう恰好な訳じゃないよ。」

そう言って、くすくすと小鳥がさえずるように小さく笑う。

「聞いたよ、エイブラム。君がそもそも神器を手にすることになった経緯は、母親にプレゼントを買うためだったんだろう?」
「…知っていたのか」
「まぁまぁ、恥ずかしがるようなことじゃないよ。素晴らしいことだ。お母さんが好きなんだろう?」
「…マミーズボーイだと笑うか?」
「勘違いをしていないかい?母親に任せっきりで何も出来ない軟弱者と、母親想いの優しい子では、話が違うよ。そういう訳じゃない。」

優しく微笑んだまま、彼は語る。
ワンピースについている胸元のブローチを、優しく、愛おしげに撫でながら。

「親は、子に愛情を与える。それは自然なことだ。そして、愛情を貰った子はまた、親を敬愛し、同じように、愛情を返す。君たち親子のようにね。君も、母親に愛されて育っただろう?」
「…まぁ。」

エイブラムは、少し照れくさくなり、俯きながら、回答する。
エイブラムは一人っ子だ。
父は仕事で留守になりがちではあったが、それでもエイブラムが起きている時に帰って来たら、いつもエイブラムの頭を優しく撫でて、可愛がってくれた。
休日はキャッチボールをしたりして遊んだりもしたし、そんな父子の姿を、母は微笑ましそうに眺めていて、いつも温かい食事を作ってくれて。
協会に入ってから外出が増えたエイブラムのことを気にかけながらも、自分のことを想い、信じ、あえて何も触れて来ない父母の姿には、言葉では表せない愛情を感じることが出来る。
感謝してもしきれない、そんな存在だ。
そして、エイブラムのその想いが、その一言だけで、アレスには間違いなく伝わっていた。

「うん、君は本当に愛された子なんだって、わかる。だから、ちょっとうらやましい。」
「…アレスは、愛されなかったのか?」
「それすらも、わからない。でも、少なくとも、おれにはもっと、おれより愛されている存在が近くにいた。それだけは間違いない。」
「アレスより?誰が…」
「ハマル=シェタラン。」

冷たく言い放つ、アレスの声。
その声は淡々としながらも、羨望と嫉妬を胸の中に無理矢理押し込めているような、そんな声色だ。
しかし、次に見せたアレスの顔はいつものような華やかな笑顔で、先程の一面等、なかったかのように振る舞う。

「彼とは義理の兄弟なんだ。ハマルの両親が亡くなった時にね、うちの両親が引き取った。両親はいつもハマルのことばかり見ていて…おれのことなんて、全然だったよ。食事や衣服の提供があっただけ、まだマシかな。それでも、おれは両親の愛情を知らない。抱きしめてくれた時の暖かさも、褒めてもらった時の胸の高鳴りも、全て、ハマルが持って行っちゃったから。」
「…恨んでいるのか?」
「まさか。ハマルに罪はない。羨ましくないと言えば嘘かもしれないけど、両親にとってはハマルの方が可愛かった、それだけだから。」

あの子、バカだし。と言って悪戯っ子のような笑いをする。
その笑顔に、嘘はない。ただ、少し寂しそうなだけ。
きっと、アレスだって、口では色々言いつつも、ハマルのことを嫌っている訳ではないのだろう。

「親に愛されたくて、温もりが欲しくて、一人で打ちひしがれていた時に、アルバさんがおれのことを拾ってくれたんだ。」
「アルバが?」
「そう。お菓子の作り方も、褒められた時の喜びも、撫でてくれた手の温もりも、全部、あの人に教わった。あの人は、おれにとってはただの恩人じゃないんだ。」

アルバのことを語るアレスの姿は本当に嬉しそうで、まるで自分の父親のことを話す時のような、そんな誇らしさを感じさせる。
普段の彼からは少し想像が出来ない一面だった。

「その後にハマルがイノセントさんと協会に来た時は、驚いたけどね。ほんっと、何処までも付いて来るんだから、ストーカーもいいところだよ。」
「あんまり言うと、ハマルも泣くぞ。」
「ちょっと位、言ってやった方がいいのさアイツは。それに、…おれが此処まで言うのは、ハマルだからこそだよ。」

きょうだいだからね、そう言って、また笑う。
ハマルに対しては冷たくて、乱暴で、雑で、愛情なんてひとかけらも見せようとしない彼ではあるが、それも、彼を一番信頼しているが故なのだ。
そしてきっと、ハマルもまた、それを理解しているからこそあれだけ冷たくされても隣に立つのだろうと考えると、本当に彼の打たれ強さには尊敬してしまう。

「さ、エイブラム。協会に戻ろう。そろそろみんな任務から帰って来るし、おれが腕を振るってお菓子を作るよ。エイブラムには買い物手伝ってもらったからサービスするね?その分ハマルの分減らすから。」
「いや、平等でいいから、ハマルの分もちゃんと出してやれよ…」

その後アレスが作ったケーキは、やはり若干、エイブラムのものが大きかった。
少し羨ましそうに眺めていたハマルのケーキは、皆と同じサイズではあったが、彼のケーキにだけイチゴが二つ乗っていたのが、アレスなりの照れ隠しだったのは言うまでもない。

 


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