Pray-祈り-


本編



「俺たちは、何処へ向かえばいいんだ?」

戸惑うように、エイブラムは問いかける。
万年筆の神器を探すだけではなく、更に追加での要請なのだし、こんな非常事態の中向かうのだから、多少緊張しても仕方ないだろう。

「情報屋のところだ。もし大量に神器が奪われているなら、何かしらの情報が向こうにも流れているはずだからな。…アベル、場所はわかるな?案内を頼むぞ。」
「はいはい、任せてくれよ。」

アベルはそう言って、少し得意げに笑ってみせる。
エイブラムたちと比べるとずっと協会にいる年数が長い彼なのだから、自分たちよりも知っている場所は多いのだろう。
任せなよと笑う彼の笑顔が心強い。

「私はユーリの書庫に行ってくる。その後、そのままシリルのところへ行って、警察では何処まで事件の把握をしているのか、念の為確認してくるよ。イノセントは、神器の様子を頼む。」

アルバはそう言って、すぐさま外出の準備をする。
そして、その間際、イノセントの肩に手を置いて、彼にしか聞こえない程度の声で、小さく囁いた。

「あんま溜め込むなよ。これは、誰の責任でもねぇから。」


第12器 団長として


暗い地下、一つ一つ丁寧に、ケースの中や、様子を観察していく。
結論から言うと、既に、手遅れであった。
いくつも保管している神器のうち、万年筆だけではなく、既にいくつかの神器が奪われていた。
一体誰に奪われたのかはわからない。
そもそも何十年も神器を管理し続けていたが、管理が甘かったのだ。
教会に忍び込むような人間はいないから、その地下というのは良い隠れ家だったし、地下へ続く床も隠し通路のような形になっていたので、内部の人間にしかわからない。
外部からは強いが、内部からのものには、とても弱かったのだ。
身内同士で争いが起こる。
それを恐れたクロスは、互いに支え合うべく家を二つに分け、神器の情報は悪用されないためにユーリと二つに分け、とにかく、最善を尽くすよう心掛けていた。
しかし、そもそもユーリから聞く話では、クロス=カートライトは大層な博愛主義者であったらしい。
そんな彼が、身内を疑い切るということは、困難を極めたのだろう。
更に、身内を疑うということは、そこから疑心暗鬼が生まれ、争いが生まれる恐れもある。だから、クロスは徹底し切ることが出来なかった。
その甘さ。その躊躇い。それこそが、何年もの時をかけて、今の事態を産み出したのだ。

「…イノセントさん。」

イノセントを呼ぶ声がして、振り向く。
そこには、白髪の少年が立っていた。
髪を左側で一つに束ねていて、前髪の一部は紫色になっている。大きな紫色の瞳は、じぃとこちらを見つめているが、目力が強くまるで睨んでいるようにも見える。
長い睫と細い手足は、少女のように見えなくもないが、彼は紛れもなく、少年だった。

「ノア、そっちはどうだった?」

イノセントが声をかけると、ノア=フォレットは小さき息をつきながら肩をすくめる。
その仕草から見ても、あまり良い報告が聞けそうにないということはよくわかった。
部下にそんな顔をさせてしまっているという点でも、申し訳なさを感じてしまう。

「こっちも一つ、消えてやがりましたですよ。今、反対側をミストが見てくれてますです。」
「そうか、こんなに神器が紛失しているとは…協会を束ねる団長が、こんなことに気付かないなんて、情けない…」

自嘲染みた笑みを、イノセントは浮かべる。
神器の数は、膨大だ。
その数は、百、二百、否、更に多いかもしれない。そんな膨大な数の神器を、イノセントだけで管理をするのは当然無理があるし、アルバがいても、当然無理がある。
しかし、それは言い訳に過ぎない。
先祖代々神器を集め、再び神器に封印された宝石を一つにするという目的のためには、きちんと、神器を管理するべきなのだ。
その管理が不足していたから、今回のようなことが起きてしまった。それが事実。

「やはり、本来は私なんかより…」

アルバが組織を束ねるべきなのだと、イノセントはふさぎ込む。
アルバは、物事を考えるにあたって決断力も行動力もイノセントよりずっとある。
神器が紛失したと発覚した時も、いち早く冷静になり、皆に指示を与えていた。
彼は、自分は婿養子だから団長なんておこがましいと言っていたが、だからこそ、彼は団長になるべきだったのだ。
全てに縛られていない、彼だからこそ。

「イノセントさーん。何弱気になってるんすか?」

呆けた声が聞こえ、イノセントは顔をあげる。
藍色の髪に水色の瞳をした青年が、ゆらりゆらりと歩きながらこちらへと近寄って来て、親しげにイノセントの肩を抱いた。

「少し、気張り過ぎじゃないすか?何事も適度に力抜くべきっすよ、適度に。」
「…ミスト…」

ミスト=アディンセルは、陽気な笑みを浮かべながら、ぽんぽんと何度かイノセントの肩を叩いた。
本来であればこんな深刻な事態になっていて、力を抜くなんて無理な話だし、そもそも団長に対して気軽に肩を抱いたりぽんぽんと肩を叩いたり、彼が気を抜き過ぎなのだ。
しかし、そんな彼を眺めていると、不思議と安心感が湧いて来る。

「ちょっと馴れ馴れしいところは癪に障りますけど、ミストの言う通りですよ、イノセントさん。」
「ノア…」
「それに、イノセントさんにはイノセントさんのいいところがあると思いますですよ。アルバさんと比べる必要ねぇですって。」

ノアの言葉に、思わずイノセントは目を見開く。
どうやら、ノアにはイノセントの考えが筒抜けだったらしい。
言葉には出さずにいたのに、彼には、イノセントが言葉にしなかった己とアルバとの比較を見抜いていたのだろう。
それは、どうやらミストも同じらしい。

「盗られたなら、その分まとめて回収しましょーや、イノセントさん。俺等みぃんな、その為にいるんだし?」
「あーあー、二人ともずるいなぁ、おれら奥まで行って見に行ってたのになぁにイノセントさんと楽しくしてるんさぁ」

ズルいなぁ、と言いながらアレスはフリルのスカートを翻して現れる。
頬を膨らませて拗ねているその姿はまさしく少女のようだ。しかし残念ながら、彼は紛れもなく少年である。
アレスの姿を見て、ノアはあからさまに表情を青くした。

「アレス…まぁた女みたいな恰好をしてるですか?!もう少し男らしい恰好をしやがれです!」
「えー、いいじゃないか、可愛いでしょ?おれ。ノアも着なよ、似合うから。」
「似合わねぇですよ!ハマル!てめぇも何か言ったらどうですか?!」
「…アレスは可愛い。」
「そうじゃねぇです!ほんっとバカですねおめぇってやつは!」

ぷんすかと怒っているノアと、それをあしらうアレスの姿はどちらも少女のじゃれあいのように見えてしまい、思わず微笑ましさを感じてしまう。
二人は本来成人している男性なのだから、余計その違和感でおかしく感じてしまうのだろう。
くすくすと、イノセントは口元に笑みを浮かべる。
不思議と、暗い気持ちは何処かへと吹き飛んでいた。

「ありがとう。さて、一通り神器のリストをまとめなおしたら、お茶にしようか。適度な休養があってこそ、効率も上がるしな。」
「それに賛成です!」
「茶菓子とかあったら尚いいんだけどなぁ」
「それならおれが作るよぉ、アルバさん程じゃないけど、おれだって上手なんだから。あ、ハマルの分はなしでいい?」
「何で?!僕も欲しいよ?!」
「はいはい。じゃあみんな、一度上に戻って、フェレトと合流してお茶にしようか。」

そうして五人は、一度地下にある協会を後にしたのだった。

 


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