Pray-祈り-


本編



「わ、なな、なにこれ?」

光り輝くベイジルの胸ポケットから取り出されたのは、一本のフォーク。
緑色の光の正体は、間違いなく、そのフォークだった。

「まさか、それ…」
「神器…なのか…?」

先程彼がこっそり食べ物を食べている時に使用していたものに間違いはないだろう。
年期の入ったものであったし、最近渡されたというよりは、昔から使っているものだ。
神器は、何年も前に世界中に散らばっていった存在。
アリステアのように最近手渡され力を発揮したものもあれば、ベイジルが手にしているフォークのように、何年も共鳴者と巡り合えずただの食器として使われ続けたものがあっても、おかしくはない。

「…ベイジル、それの使い方…」
「うん、大丈夫、不思議…だけど、わかるよ。」

こちらを見たベイジルの表情は、戸惑っているような、驚いているような、そんな色を帯びていたが、不思議と、穏やかだった。

「…解放。」

小さく、彼は、そう呟いた。


第8器 異世界からの脱出


緑の光が瞬くと、フォークは片手で持てる小さなサイズだったものが、ベイジルと同じ身長くらいの、まるで槍のような大きさに変わっていた。
不思議と、重さは全く感じられず、小さい時のそれと変わらない。
コンコン、と床を何度か突いてみると、それが幻影ではなく、実体として形を変えているのだということがわかった。

「これは…神器の中には形を変えるものもあるのか…?!」
「オレも、初めて見たけど…中にはそういうのもある、ってことだろ、現時点で、それが起きているんだし…」

エイブラムとアベルはともに驚きを見せている。
神器には多種多様な力が備わっているというのは理解しているし、形が変わるものがあってもおかしくはない。
しかしまさか、ただのフォークが、武器のようになるとは予想がつかなかったのだろう。
槍のように巨大化したフォークを、ベイジルはぎゅっと握りしめる。
これが、一体何なのか。
何のために使われるものなのか。
自分がこれから、何をすればいいのか。
特に声が聞こえて来るという訳でもない、事前に知っていたという訳でも当然ない。けれど、それら全てを、ベイジルは自然と理解出来た。
それこそが、『共鳴者』であるということであり、神器と『共鳴』しているということなのだが、今のベイジルは、まだ、それを知らない。

「二人とも、あまり、見ても驚かないでね?」

ベイジルはそう二人に告げ、鏡の壁へと向かって駆ける。
フォークを壁に向かって突き立てる。
先程ベイジルが壁にぶつかった時は、とても硬いガラスにぶつかったような心地だったのに、今突き立てた感触は、まるでケーキを切る時のような、そんな、柔らかさを感じた。
深く壁にフォークが突き刺さり、壁はパキパキと音を立てながらひび割れて、いとも簡単に砕けていく。
砕けた壁は、破片の一つ一つが輝きながら降り注ぎ、中に閉じこもっていたアリステアが姿を現す。
瞳に涙を溜めて、震えているその姿は、本当に、少女そのものだった。

「来ないで!来ないでっ、来ないでよっ…!」
「ごめんね、ユーイング。ちょっと、我慢して?」

彼はフォークをアリステアに向けたかと思うと、その刃を、ユーイングへと突き刺した。
その光景に、アリステアも、エイブラムも、アベルも皆、驚きの表情を浮かべている。
フォークは、アリステアの腹部を、完全に貫いていた。

「ベイジル?!お前何やって…」
「……いた、くない…」

抗議の声をあげようとするエイブラムとは対照的に、アリステアは、小さく呟いた。
不思議なことに、腹部に痛みは全く感じられないのだ。
その腹部に突き刺さっている神器は、身体ではなく、全く別の何かを貫いているような、そんな、感覚。

「ねぇ、聞いて、ユーイング。…否、アリステア。」

ベイジルは、優しく彼に語り掛ける。
今まで拒絶の姿勢のみを見せていたアリステアも、驚くほど、大人しく彼の言葉に耳を傾けていた。

「男だろうと、女だろうと、君は君だ。無理して、偽る必要はないんだよ。ぼくは、アリステアのこと大事な友達だと思ってるし、大好きだ。だから、もう、こんなことやめよう?本当は…アリステアだって、厭なはずだよ?」

ね?と、優しく、宥めるように、彼は笑顔を見せて、アリステアの頭を優しく撫でる。
アリステアの瞳からは、ぽろぽろと、大粒の涙が静かに流れていた。
パキン、パキンという何かが崩れる音と共に、彼女…否、彼の涙がこぼれる度に、この空間が、崩れ始める。
ベイジルが、彼の身体から神器を引き抜くと、黒い光のようなものがアリステアの身体から放出され、そして、消えていった。

「帰ろう、アリステア。一緒に。」
「……ああ、帰るよ。ベイジル。」

ベイジルの差し出した手を、アリステアは、優しく握る。
その手を握ったアリステアの姿は、いつもと同じ、白いシャツに茶色のズボンの、男の姿の彼であった。
気付けば場所は旧校舎。
空間も掻き消え、元の場所に、戻ってきていたのだ。

「…大丈夫か、ユーイング。」
「アリステアでいいよ。いっそ、アリスでも構わないさ。」

エイブラムの問いかけに冗談を交えて答える彼の表情は晴れやかで、今まで胸の中に抱えていた悪いものを、全て放出し切ってしまったようにも見える。
これは、ベイジルが用いた神器と、彼の身体から出て行った、黒い光が影響しているのだろう。

「…ぼくの神器は、魂を浄化する力を持つ神器みたいだねぇ。とっても不思議だけど、でも、自然と使い方が、わかったというか。でも、驚かせちゃった、かな?」
「突然フォークを身体に刺すんだ。驚くなという方が無理だろう。」

首を傾げて問いかけるベイジルに、呆れるようにアベルは溜息を漏らす。
窓の外を見ると、気付けば外は真っ暗になっていて、もう夜になっているのだということがわかった。
そうだ、とアベルは言葉を発する。

「念の為、アリステアとベイジルの神器は、一度こちらで回収させてもらってもいいか?否、もう疑っているという訳でもないけど、その、念の為、な?」
「わかっていると、アベル。疑われても仕方ないことをしてしまったしな。…ベイジルも、いいか?すまない、俺のせいで。」
「んーん、ぼくはいいよぉ。」

アリステアとベイジルは、各々の指輪とフォークをアベルへ手渡す。

「すまないな。きちんと説明もしたいし、お前達にはどちらにしても来てもらいたい場所があるんだが…全ては明日にしよう。」
「そうだな。ひとまず、今日はもう帰ろう。もう夜だ。」
「だねぇ。ぼく、お腹ぺこぺこだよぉ。」
「…お前は、さっき食べてただろ。」

一同は、旧校舎から外へと出た。
空のてっぺんには月が昇っていて、鳥の鳴き声と、木々の音がざわざわと聞こえて来る。
あの空間内での出来事は、僅か数時間程度の出来事だったのかもしれないけれど、とても長い時間だったように、エイブラムには感じられたのだった。

 


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