Pray-祈り-


本編



「まさか神器が万年筆なんて、予想外な…」
「いや、でもアリステアの指輪もそうだし、ベイジルのフォークの件だってあるし…万年筆は、まだマシな部類じゃ…」

確かに、万年筆はまだ、マシとも言える方だろう。
こうして考えると本当に神器は様々な形をしていると、改めて感心する。
だが万年筆ともなれば、かなり多くのものが世に出回っているのでこれまた所有者の特定が難しい。
手掛かりは、やはりないに等しい。

「しかし、此処の資料が持ち出されているということは…なぁ、ユーリ、流石に資料として記録出来ているのは、回収済みの神器だけだろう?」
「そうなるな。」
「じゃあ、協会にある神器が…持ち出されている可能性があるということか…?!」
「すぐに、イノセントたちに報告しよう!」

エイブラムたちは、ユーリにありがとうと礼を言うと、急いで部屋を飛び出していく。
どたばたと騒がしさが響いた後、ユーリと使い魔たちだけが残された部屋にはシンとした沈黙が流れた。
くすくす、と使い魔の小さな笑い声が聞こえる。

「元気な坊やたちだね、ユーリ。」
「活発な子たちじゃないか。彼等の行動力があれば、神器が全て揃うのも夢じゃないね。」
「…そうだな。」

ユーリはそう呟くと、パラ、と何枚か資料を捲る。
先程の万年筆の他にも、いくつか、意図的に破かれ、取り除かれているページが存在した。

「…これは、わざとなのかねぇ。」

くすくすと、小さく笑いながらユーリは資料をぱたりと閉じた。


第11器 消えた神器


ばたばたと急いで教会へと行くと、突然の来訪にイノセントは驚いたような顔をした。
教会には珍しく人がいて、もしかすると神父としての仕事中だったのかもしれない。

「ふふ、君たちも神父さまの説法を聞きに来たのですか?」

そう言って優しく微笑んだのは、金色の髪に桃色の瞳をした朗らかな青年だった。
瞳と同じ桃色のエプロンをしていて、中性的な顔でもあるので、まるで女性のように見えなくもない。

「では、神父さま。いつも有難いお話、ありがとうございます。これ、うちで育てた花です。よろしければ。」
「クレメンス、いつも買いに行くと言っているのに。」
「ふふ、だからこそ、ですよ。いつもお花を買ってくれて、しかも、有難いお話も聞かせてくれるんですから、たまにはサービスさせてください。」

クレメンスと呼ばれた青年は、にこにこと微笑みながらイノセントへ小さなブーケを差し出す。
そのブーケを受け取ったイノセントは、少し困惑しつつも、何処か嬉しそうだった。

「君たちも、神父さまのお話、是非聞いてくださいね。とても素晴らしいお話を聞けますよ。では、僕は店もあるので、この辺りで。」

そう言ってエイブラムたちにもにこにこと優しい笑みを浮かべながら、クレメンスは去っていく。
クレメンスの後ろ姿を見送った後、イノセントはあからさまに大きな溜息を吐いていた。
どうやら、自分達は非常に邪魔なことをしてしまったらしい。

「お前らなぁ、来るなら事前に連絡をしろよ。クレメンスはどちらかといえば身内だから良いが、普通の人が来ていたらびっくりするだろう。」
「すまないすまない。…しかし、どちらかといえば身内、というと?」
「嗚呼、クレメンスは元共鳴者だ。今は協会に神器を手渡し、ただの花屋の店主になっている。元はアリステアと同じ、暴走をして人を傷つけたことがある人間だ。時々罪悪感に襲われるのか、こうして話を聞きにくるんだ。」
「同じ…」

クレメンスが立ち去った、協会の出口を見ながら、アリステアはぽつりと呟く。
このメンバーの中で、唯一、神器を暴走させて人々に迷惑をかけてしまったアリステアにとって、今は共鳴者ではないとはいえ、似た過去を持つというクレメンスに少し興味を持ったのだろう。
それを察したイノセントが、小さく笑う。

「今度、彼の花屋に行く時に、お前も一緒に来たらどうだ。きっとクレメンスも喜ぶぞ。」

そう言って、少し嬉しそうに笑うイノセントの姿を見ると、きっと、クレメンスに対して強い思い入れがあるのだろうと感じられた。
ところで、とイノセントは話題を変える。
本命の話題は、こちらであったとエイブラムたちも思い出した。

「そうだ、ユーリに先程会った。」
「そうか、会えたのか。で、何かわかった…という顔だな。」
「ユーリに連れられ、資料室に行ったが…一部の資料が、破られていた。」
「…何?」

その言葉に、イノセントはピクリと眉を動かす。
どうやらこの出来事はイノセントも、知らなかったらしい。

「まさかと思って、確認したかったんだ。…地下に保管されている神器、アレは…全て、揃っているのか…?」
「…!」

まさか、とイノセントは小さく言葉を漏らす。
地下の協会へと五人で降り、神器の保管されている場所へと急ぐ。そもそも、この神器が保管されている場所も、今考えれば広過ぎるのだ。
あまりにも広いこの部屋で、イノセントやアルバだけで神器を管理し切れる訳がない。
数が増えれば増える程、確実に、漏れが生じて来る。
本来であれば、管理を怠ってしまう方がおかしいのだが、イノセントが保管している神器たちも、ユーリが保管している資料も、それを確認する術を持つのは協会の人間と保管している当事者たちのみ。
云わば、自分たちの身内なのだ。
身内相手には、誰でも警戒の色は薄くなる。己に従い、共通の目標を持って戦う仲間たちを、疑う者は普通、いないだろう。
だからこそ、この出来事が起きたと言っても、過言ではないのだが。

「ない…!」

イノセントの小さな叫び声に、皆は振り向く。
彼が覗き込んでいるガラスケースの中には、何かが置いてあった形跡のあるクッションだけがあり、肝心の、保管されていたであろう本体が存在しない。
クッションに残る僅かな窪みは細い棒状のもので、この正体が何なのかは、自ずと想像が出来た。

「万年筆の形状をした神器があったはずだが…此処に、ない…」
「じゃあ、犯人はそれを使ったということなのか…?!」
「十中八九、そうだろう。けど、協会の内部に内通者が?否、でも協会の人間でそんな奴等は…まさか、まさか…」
「クロス家とカートライト家のどちらか、という可能性もあるぞ。」

取り乱すイノセントの声に、割って入るように登場したのは、アルバだった。

「ったく。こっちの任務が終わって帰って来たら騒がしいと思ったら…これか。」

イノセントが呆然と覗き込んでいるガラスケースに、アルバも顔を覗かせる。
神器が消えたケースの中をじっと見つめながらも、アルバは妙に冷静だった。
まるで、こうなってしまう事態を、心の何処かで想定していたかのように。
そして、彼が疑うのは、カートライト家、もしくはクロス家の人間だというのだ。その言葉に、当然、イノセントは困惑の色を浮かべる。

「私とイノセントで協会を管理しているとはいえ、カートライト家とクロス家も、普段は直接介入して来なくとも、協会の人間の一部であることは変わりない。誰かが、盗んだのかもしれないな。」
「けど!カートライト家やクロス家の者が、神器を奪うなんて…!」
「有り得るだろう?カートライト家とクロス家は、代々呪いを受けている家系だ。その呪いが、今の代になって、強い効果を表してもおかしくはない。」

アルバの厳しい声色に、イノセントは青い顔をしながら俯く。
呪い。
それは恐らく、魔女にかけられてしまったという呪いのことなのだろう。

「そういえば、ユーリ=フェイトは不老不死の呪いをかけられたんだろう?クロス=カートライトがかけられた呪いって…?」

おずおずと、エイブラムはアルバとイノセントに問う。
ずっと、疑問に思っていたことだ。
戦乙女を倒した、ユーリ=フェイトとクロス=カートライト。二人は戦乙女を葬った時、それぞれに呪いを受けたという。
ユーリは不老不死の呪いをかけられ、今も生き続けている。
では、クロスは?
クロスは、一体どんな呪いをかけられたというのだろうか。
少なくとも、アルバの話しぶりからして、代々続いているものであるということは、想像出来る。

「正確には、クロスの場合はカートライト家そのものにかけられた呪いだ。身内同士で凄惨な争いを起こす、それがカートライト家に与えられた呪い。そして、同じ血を引くクロス家もまた、同様の呪いを受けている。だから、カートライト家同士、クロス家同士、もしくは、カートライト家とクロス家が争うという事態が起きても、不思議ではない。」
「じゃあ、その、アルバ…さん、は…?」

心配そうに質問を投げかけるアリステアに、アルバは困ったように笑う。
そして、心配するな、と答えた。

「私は婿養子だ。そもそも血縁がないのだから、呪いの対象外だ。けれど、カートライト家の直系であるイノセントは、どうかな。」
「お、おい、まさかアルバ、私を疑って…?!」
「いるわけがないだろうバカが。協会の人間が犯人である可能性が薄いというのならクロス家やカートライト家みたいに、此処に入ることが不可能ではない人間もいるということだ。先代であれば、協会や資料室の入り方も熟知している。いくらユーリとカートライト家で資料と本体の保管を分けているといっても、先代相手ならユーリも資料室への入室は拒めないだろう。そこから情報が漏れても、おかしくはない。」
「しかし…」
「とにかくだ。」

ばっさりとアルバに切り捨てられ、少ししょんぼりとした顔をするイノセントを無視し、おそのままアルバは話を進める。

「協会の神器が再び世に出て、悪用されている可能性がある。私とイノセントと…他の協会の者を呼んで、神器の状況やユーリの書庫の状況を確認する。エイブラムたちは引き続き、万年筆の共鳴者を探す任務を任せたいが…他に、行ってほしい場所がある。頼まれてくれるな?」

最初は、一人の暴走した共鳴者が起こした事件だと思った。
しかし、エイブラムたちが想像しているよりもずっと、この事件の裏には、大きくて、禍々しくて、そして、深い何かが、あるのかもしれない。
そう思えて、仕方なかった。

 


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