Pray-祈り-


本編



正義とは、一体何か。
悪とは、一体何か。
法とは、一体何か。
全てが全て、しっかり定義を付けられているようで、非常に曖昧な境界線を漂っている。
その人が正義と思えば正義だし、その人が悪と思えば悪だ。
世の中、大多数の人間が同じものを正義と言い、同じものを悪だと唱えるから、定義というものがしっかりしているように見えるだけ。
しかし、自分にとってそれが悪だと思うのなら、それは、間違いなく悪なのだ。
定義というものは、とてもややこしい。
全てがこうだと決定付けられていれば世の中はもっと単純化され、わかりやすくなるというのに。
だから、自分が白黒をつければいいのだと、そう思った。
イチから、全てを正せば良い。
白を創り。
黒を創り。
法を創る。
歯向かう者も、曖昧な点に立とうとする者も、皆、裁けばいいのだ。
この神器を使って。


第14器 戦うための手段


中心となっている犯人の行動範囲は、学校。
つまり、この学校と縁のある人間が、神器の共鳴者である可能性があるということなのだ。

「しかし、興味本位で現れた、ただの野次馬という可能性はないのか?」
「そう思うよね。うん、ぼくもこの偶然はそうかなって最初は思ったんだけど、見て。」

ラルフがスクラップ帳をぺらりと捲る。
人だかりを見つめる一人の少年。その少年は、動物のような特殊なパーカーを被っていた。
その特徴的な服は、見覚えがある。

「…オセロ=グレイ?」
「知ってるのか、アリステア。」

少年の名前らしきものを呟いたアリステアに、エイブラムが問う。
そんな彼に対し、アリステアは驚いた顔をして見つめていた。

「お前、知らないのかよ。」

どうやら、寧ろこちらが知っていなければいけない存在だったらしい。

「オセロ=グレイって言ったら、あのグレイカンパニーの御曹司だぞ。」
「グレイカンパニー?」

エイブラムは、思わずその会社名を復唱する。
しかし残念なことに、彼にはその会社の偉大さというものに全く心当たりがない。
それを察したのか、アリステアは驚きを通り越し、呆れているようにも見える。

「おいおいエイブラム、世間知らずも大概にしとけって。グレイカンパニーといったら、文房具や玩具、菓子の類とあらゆるメーカーに手を出している大企業じゃないか。」
「…あ、」

そう言われて、エイブラムもようやく思い出す。
テレビをつけていて、この会社の名前を聞かない日は殆どない位には、有名なはずなのに、何故自分はそんな大企業の名前すらすぐ出て来ないのか。
アリステアの言うように、世間知らずも大概にしなければいけないようだ。
もう少し世間の流行というものを把握したほうがいいのかもしれない。

「で、そのグレイカンパニーの御曹司っていうのがどう関係するんだ?」
「どう関係って…いくらなんでも、御曹司が野次馬に混ざってこの惨事を見届けているって変だろう?」
「いや、確かに変と言われれば変だけど、そういうのに興味のある類かもしれないじゃないか。」
「まぁ、そう思っても不思議じゃないよね。でも、彼は赤、青、黄の点がついた事件の中でも、自分の行動範囲で起きた事件には顔を出していない。つまり、純粋な野次馬じゃないんだよ。ただの野次馬なら、他の事件でも顔を出しているはずだからね。それに、ほら、これを見れば同じこと言えないでしょう?」

ラルフが一枚の写真を見せる。
それは、特徴的なパーカーを着た、オセロと思われる少年が映っている写真の一部だ。
彼の首元には紐のようなものがあり、何かを首に下げているということがわかる。
素材がどう見てもただの紐に見えることから、エイブラムのようなネックレスといった類をつけているとは思えない。
しかもパーカーの下に、極力見えないようにしてつけているため、何を首から下げているのかはよく見えないのだ。

「ちょっと拡大して、画質を修正したものが、これ。」

そう言って見せた写真は、彼の衣服の隙間から若干見える影を、更に鮮明にしたものだ。
うっすらと、首に、ペンのようなものを下げていることが、この画像からはわかる。

「これは…ペン?」
「しかし、御曹司がつけているには、やけに安っぽいな。というか、ボロいぞ。」
「御曹司がつけるものとは、思えないねぇ。」

アリステアやベイジルの言う通りだった。
そのペンは所々メッキが剥げていたりしていて、素材も何処か安っぽい。
とてもじゃないが、グレイカンパニーの御曹司が身に着けているようなものとは思えなかった。

「じゃあ、これが…」
「神器、の可能性が高いよな?」

今まで沈黙していたデールが、口を開く。
学校周辺に起きた事件には何度も顔を出している。しかも、顔を出しているのは万年筆の神器が発端と思われるもののみ。
そして、首に下げているのは、古びた万年筆。
これで、彼を疑うなと言う方が難しいだろう。

「これで大体、犯人の目星はついただろ?こっちで把握してやれるのは此処までだ。後はお前らで捕まえてくれ。」
「なぁ、ひとつ、質問をしてもいいか?」
「んー、なんだ?」

デールたちの情報は、完璧だ。
手掛かりが全くつかめていなかった自分たちと比べて、いち早く様々な情報を収集し、こうして提供をしてくれている。
味方であってくれれば、こんなにもありがたいことはない。
だからこそ、ひとつだけ、エイブラムは疑問に思っていた。

「これだけ情報を集める力があるのに…何故、自分達で、共鳴者を捕まえようとはしないんだ?」

それは、戦う力を持つエイブラムだからこそ、持つ疑問。
神器に選ばれた共鳴者だからこそ、抱ける疑問。
デールは少し目を見開いた後、困ったように笑った。

「そうだな、そう思うよなぁ。お前は戦う力を持ってるもんな。…あんな、エイブラム。みぃんな、お前たちみたいに戦う力を持ってる訳じゃねぇんだよ。俺たちぁみんな、神器に振り回され、暴走し、お前らみたいに戦場に立つことを許されなかった奴等ばっかなんだよ。」

そう言って彼は、寂しそうに笑う。
エイブラムが関わった協会の人間は、神器に対して理解があったし、実際に共鳴者である人間が多かった。
だから、彼等も自分たちと同じ共鳴者だと思った。故に、疑問を抱いた。
戦わない理由。
しかし、正確には戦わないのではなく、戦えないのだ。彼等には、戦うための力がないから。
神の器に、選ばれなかったから。

「俺は以前、無理矢理神器を解放しようとして、左目が潰れた。そんな俺のことを見捨てねぇで、一緒に戦うための手段をくれたのが、アル…アルバ=クロスだった。お前からしたら、俺たちは情報を集めることしか手段のねぇ、前線で戦うことができねぇ奴等だ。でも、その情報が、俺たちの唯一戦うための手段だ。アルは俺たちに、戦う手段をくれたんだ。」

だから感謝してる。
そう言って、デールは誇らしげに笑った。
例え直接戦う手段がなくても、力がなくても、彼等は間違いなく、共に戦っている人間なのだと、そう確信することが出来る。

「…凄いな。俺よりも、ずっと、凄い。」
「そりゃぁまだ十代のガキと比べりゃ、少しは凄くないと困るって。流石にお前らより情けなかったら、恥ずかしいぞ。」

デールはそう言って、エイブラムの赤銅色の髪をわしわしと撫でる。
少し酒と煙草の混ざり合う臭いがしたが、先程とは違い、不思議と気にならない。
酒と煙草から連想される負の印象を通り越し、彼等に前向きな印象を抱くことが出来るようになった、その結果なのだろう。
アベルが気にせずこの店に通えるようになったのも、アルバが彼等に、共に戦うための手段を与えたいと思ったのも、少し、わかるような気がした。

「ま、ヴェルノだけは共鳴者だけどな。でも、コイツは空間異動ばかりが手段で、戦闘向きじゃないんだ。最初は問題ばかり起こしてたのをアルが取り締まって、うちに寄越したんだけど。」

殆どの情報源は、彼からなのだと、デールは自分のことのように笑う。

「さて、と。こっちから渡せる情報はこれくらいかな。残りの事件についても、アルには情報提供をさせておくよ。」
「ありがとう、ございます。えっと、情報屋ってことは、その、お代とか…」
「あー、いいっていいって。後でアルやイノセントに払ってもらうから。」

ひとまず今日は帰れという、彼の言葉にひとまず甘えることにした。
自分達が追うべきは、まずは万年筆の神器共鳴者だ。
共鳴者と思われる人間は、オセロ=グレイ。早く、彼を止めなければいけないのだと、そう固く決意しながら、エイブラムたちはデールの店を後にした。

 


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