Pray-祈り-


本編



「おはよう、エイブラム。」

翌朝、あんなにも非現実的なことが起きたというのに、世界は何も変わらなかった。
あの強盗事件は、ごく普通の強盗事件のようにニュースで取り上げられていて、幸い、自分の名が乗ることがなかったので、エイブラムはひとまずほっと胸をなでおろした。
このことは、親には言っていない。
親に言って、心配をかけるのは気が引けたからだ。
そして、ネックレスの件だが、ネックレスは協会が宝石店に融通を聞かせて、無償でエイブラムの手に渡った。
今では、エイブラムの首にかけられている。
母へのプレゼントは、その後返されたお金でなんとか別のものを、別の店で買い換えることも出来た。
少しケチがついてしまったような気もするが、仕方ないと思っておくことにする。

「おはよう、アベル。」
「今日の授業もだりぃな。サボろうかな。」
「サボるな、バカ。」

何も変わらない。
アベルとの何気ない会話も、昨日と同じ、いつも通りの日常のようで、昨日のことが、夢だったのではないかと、そう思ってしまうくらいだ。

「エイブラム、今日、放課後時間あるよな?」
「?ああ、あるぞ。」
「じゃあ、今日は教会に。」
「…、わかった。」

けれど、日常は、確実に終わりを告げていて、もう戻ることが出来ないのだということを、ひしひしと感じてしまうのだった。


第4器 神器の回収


「悪いな、学校帰りに来てもらって。」

教会へと訪れると、そこにはイノセントの姿があった。
協会に加入した後も、学校生活については保障されていた。神器回収の任務は協力してもらうが、協会の人間である前にまず学生だから、と。
よくよく考えれば、確かにアベルも学校には常に顔を出していたな、と今更ながら思う。

「今日はアルバの姿はないんだな。」

エイブラムが問いかけると、そうなんだよ、とイノセントは笑う。

「彼には今、他の任務に行ってもらっているよ。…さて、続きは地下で話そうか。フェレト、教会の留守をお願いするよ。」
「了解だよ、イノセント様。任せておいて。」

教会内の椅子や祭壇を丁寧に磨いていた紫色の髪をした人物、フェレトの名を呼ぶと、フェレトは胸を張って笑って見せた。
白いローブに白い帽子をかぶっているフェレトは、一見少年のようにも見えるが、実は女性なのだと言う。
しかし、立ち振る舞いといい、男性一人で持つのも大変な椅子を軽々と片手で持って教会の掃除をしてしまうのだから、男性よりも男性らしいのではないか、と見ていて思ってしまう。

「何だい、エイブラム。じろじろ見て、さては僕のわがままボディに酔いしれたかい?」
「身体のラインもよくわからない中性的な服を着ておいてボディも何もないだろう。人をからかうな。」
「はいはい、悪かったよ、もう、エイブラムは固いなぁ。アベルはもっとノリが良かったぞー」
「アベルと一緒にするな、俺は奴みたいに軟派じゃない。」
「あはは、硬そうだもんねー。ほらほら、イノセント様と話があるんだろう?此処の留守は任せて、地下に行くといいよ。」

無邪気に微笑むフェレトに軽く手を振りながら、地下へ行く準備をしていたイノセントに次いで、祭壇の裏から地下へと入る。
その後ろで不満げな顔をしていたのは、アベルだ。

「ちょっとエイブラム、俺が軟派ってどういうことだよ。」
「軟派だろう。この前も女子に囲まれてきゃーきゃー言われていたじゃないか、知っているぞ。」
「あ、あれは不可効力というかなんというか…!」
「こらこら二人とも、そろそろつくぞ。」

イノセントにやんわりとやりとりの中断を言い渡され、大人しく地下へと降りていく。
神器は、世間にはあまりその存在を信じられてはいない。
歴史の内容はあくまで神話のような扱いであり、それが実在するのかといえば、疑わしい、そんな存在なのだ。
現にエイブラムも、神器の話は御伽噺の一部のように聞いていたし、魔女は実在せず、男二人が戦争を企てた女一人を殺しただけのストーリーだと思っていた。
しかし、女は実際に魔女で、しかも神器の元凶である神の心臓をばら撒き、世界を未だ、混乱に貶めているというのだから、性質が悪いにもほどがある。

「そもそも神の心臓…神器の大元になっている存在は、もっと歴史を遡る必要があるんだ。神が世界を統べていた時代…神歴時代を、知っているかな?」
「…前期に歴史の授業で習ったな。世界を創り出した神々がいて、神々は、自分達に代わり世界を監視する役割をもつ分身を産み出していた、そして、世界に失望して、世界を壊そうとした神は…他でもない、その分身に葬られ、同時に世界も滅んでしまった、と。」
「へぇ、エイブラムは博識だね。アベルとは大違いだ。」
「い、イノセントさん、そこまで言うことないでしょう…?!」

くすくすと小さく笑いながら、イノセントは済まない、と小さくアベルに謝る。

「その話も、一体何処までが神話で、何処までが真実なのかはわからないがね、しかし、先祖が戦乙女と対峙した事実がある反面、意外と全て、真実かもしれないよ。」
「…で、イノセント、要件は?」
「はいはい、せっかちだね、エイブラムは。…これだよ。」

イノセントは苦笑すると、一枚の紙をアベルとエイブラムに差し出した。
それは、いくつかの新聞記事を一枚の紙に貼りつけてまとめられたものだ。一週間前のものや五日前のもの、三日前のものとバラつきはあるが、どれもつい最近のものであるということが読み取れる。
その記事は、何人もの少年少女が目に違和感を抱き、幻覚を視て錯乱をした末に入院してしまったという記事だった。
一見すると奇病が流行っているだけ、というようにも見えるが、少年と少女だけがかかる奇病というのも、また、妙だ。

「これに、神器が絡んでいると?しかし若年層だけが奇病にかかっているだけで神器と結びつけるのもおかしくは…」
「おいおいエイブラム、お前の目は節穴か?被害者の名前みて、何も気付かないのかよ?というか、普通気付けよ。」
「何の話だ?」

エイブラムが首を傾げて問いかけると、アベルはあからさまに呆れたような溜息を吐く。
しかしアベルが何故そこまで呆れているのか、エイブラムには全く心当たりがない。

「被害者は全員、オレたちの学校に通ってる生徒だぞ。しかも、みんな十七歳…オレたちと同じ学年だ。」
「…あ」
「しかも同じクラスの奴の名前もあるだろう。というか、オレたちと同じクラスの生徒の名前が、割と目立つが?まさかお前、自分のクラスの人間の名前がわからないとか言わないよな?」

追い打ちをかけるようなアベルの質問攻めに、エイブラムは黙秘権を行使する。
人付き合いが得意ではないエイブラムは、特定の人間以外のことは認識をしていない。
親しい人以外は名前も顔も一致しないし、出席状況についても気にかけていないので、言われてようやく、そういえば最近見かけない生徒がいるな、と思えるレベルだ。
アベルはこんな質問をしつつも、幼馴染なだけありエイブラムの性格は理解している。
被害者の共通点に気付かないのは、想定の範囲内なのだろう。

「お前たちに頼むのは、被害者が皆お前たちと同じ学校でしかも同じ学年…つまり、神器の共鳴者はお前たちの同級生である可能性がある。」
「しかも、オレたちと同じクラスのやつの可能性が高い、な。」
「同級生を疑えというのか。」
「気が引けるか?エイブラム。」
「いや。」

イノセントの問いかけに、エイブラムは首を横に振る。
例え神器の共鳴者が、エイブラムの数少ない友人の一人であったとしても、止めなければいけないという点では変わりない。
それに。

「この所有者、神器の使い方を理解していない…というか、神器が所有者の気持ちに一方的に反応して、誤って解放されているだけにも見える。」
「気付いたか、アベル。」

アベルが考え込んで言うその様子に、イノセントは頷く。

「神器は所有者の心と共鳴して、解放されることが多い。神器の大元となっているのは神の心臓だからね、元は心ある存在。人間の心に、大きく反応するんだろうな。だからこそ、所有者の心に反応し過ぎて、所有者の意思とは関係なく誤解放されることが多い。」

だからこそ、とイノセントは言葉をさらに続ける。

「この神器の共鳴者は、意図的にこんなことをしているとは思えない。…だからこそ、共鳴者を見つけて、暴走を止めて欲しい。極力、戦闘を避けることが出来ればいいのだが。」
「それは、相手の出方次第、かな。」
「……しかし。」

目に違和感。幻覚のようなもの。記事をよく読めば、小さなものが大きく、大きなものが小さく見えるという、被害者の証言。
犯人については、気付いたらこうなっていたので、わからないと話す。
記憶障害なのか、偶然そうなったのか。
しかし、皆共通しているのは、鏡や水面で己の顔を見てから、違和感を発するようになったと話している。

「小さなものが大きく、大きなものが、小さく。」

まるで御伽噺に出て来る主人公の名前を元にしたある病気のようだ。

「…心当たりが、あるかもしれない。」

心当たり処ではない。
寧ろ、その想いは、確信に近い。
エイブラムは、ぼそりと小さく呟いた。

 


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