Pray-祈り-


本編



それからは、あまりにも呆気なかった。
オセロ=グレイの能力は、人を磁力に変えること。
その能力は、エイブラム=アクロイドの能力とは非常に、相性が悪かった。
磁力と磁力の間に生まれる、僅かな電流。エイブラムはその電流を操り、オセロの磁力を無効化させ、そしてオセロは囚われた。

「殺しなよ。」

場所は協会。教会の、その地下。
両腕を縄で縛られ、拘束されたオセロは、自嘲染みた笑みを浮かべて語る。
その顔は何処か投げやりのようにも見えた。

「それは、お前の持論である、犯罪者は皆死ぬべきという持論か?」
「そうさ。僕はお前たちに捕えられた。つまり、僕は負けた。僕の白は、今日をもって黒となったんだ。だから、僕は裁かれるべきだ。そして、死ぬべきなんだよ。」
「残念ながら、俺はお前の持論には賛成出来ない。」

エイブラムはそう言って、手の甲で、オセロの額を軽く小突いた。
扉をノックするように軽く。
故に、痛みは全く感じられない。きょとんとした顔で、オセロは、エイブラムの顔を見る。

「今のお前の持論からすると、お前に勝った、俺の意見は白ということになるな。」
「…そうなるね。」
「ならば、お前は今から協会へ入れ。」
「…はぁ?」

オセロは呆けた声を発する。
当然、アリステアやアベルも、驚いたような顔を浮かべていた。

「協会に入り、協会に尽し、人を助け、神器を集めろ。今まで神器で人に迷惑をかけた分、その倍、神器で人を助けるんだ。そして罪を償え。それが、俺の持論だ。」
「おい、エイブラム、正気か?」
「いいだろう、イノセント。戦力が多いに越したことはない。」
「勝手に決めるな、エイブラム。まぁ、お前の意見には、同意見だがな。後のことはシリルに頼んで、事故扱いで処理してもらおう。」
「決定だ。」

エイブラムはそう言って、軽く微笑む。
オセロは、エイブラムの笑顔をじっと見つめた後、頬を軽く赤らめながら、俯いた。

「本当、甘い。甘過ぎるよ、君って奴は。」

そう毒づく彼の口元は、少しだけ、嬉しそうに、微笑んでいた。


第17器 怪我の功名という名の暗雲


「しかし、オセロ。お前これから大丈夫なのか?」

この事件から数日後、学校の食堂で、五人は何事もなかったかのように食事をしていた。
食堂に訪れる学生は皆、ちらちらとオセロのことを見てはヒソヒソと耳打ちをする。
これは決して、あの事件が事故ではなく人為的なものということがわかり、オセロが犯人とバレた…という訳ではない。
新聞では、とあるニュースが人々を賑わせていた。
グレイカンパニーの倒産。
それはあまりに、突然のことだった。
グレイカンパニーと政治家による癒着が発覚し、それがきっかけで政治家は失職。グレイカンパニーは信用を失い失墜、他社に合併される形で、事実上の倒産を迎えた。
オセロの父親であるグレイカンパニーの社長は、当然、失職。
オセロ自身も、御曹司という立場から一気に転落をした形となる。

「大丈夫大丈夫。だって、癒着が発覚するきっかけを作ったのは、他でもない、僕だし。」
「…は?」

オセロは淡々と述べながら、パンにむしゃりとかぶりつく。

「元々気に入らなかったんだよねぇ。父さんのやり方。そんな卑怯な手を使ってまで会社を大きくして、しかもうちの会社はホワイトな会社ですーなんてアピールもちゃっかりして、偽善活動までしちゃってさ。本当は真っ黒なのに、そんなぐちゃぐちゃな灰色が、気に入らなかったんだ。」
「…もしかして、それが、お前が罪を犯したきっかけ…?」
「うん、まぁ、正直に言えばそうだね。今でも、白黒ハッキリしなきゃいけないという根本的な性格は変わらないよ。それでも、エイブラムが言うように、白黒ハッキリつけられないことがあるということも…あるんだな、って、今ならわかる。だから僕は、父さんの持ってる全てを奪うことにした。」
「…じゃあ…」

オセロが、得意げに笑う。
以前見せた自信たっぷりな笑顔と、今の笑顔。然程変わらないようには見えるが、今見せている笑顔の方が、何処か、清々しさを感じる。
彼の中に燻っていた、憑き物のようなものが、取れたかのようだった。

「グレイカンパニーを吸収合併した会社は、僕がひっそりと作って来た会社だよ。御曹司…なんて、もう呼ばせない。僕は父を超える。そして、卑怯な手を使わず、もっと、よりよい会社を作ってやるんだ。」

野心に満ちた瞳。
静かに、しかし情熱的に燃える炎は、味方にしてしまえば心強いものになる。
純粋故に苦悩し、純粋故に誤った方向へと進んだ彼ではあるが、その純粋さは、正しい方角を向けば、強力な武器だ。

「いや、やっぱおっかないわお前。敵にしたくない、絶対。」

アベルはそう言って、苦笑いを浮かべながらサラダを口に運ぶ。
その感想はこの場にいる誰もが思っていることだろう。
なんせ、オセロ=グレイは、同級生かと思っていたが、年齢は十六歳で、自分たちの一個年下だというのだ。
此処まで人々を混乱させ、挙句、会社を創り、乗っ取ってしまう程の能力を持つ少年が、自分たちよりも年下で、後輩なのだから、末恐ろしい。
このまま、再び道を踏み外すことがなければ、彼はきっと大物になるだろう。

「そういえば、さぁ。聞きたいことがあるんだけど、いいかなぁ?」

のんびりとした口調で、ベイジルが問いかける。
いつもは無言で食事をしている彼が、食事中に話しかけるなんて、非常に珍しい。
一体何事かと、一同は首を傾げる。

「アリステアの時から、ずっと疑問に思ってたんだけど、さ。…アリステアも、オセロも、その神器って、何処から手に入れたの?」

それは、心の何処かで、エイブラム自身も疑問に思っていたことだった。
アリステアは、あの事件が起きる少し前から、神器を手にしていた。そして、ある日急に身に着けるようになったという。
元々女のように見られることを気にしていた彼が、自発的につけるとは思えない。
アリステアは言っていた。これはお守りなのだ、と。
これがあれば自分に嫌なことをする人に天罰が下るから、エイブラムに渡せないと、暴走したあの日、間違いなく言っていた。
貰ったという事実を否定していなかったことから、第三者から、アリステアの手に渡ったのは間違いない。
そして、オセロの万年筆もそうだ。
元々、それは協会に保管されていたものだ。
協会に保管されていた神器が、自然なルートでオセロの手に渡るはずがない。
誰かが意図的に、彼に、神器を渡したとしか、思えない。

「もらったのは、事実だ。」

アリステアが、語る。

「偶然…偶然だった。誰かが、俺に声をかけて来て、言ったんだ。何かを悩んでいるようだね、って。怪しい奴だと思って無視しようとしたら、これを、この指輪を渡してくれた。最初は断ったさ。ただでさえ女と思われているのに、アクセサリー…ましてや指輪なんて。でも、その人は、これはお守りだから、持っていればいいことがあるって。そしたら、俺のこと虐めてたクラスメイトが次々に不幸な目にあって、それが気持ち良くて、反面、怖くて…そんな時、エイブラムに声をかけられたんだ。後は、エイブラムも、アベルも、そしてベイジルも知っていることだ。誰にもらったのかは…すまないが、覚えていない。」
「へぇ…アリステアも、以前は僕と同じ暴走者だったんだ…?」
「制御出来ず、無自覚だったけどな。だから、この前お前の持論を聞いた時は、胆が冷えた。」
「あはは、ごめんごめん。今は、もうそこまで過激なこと思ってはいないよ。」

当時のことを思い出して、青い顔をしながら睨むアリステアに、オセロは苦笑いをしながら返す。
アリステアも本気で睨んでいる訳ではなく、オセロのその反応を見て、溜息をつきながら元の無表情に戻った。
さて、と次はオセロが語る。

「僕も、神器をもらったのは事実だ。でも、残念ながら僕は直接会った訳じゃない。郵送でね、送られて来たんだよ。この、神器の使い方について記された資料と一緒に。で、元々持ってたノートに書き込んでみたらあら不思議、本当に人間が磁石になるんだから、びっくりしたよ。嗚呼、ちなみに郵送で送られて来たものには手紙がついてたよ。この神器は君の理想を叶えるだろう、ってね。手紙そのものは、ワープロで打たれたものだから、残念だけど筆跡で特定することは無理だね。」

そう言って、オセロは溜息をついた。
アリステアが覚えていないというのは、当時の彼が復学したてで精神的に滅入っていた故、というのもあるだろうが、もしも相手が神器を所有していたのなら、彼の記憶に手を加えている可能性もある。
オセロの場合は、彼の性格的にも記憶操作は通用しないだろうと踏んだ相手側が、郵送という形で済ませたのだろう。
つまり、どちらにしても今回わかったのは、第三者にもらった、という誰でもわかる事実だけということになる。

「そういえば、ユーリの資料室から資料を盗んだ犯人。そいつは特定できないのか?あそこは入る人間も限られているし、ユーリが鍵を持っているんだから、ユーリが招き入れたってことだろう?」

アリステアが、問いかける。
深夜は警備が手薄になり、隙が生まれるであろう教会の地下とは違い、ユーリの書庫は、ユーリ=フェイト本人でしか、鍵を開けることは出来ない。
それならば、資料室に入った人間に、容疑者は絞れる。

「…カートライト家の人間、もしくはクロス家の人間であることは、間違いないようだ。事実、此処最近ユーリの書庫に、イノセントやアルバ以外の、二つの家の人間が資料室を訪れたらしい。けど、ユーリはそれぞれの家の紋章を持っている人間は、命令されれば通していたようだ。クロス=カートライトが生きていた時代と違って、今のユーリは肩身が狭いからな。故に、紋章を持っていれば、誰でも入れる。ユーリが把握していない、家の中でも末端な立場でもな。」
「つまり、わからないということか。」

アベルの答えに、皆は溜息をついた。
これでは何もわかっていないようなものだ。
直接、カートライト家とクロス家の人間に詰問出来ればいいのだが、それが原因で互いがいがみ合い、余計な争いが生まれるのを恐れるイノセントは、其処まで踏み入ることが出来ないらしい。

「でも、神器の回収率は上がっているようだ。アリステアの時のように、元々気付かずに神器を所有していた、ベイジルのような共鳴者も、この騒ぎに乗じて現れているらしい。それはとても偶然なんだが、な。殆どの人間は、ベイジルみたいに協会に入るということはせず、神器を協会に手渡している。」
「一度奪われた神器を取り戻す時には、倍の数になって手元に来てる、ということか。怪我の功名、といえば聞こえはいいが。」
「奇妙、といか、不気味だよね。」

エイブラムたちにとって、この事件はオセロを止めることにより解決した。
けれど、事件の根本は、全く解決をしていなくて。

「何だか、大きな事件の前触れな感じがするよねぇ。」

ベイジルが、そう呟く。
ベイジルは、鋭い。彼の予想や疑惑は、大抵、的中してしまう。
今回ばかりは、それが的中しないことを、祈るしかなかった。

 


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