Pray-祈り-


本編



アルバの要請で情報屋に行くことになったエイブラムたちは、アベルを先頭にして街の中を歩いていた。
街の中と言っても、どちらかといえば繁華街の路地裏に近い。
情報屋と聞くと、一目のつかない所にあるというのが定番なイメージだが、どうやらこちらもイメージ通りのようだ。
人気のない路地裏を通って行き、如何わしい店の横を横切りながら、地下へと続く階段のある店へと辿り着いた。

「此処、俺たち学生が歩いていい場所じゃぁないだろう?」

アリステアは落ち着かない様子で周囲を見回す。
確かに、健全な学生が歩き回るような場所ではないし、もしも協会とは無関係の純粋な警察官が此処を通れば、自分たちは確実に補導されてしまうような場所だ。

「見つからなければいいんだよ、見つからなければ。ほら、さっさと行くぞ。」

気にする様子もなく、アベルはどんどん階段の地下へと足を進めていく。
躊躇いのない後ろ姿を見ていると、エイブラムは、アベルとはどうしようもない経験の違いがあるのだと、改めて思う。
アベルにもきっと、この地下を降りることを躊躇う時期があっただろう。
その頼りになる背中は、誇らしい反面、知らなくてもいいものをいち早く知ってしまったという不運さも、醸し出していた。

「どうした、エイブラム。さっさと行くぞ。」
「あ、あぁ。」

エイブラムは頷くと、地下へ続く階段を下った。


第13器 デールの店


店の中へと入ると、酒屋特有のアルコールの臭いが鼻を擽る。
大人はこの香りが好きなのかもしれないが、学生であるエイブラムにとっては毒に近い不快な香りだ。
しかも煙草の臭いまで漂っている。
もしも服にこの臭いが染みついてしまえば、流石に親に心配されてしまうかもしれない。

「よぉ坊主、今日は何の用だ。」

煙草をふかしながら店の中を出て来たのは、砂色の髪に紫色の瞳をした男だ。
右目には眼帯をはめており、緩んだネクタイと胸元が見える程にボタンの開いたシャツは何処かくたびれたような印象を受ける。
グラスに氷を入れて、とくとくと琥珀色の液体を注ぎ一口飲む。
この昼間から酒を飲んでいる男がこの店の主であるのだろうが、こうしてみていると、本当にただの駄目人間だ。

「おい、デール。客の前で飲むんじゃねぇよ。よぉ、久々だなムー坊。」
「久しぶり、ヴェルノさん。ちょっと知りたいことがありまして。」

男を嗜めながらもアベルたちを歓迎したのは、夕日と同じ、橙色の髪をした青年だ。
ヴェルノと呼ばれた青年はアベルと握手を交わすと、じとりとデールを見つめる。そんな痛々しい視線をよそに、デールは未だ、琥珀色の液体の味を楽しんでいた。

「ヴェルノ、あまり睨むなよ。ちゃんと情報は提供するさ。…さて、何の情報を知りたいのかな?とはいっても、どうせ最近騒がせている神器のことについてだろう。」
「なんで、それがわかる…?」
「わかるに決まっている。協会の人間が欲しがる情報は、大抵神器やその共鳴者に関する情報だからな。それに、そこの金髪坊主の情報だって、最近イノセントにやったのは俺なんだからな。」

あ、とエイブラムは思い出す。
そういえば、アリステアの神器暴走による錯乱事件の際に、エイブラムはアリステアを疑いイノセントに情報を求めた。
やけに情報が来るのが早いと思っていたが、協力関係にあった情報組織があったというのなら、納得出来る。
アルコールがまわり、ほんのりと顔を赤くしながら、デールは得意げに笑う。

「おい、ミラー兄弟、情報くれてやれ。」

デールがそう声をかけると、また店の奥から二人の男が出て来た。
一人は青年で、桃色の髪がきっちりと切りそろえられていて几帳面な印象を受けるが、金色の瞳はそんな几帳面な風貌とは正反対に、何処か緩めの柔らかい印象を受ける。
着古したスーツはサイズが合っていないのか、少しぶかぶかなようだ。
そんな彼のスーツを握り締め、後ろで隠れるようにこちらを見つめる少年。
この少年も同じく、桃色の髪と金色の瞳をしている。少年も、青年と同じように前髪はきちんと切りそろえられているが、毛先は青年と違い少し跳ねていて、癖っ毛がある。
右目は包帯で覆われており、若干痛々しさが残っていた。
デールの言い方からして、二人は血の繋がった兄弟なのだろう。
成程、外見も、雰囲気も、よく似ている。

「…ぼくはラルフ。ラルフ=ミラーだ。こっちは弟のレイフ。此処で働かせてもらっているんだ。よろしく、エイブラムくん。」
「…なんか、名前を知られていると少しこそばゆいというか、怖いんだが。」
「ごめん。最近協会に入った人間の情報は、把握させてもらってるんだ。もちろん、アリステアくんとベイジルくんの情報もね。安心して、悪いことには絶対使わないから。」

なんせ、協会の人間だしね。
そう言って、ラルフ=ミラーは柔和な笑みを見せる。
しかし、その柔らかさとは対照的な恐ろしさも見え隠れしていて、情報を扱う人間というものは敵に回してはいけないということを理解してしまう。
笑顔を見せたまま、ラルフはエイブラムたちにスクラップ帳を差し出す。それを捲ると、いくつもの新聞記事の切れ端や、写真、そして雑誌の記述の切れ端までもが貼りつけられていた。
最近自分たちが追いかけている、万年筆の神器を使ったと思われる事件。その他に、急に人間が燃えるとか、建築物が急に壊れるとか、雨が降った訳でもないのに川の水が氾濫するとか、不可解な現象が各地で起こっているという記事がまとめられたものだ。
そして、貼りつけられている写真は、その現場写真である。

「結構ね、こういう写真を見ると、怪しい人っていうのは出て来るものだよ。ほら、これ。」

次は、レイフがその資料をいくつか指差す。
写真は、その現場の写真だった。燃える人。押しつぶされる人。流される人。様々な人の姿が、痛々しく映っている。
ドラマのワンシーンとも思える凄惨で非現実的な光景は、本当にドラマだったらどんなに楽かと思う。しかし、これは紛れもなく現実に起きた事件の写真で、この映像の人間たちがどうなったのか…想像したくもない。
思わず、目を背けたくなるような写真だ。

「目、背けちゃ駄目だよお兄さん。此処、見て。」

レイフが指差したその先に、映っている人影。
その人影は、いくつもの写真で見受けられることが出来た。よく目を凝らすと、その人影はみな、同一人物のように見える。

「こういうことする人ってね、結構現場に戻って来て、騒ぎを見に来たりとかするんだよ。まぁ、見に来ない場合もあるみたいだけどね…」

そう言って、スクラップ帳をペラリと捲る。
そこにはこの地域一帯の地図が貼りつけられていて、事件が起きた現場らしきものに異なる色の点がつけられていた。

「赤い点は、人が燃える事件があった場所。青い点は、川の氾濫。黄色い点は、建築物の氾濫。そして黒い点が…今、君たちが追いかけてる、金属に人が潰される事件が起きている場所。」

赤い点や青い点、そして黄色い点は同じような地域に集中しているような印象だ。
これは、まだ表沙汰になっていないものだからエイブラムたちも今日初めて把握する事件ではあるが、犯人はその近くに住んでいて、己の行動範囲の中で事件を起こしているという証なのだろう。
逆に、黒い点はランダムだ。
黒い点は、ターゲットとなる人間がテレビに出て来る人間がいる場所となっている故なのか、あちこちに点在していて赤・青・黄の点と比べると、犯人の行動範囲を割り辛い。

「一見すると、この犯人の行動範囲は掴みにくい。でも、そこで出て来るのがこの写真。これは全部、黒い点の事件が起きて、マスメディアが駆け付けた時に様子を見に来た一般人たちの写真だよ。そこで、一部の子が、一部の事件で、毎回出て来てる。」

レイフは緑色のマーカーを取り出すと、黒い点の一部だけをそのマーカーで囲う。
すると、マーカーで記された場所は一部の限られた場所に限定され、その場所だけが、犯人が様子を見に行くことが出来る…つまり、行動範囲ということになった。

「で、この行動範囲の中心なんだけど…」

トントン、とマーカーで叩いたのは、犯人が現れる場所の中間点。
その場所は、エイブラムたちにとって、とても身近な場所だった。

「これは……学校?」

学校。
しかも、エイブラムたちが通っている学校そのものだったのだから。

 


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