Pray-祈り-


本編



学校の帰り、協会から任務の知らせがあって赴くと、其処にはイノセントと、二人の青年がいた。
こちらが教会の扉を開け、中へと入って来たことに気付くと、一人の青年がこちらを見つめて微笑む。

「お前がエイブラムか。話はイノセントから聞いてるぞ。」

長身の青年はこちらに親しげに笑いかけて肩に腕を回す。
旧来の友のように親しげに接して来ることに少し驚くが、不思議と馴れ馴れしさは感じられない。

「え、っと、あの、」
「ミスト。突然何馴れ馴れしくしてやがりますか。エイブラムが困ってるじゃねぇですか。」

もう一人、白髪の青年が呆れるように溜息をつく。
大きな紫色の瞳と長い睫を見ると、まるで女性のように見えなくもないが、彼は男だとすぐに理解することが出来た。
アリステアといい、アレスといい、そういえば、フェレトもそうだが、この協会には男性なのか女性なのかわかりにくい、中性的な人間が多い。
故に見抜く力も不思議と出て来てしまった。
正直、身に着けてもあまり役に立たない能力だ。

「悪いな、エイブラム。突然来てもらって。」
「いや、構わない。寧ろすまないな、他のみんなは別件で立て込んでいて。」

アリステアとベイジルは他の任務に駆り出されている。
そしてアベルは、ついに平均点を見誤り補修を受ける羽目になってしまい、未だ学校だ。

「仕方ないさ、私が頼んでいるのもあるからな。今日は、この二人と組んで、任務をしてもらう。普段組んでる人間じゃない分やりにくいかもしれないが、頼めるか?」

確かに、今まで会話をしたことのない二人だ。
だからといって、いつもみたいにアベルにばかりくっついて任務を行うわけにもいかないだろう。
アベルがいるとかいないとか、そういうのを抜きにして、協会で戦うと決めたのだから。

「了解した。」


第18器 ミストとノアと珍事件


「じゃ、改めて。俺はミスト。ミスト=アディンセルだ。宜しく頼む。」
「僕はノア。ノア=フォレットです。よろしくですよ。」
「ああ、よろしく。」

今日の任務は、最近女性に対するわいせつ行為が相次いでいるが、近場にいた男たちを次々と逮捕をするものの、皆心当たりがないという事案だ。
全てが全て、犯行を否認していて、現在はまだ身の潔白が証明されず、警察のお世話になっている。
通常であれば犯人の往生際が悪いと思うのだろうが、これが最近増えているのだから奇妙だ。
そこで、シリルやデールからの情報提供を元に、エイブラムたちで調査をすることになったのだ。

「でも、納得出来ねぇですよ!どうして僕が女装しなきゃならねぇです?!」

今回は女性が狙われる、ということで、中性的な容姿をしているノアが囮となり、ミストとエイブラムがそれを捕まえるという話になった。
いくら中性的とはいえ、積極的に犯人を誘き出せるような状態にしなければ困るということで、今回ノアは膝上丈の際どいミニスカートを履いていた。
彼は日頃から肩をちらりと見せるような上着に、ニーハイソックス、そしてハーフパンツという中性的な格好をしているため、パンツをスカートに変えただけでも充分女性らしい。
特に化粧というものをしている訳ではないけれど、彼は立派に「彼女」へと成り代わっていた。

「仕方ないだろ。フェレトは女性だが嫁入り前の娘だ。囮にする訳にはいかないだろう。」
「アレスも今はハマルと別の任務に出ているからな、人材不足だ、諦めろ。似合ってるぞ?」
「嬉しくねぇですよ!」

ミストはにやにやと口元に笑みを浮かべながらノアをからかっている。
確かに、ノアのスカート姿はよく似合う。
細く小柄な体躯なのが幸いして、全く違和感がない。本人にそれを口に出して伝えたら本気でキレそうなので、言えないが。
しかし、よく似合う。

「ほら、きゃんきゃん騒いでないで、行けノア。骨は拾ってやる。」
「拾う必要は全くねぇですよ!というか骨にならねぇですよ?!ったく…」

ぶつぶつと愚痴をこぼしつつ、ノアは諦めたのか左側でまとめていたサイドテールを解き、髪をなびかせる。
紫色と白色の混ざり合ったその髪はさらりと舞っていて、こうしてみると、本当に女性のようだ。
カツン、とブーツのヒール音を響かせて、彼は人通りの多い道へと歩いていく。
犯人は人の行き来が多い場所で犯行を行うらしい。しかも、その女性の周囲に別の男がいる時を見計らっている。

「よし、エイブラム。行くぞ。」

ミストとエイブラムは、後からノアの後を追う。
あくまでごく普通の一般人同士、他人を装って彼へと近付く。
ノアが被害者側の囮なのだとすれば、ミストとエイブラムは、冤罪を仕向けられる側としての囮なのだ。
しかし思いの外、人通りが多くて思うように歩くことが出来ない。
ようやくノアに近付き、ノアもこちらに気付く。
その時、ノアの身体が急に、何かに躓いたかのように、崩れ落ちた。
咄嗟に手を伸ばし、転びそうになる彼の身体を抱える。

「へ、変質者…!」
「え…?!」

その叫び声は、ノアからでもなく、エイブラムからでもなく、別の、第三者の一般人からだった。
一般人である女性は、何故かエイブラムのことを指差して、変質者と叫んだのだ。
周囲の人はざわざわとざわめきながら、エイブラムのことを、軽蔑の意を込めて見つめている。
何故自分が変質者と言われなきゃいけないのか。
しかし、それはノアをみればすぐにわかった。わかってしまった。

「なっ…?!」
「げぇっ…?!」

エイブラムが身体を支えたノアは、まるで第三者からスカートをめくられたかのように、下着を剥き出しにした状態となっている。
ノアも普段はスカートを履いていないことから、下着が見えることについての有無は意識をしていなかったのだろう。
しかし、これではまるで、エイブラムがノアを無理矢理抱き留めて彼のスカートをめくっているような状態だ。
全てを理解したノアは、羞恥で一気に真っ赤になってしまう。

「な、こ、れ、は、そ、」

そして変質者扱いをされたエイブラムは、混乱をしていた。
元々人に説明をする能力には欠けているし、彼は実は男だから大丈夫なんて言ったら今度はノアが不審者扱いされてしまうし、実は囮捜査をしてましてなんて説明を始めたらそれこそ犯人を捕まえる隙がなくなり本末転倒だ。
しかもノアは何で、スカートの下までフリルやレースのついた女性のような下着なのだろうかといらぬ考えまでしてしまう。
そもそもノアを転ばせてスカートを捲りあげたのは間違いなく犯人で、その犯人は何処なのだと、エイブラムは落ち着きなく首を動かす。

「落ち着け、エイブラム。」

そんなエイブラムの肩に手を置き、耳元で、宥めるように囁く。
ミストの低い声が聞こえたと思うと、ミストはにこにこと周囲に笑顔を浮かべた。

「みなさんすんません、この人たち変質者じゃなくて、ちょっとドジなカップルなんすよ。俺、友達で。ほら、ノア、いつまでみっともなくパンツを見せているんだ。エイブラムも、行くぞ?」

そう言って、ミストは右手でエイブラムの手首を握って、引きずるように歩く。
慌てて彼の後をついていくが、よく見ると、ミストの左手は、別の何かを握っているように見えた。

「ったく、ほんとどんくさいな、エイブラムは。すごい間抜け面をいていたぞ。」
「え、でも、ミスト、その、囮捜査は…?」
「あ?捕まえたじゃないか。ほら。」

ミストはそう言って、左手で握っていた何かを放り投げてから、蹴り飛ばす。
空中を蹴ってどうするのだろうと思っていると、ミストが蹴った場所から見知らぬ男が現れ、地面へと転ぶように倒れた。
突然現れた男の存在にエイブラムもノアも、思わず身構える。
しかし、ミストはそれを気にするでもなく、懐から縄を取り出して男を拘束し始めた。

「コイツ、自分の姿を透明にする、っつーか、そんな能力あるみたいでさ。それで姿を消して、犯行を行ってたみてぇだな。」
「だ、だから今まで見つからなかったのか…!」
「そういうことだ。しかしノア、良かったな、俺のアドバイスを聞いて下着も女物風に変えておいて。下着を男物のままにしてたら、今頃お前が変質者だぜ?」

ミストはそう言って、にやにやとノアに笑みを見せる。
ノアは、恥ずかしさやら悔しさやらで、顔をこれでもかという程、真っ赤に染め上げていた。

「もう、こんな任務は二度とやらねぇですー!」

そして、彼の悲痛な叫びのみが、周囲に響き渡ったのだった。

 


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