Pray-祈り-


本編



彼は、いつも隠れていた。
いつもいつも自分を引っ張ってくれる彼は、強いように見えて、本当はとても弱く脆い。
けれど、そんなところを見せたくなくて、いつも何処かに隠れてしまう。
彼は、隠れんぼがとても上手で、本気で隠れた彼を、実の両親ですら見つけられない。
それでも。

「見つけたよ。」

いつもいつも、彼を最初に見つけられるのは自分で。
それは小さい頃からずっと変わらなくて、彼を見つけられないことはなくて。
それが、いつもは鈍くて緩い、どうしようもない自分の、唯一のちょっとした自慢だった。


第6器 異空間隠れんぼ


青い光に包まれ、ゆっくりと瞳をあけると、そこは異世界だった。
足元は薄紫色の砂がさらさらと足に纏わりつき、うまく歩くことが出来ない。
青白い空からは透き通った水が延々と流れ続けているが、不思議なことに、その水は砂の中へと吸い込まれて消えていく。
いくつもの鏡が宙に浮き、エイブラムの姿を様々な角度から映している。

「此処は…」

神秘的と言えばいいのか、不気味と言えばいいのかわからない光景を、ただただ見つめる。
先程まで、かび臭い古ぼけた旧校舎にいたはずなのに。
此処は一体何処なのだろうか。

「ユーイングの幻影世界に引き込まれたな。」
「成程、だからこんな非現実的な…って、ん?」

聞き覚えのある声がして振り向くと、其処には見慣れた男の姿があった。
深い青色の髪にピンク色の瞳。その姿の主は、言わずもがな、アベルだった。

「アベル?!お前何時の間に…?!」
「お前がユーイングと直接交渉をするって言うから、心配で来てみたんだよ。案の定引き込まれやがって、間抜けな奴め。」
「ぐぬ…お前だって引き込まれているじゃないか!」
「仕方ないだろ!アイツの神器の有効範囲が思いのほか広かったんだ!」

二人の叫び声は、広大な空間に虚しく響き渡っていく。
ぜぇはぁと互いに息を切らし、深く溜息を漏らした。此処でいくら言い合いをしても、状況は好転する訳ではない。
寧ろ、砂に体力を奪われるため、悪化していく一方だ。

「確かにこの空間に巻き込まれたのはオレも不可抗力だが…どちらにしても、ユーイングもこの空間の中だろう。どちらにしても、此処からじゃなきゃ、解決できない。」
「だな。」
「そうなんだぁ。」

そうなんだよ、そうエイブラムが頷いた時、そこで一つの疑問が浮かんだ。
アベルの発言に、エイブラムがまず相槌を打った。
此処には、自分と、アベルと、そして、何処かにいるはずのアリステアの三人だけのはずだ。
もう一人、相槌を打つ存在がいるなんて、在り得るはずがない。

「?!」

咄嗟に振り向く。
すると、そこには一人の少年がいた。
たれ目がちな透き通った青色の瞳に、深緑色の短い髪をした少年。
エイブラムとアベルの同級生であり、そして、アリステアの友人である、ベイジル=イーデンだった。
何故此処にベイジルがいるのだろうかと、エイブラムが目を丸めていると、ベイジル自ら経緯を説明してくれた。

「いやねぇ、エイブラムがユーイングを旧校舎に呼ぶのが見えたんだよぉ。珍しい組み合わせだなぁと思ってねぇ、気になってついて来ちゃったんだぁ。…ごめんねぇ?」

のんびりとした口調で話す彼のペース巻き込まれ、何処か調子が狂いそうになってしまう。
緊張感を持たなければいけない場面のはずなのに、少し、それが緩んでいた。

「ねぇ、エイブラム。ユーイングは、どうなったの?」
「そ、れは…」
「今までの事件と、ユーイングが、関係してるんだよねぇ?」

どきり、と心臓が跳ね上がる。
のんびりした口調と、のんびりとした緩い雰囲気があるから、彼自身も緩い存在なのかと思っていたが、どうやらそれは違うらしい。
のんびりしているのは事実だが、彼は、鋭い。
きっと、初めから彼は気付いていたのだろう。

「エイブラムはこの前、はぐらかしたけど、指輪と、ユーイングの体調不良と、今回の事件と、きっと、全部繋がってるんだよねぇ?きっと理由があって、エイブラムは、調べてるんでしょぉ?」

鋭い。
ベイジルが鋭いのか、それとも、エイブラムがあまりにも誤魔化すのが下手であったのか、もしかしたらただ単純に後者なだけなのかもしれないが、それでも、エイブラムが嘘をついたり誤魔化すのが下手であるということを抜きにしてもベイジルはとても勘の鋭い少年なのであろう。
沈黙を肯定であると悟ったベイジルは、悲しそうに、目を伏せる。

「そっかぁ。そうなんだねぇ。薄々、そんな気がしていたけどぉ…」
「指輪と体調不良の原因は、きっと指輪に生気を奪われて体力を消耗しているせいだろう。上手く力を使いこなせていない場合、力を使う所か、力を全て、奪われるからな。」
「…力?」

アベルの言葉にベイジルは首を傾げる。
いくら彼の勘が鋭いとはいっても、神器の存在についてはよく認識していないため、よくわからないらしい。

「よくわからない、けど、その指輪のせい、なんだよね?」

恐らく彼にとって、アリステアのつけている指輪は呪いの類のもの程度の認識なのだろう。
実際間違ってはいないし、何も知らない人にとってはそういう認識でも仕方ない。
とにかく、アリステアから早く指輪を取り上げるか、神器の暴走を真正面から止めるかをしなければ、この空間からも出られないし、アリステアも神器の暴走に巻き込まれ、下手をすれば命を落としてしまうかもしれないだろう。

「とにかく、ユーイングを探さないとどうしようもないな。」
「けど、こんななにもない一面変な色の砂まみれな空間で、どうやって見つけろっていうんだ。ユーイングらしい人影は全く見つけられないぞ。」
「…わかるかも。」

ぽつりと言葉を漏らしたのは、ベイジルだ。
ベイジルはあたりをきょろきょろと見回すと、砂をかき分けながら、ゆっくりと足を進める。
ざく、ざくと砂を踏みしめ進みながら、それでも、進めている足に迷いはない。

「こっちだよ、二人とも。」
「…え?」
「こっちに、ユーイングが、いるよ?」

ベイジルの進む先も同じく空間が広がっているだけで、アリステアの人影らしきものは見当たらない。
それでも、彼には何かが伝わっているのだろう。

「どうして、わかるんだ?」

だが、わからない。
何故ベイジルにはそれがわかるのか。いくら親しいとはいっても、彼にテレパシー能力があるという訳でもないだろうに。
しかし、ベイジルは朗らかに、優しく、自信たっぷりに微笑んだ。

「わかるよぉ。だって、ぼくにとってユーイングは、大事な大事な友達だもん。」

こっちだよ、そう言ってベイジルは更に足を進める。
本当にこの先にアリステアがいるのか不安ではあったものの、今の頼りはベイジルしかない。
無作為に歩くよりは、鋭い彼の勘と、友人を思う強い意思を信じようと、エイブラムとアベルは顔を合わせて頷き合い、ベイジルの後へと続く。
薄紫色の砂の中を歩いていると、徐々に体力が奪われていく。
透き通った流れる水は、まるで涙のようだとエイブラムは空を見上げながら、一人、思う。
指輪を手にした時、彼は何を思っただろう。
神器と共鳴した時、彼は何を感じただろう。
事件が起きてしまった時、彼の心は、どう響いたのだろう。
そんな、くだらないことをつい、考えてしまう。
考えても仕方ないことではあるとわかっていながら、ぐるぐると巡る思考はなかなか止まってはくれない。
しかし、思考は止まらなくても、ベイジルの足は止まった。

「此処だよ。」
「…は?」
「此処に、ユーイングがいる。」

此処といってベイジルが指差した先は、砂時計が地面に落ちていくかのように、砂が地面に吸い込まれている、そんな空間だった。
それは砂時計のようにも見えるし、蟻地獄のようにも見える。
少なくとも、ベイジルなしでこの空間を探索してコレを見つけていたのであれば、まず危険なものとみなして此処にアリステアがいる可能性はすぐに切り捨てただろう。
吸い込まれて落ちた先が隠し部屋というのはゲームの定番だが、しかし、大半のゲームでは吸い込まれたらゲームオーバーだ。
今回だって、ゲームオーバーじゃないとは限らない。

「此処にユーイングがいる。この下に。この中に。」

間違いないよ、と彼は笑う。
どうして彼はそんな自信たっぷりに笑うことが出来るのだろうかと不思議に思ってしまうが、彼はずんずんと先に進んで、砂の渦の中に飲み込まれていく。

「ちょ、待てよベイジル!」
「あ、エイブラム!お前も行くのかよ!」

エイブラムはベイジルの後に続き、躊躇いがちだったアベルも後に続く。
砂に吸い込まれていくことによる息苦しさは、不思議と感じられない。
奥へ奥へと進むと視界が今度は真っ暗になり、まるで、穴の中に落ちたかのようだった。
真っ暗な空間に、三人は放り出される。

「…また、場所が変わったな。」
「此処、ゴールがあるのかよ…」

エイブラムたちは互いの顔こそ認識出来るが、それ以外は一面黒で塗り潰された、そんな世界だ。
再び歩いてみるが、コツコツという靴を鳴らす無機質な音以外、何も聞こえない。
コツコツ。
コツコツ。
コツコツ。
むしゃむしゃ。

「…むしゃむしゃ?」

咀嚼音が聞こえて視線を巡らせると、いつの間にかベイジルは、フォークを使って何か食べ物を食べている。
少なくとも、今、食事をしている場合ではない。

「何を食べているんだお前は?!」
「んー、お腹空いちゃって、つい。いつも食べ物とフォークは欠かさず持ち歩いているよぉ?」
「用意周到だな?!というか食うなよ?!」

ごめんごめん、とベイジルはのんびり謝りながらももしゃもしゃと口を動かしている。
そういえば彼は授業中にも堂々と食事をするようなタイプの人間だったな、と、過去の授業風景を想い返す。

「ごめんってばぁ。…さて、と。」

今度こそ、ベイジルは足を止める。
目の前は相変わらず黒い空間。何もないところに、ベイジルは手を伸ばすと、すっと優しく空間に触れる。
まるで何かを探るように、撫でるように、手を動かし、そしてベイジルは、空間をぎゅっと握りしめた。

「みつけた。」

たった一言だけ言うと、ベイジルは、握り締めた空間を、手首ごと軽く捻った。
ガチャリという音が鳴ると、今度は空間を引っ張る。
ギィ、と音が鳴ったと同時に、目の前に、小さな扉が姿を現した。

 


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