Pray-祈り-


本編



アベルたちと訪れた「きょうかい」と呼ばれる場所は、街の中にある、大きすぎず小さすぎずの、ごく普通の教会だった。
中へ入れば少しは違うのだろうかと思ったが、中に入っても、その中はやはりごく普通の教会と変わらない。
祭壇の前に、一人の男が立っていた。
アルバと同じ、真っ黒な神父の服。茶髪の髪と、金色の右目に、青色の左目をした、アルバとは正反対のオッドアイだった。

「おかえり、アルバ。どうしたんだ?怖い顔をして。また髪が白くなるぞ。」
「やかましい。…イノセント。共鳴者を発見した。」
「共鳴者?」

イノセントと呼ばれた男は、覗き込むようにエイブラムのことを見つめる。
あまりじろじろ見られることに慣れていないので、思わず目を逸らしてしまうが、決してやましいことはない。決して。
ただ、何かを見透かすようなその瞳は、少し、苦手というだけだ。

「成程。…じゃあ、此処での話をするのも、なんだな。地下で話そう。」

イノセントはそう言って、祭壇の裏側に回り床へと触れる。
床の窪みを持ち上げると、そこには地下へと続く階段が現れた。

「自己紹介がまだだったな。私はイノセント。イノセント=カートライトだ。教会の神父をする傍ら、神器を回収する協会の組織長を務める、カートライト家の家長だよ。」

さぁ、中へ。
イノセントはそう言って、教会の地下へと導いた。


第3器 エイブラムの選択


「さっきはアルバが色々したようで、悪かったな。」

階段を下りながら、イノセントは笑みを浮かべながら話をする。
地下は必要最低限の灯りがいくつか灯ってはいるものの、視界が不鮮明で足元を慎重に見ていないとうっかり足を滑らせてしまいそうだ。
階段を下りているのは、エイブラムと、イノセントと、アベル、アルバの四人。
アルバは少しバツが悪そうに顔をしかめている。

「あまり言うなイノセント。共鳴者なんて警戒して当然だろう。」
「お前は手が早すぎるんだよ、アルバ。…さて、ついた。」

地下に辿り着くと、そこはまるで博物館のようだった。
古びた剣や銃といった武器。アクセサリー。それに、万年筆や手袋といった、ありきたりな日用品。
そういったものの数々が、ガラスケースの中に入って、厳重に保管されている。
しかし、展示されているものは武器に装飾品に日用品に、中には本までもあり、統一感はない。

「これは全て、先祖代々回収されて来た神器だ。」
「先祖代々…?」
「聞いたことがないか?クロス=カートライト。カートライト家の初代家長。戦争をもたらした魔女、戦乙女を滅し、各地の神器を集めることになった…歴史上の人物。」
「…あ…」

エイブラムは、はっとするように声を漏らす。
クロス=カートライト。
期末試験で丁度、出て来た名前だ。
魔女が戦争をもたらした魔女時代。
戦乙女と呼ばれた魔女を滅した、二人の男。その男のうちの一人こそ、クロス=カートライトだった。
クロスと、もう一人の男はそれぞれ魔女から呪いを受け、もう一人の男は不死の身体となり、未だ生き続けているという話だ。
そしてクロスもまた、否、正確にはカートライト家もまた、戦乙女からの呪いを受けているという。

「私たちが神器を回収しているのは、先祖が戦乙女を殺めた際に神器をばら撒く原因を作ってしまった罪滅ぼしであると言われている。…まぁ、それもあるが、神器を集める理由はそれだけではない。魔女にかけられた呪いを解く、その為に、表向きは教会、そして裏では神器を集める協会の人間として動いている、という訳だ。」
「では、呪いというのは本当なのか…?」
「本当さ。先祖であるクロスと共に戦乙女を滅した男は、今もこの世に生きているからな。協会のバックアップをしてくれる、良い人だよ。」

さて、此処からが本題だ。
イノセントはそう言って、話題を区切る。
途端に、緊張感が高まって来るのを感じ、エイブラムはどくんと心臓を跳ねさせた。

「神器というものは、神の心臓が物質に宿ったもの…そして、神器を操れるのは、ごく少数の人間だ。我々は神器を操る人間を、共鳴者と呼んでいる。共鳴者の中には、我々のように神器を回収すべく尽力する人間もいれば、お前が撃退したというあの男のように、神器を悪行に使う者もいる。我々の目的は、神器を悪用する共鳴者を撃退し、神器を回収することだ。そして、君もまた、共鳴者だ。」

イノセントが指で示す先には、エイブラムの拳。
その拳の中には、己の神器でもある、ネックレスがあった。

「君には二つの選択肢がある。まず一つ目。私たちにその神器を渡して、共鳴者であることを放棄し、普通の生活に戻ること。二つ目の選択肢は、共鳴者であることを継続する代わりに、協会に加入し、我々と共に、神器回収の任務に就くこと。そのどちらかだ。」

その言葉を聞いて、驚いたのは、他でもない、アベルだった。
待ってください、とアベルはイノセントに抗議する。

「協会に加入って…どういうことですか?!エイブラムを協会の任務に就かせるなんて、危険過ぎます…!」
「それを言ったら君もだろう、アベル。それに、エイブラムは初めて神器を解放したにも関わらず、自在に使いこなして強盗たちを撃退したようじゃないか。危険な目にあわせてしまうのは重々承知だけれど、出来ることなら、戦力が欲しい。」
「…けれど、」
「それに、決めるのはエイブラムだよ。危険な目に合わずに済むことも出来る。その神器を放棄すれば、ね。どちらを選ぶも、君次第だよ。」

突然投げられた選択肢に、眩暈がする。
普通であれば、こんな危険なものはすぐに専門の人たちに渡して、自分は普通の生活に戻ってしまうのが無難なのだろう。
しかし、協会にはアベルがいる。
自分が協会への加入をしないということを選べば、アベルが協会にいると知りながら、アベルが危険な目に合っているかもしれないことを知りながら、彼と学生生活を共にすることになる。
そうなれば、今までと同じような関係でいることは、出来ない。
何も知らない顔をして、彼と接することが出来るほど、自分は出来た人間ではないのだ。

「アベル…アベルは、何時から?」
「アベル=ムーアの協会の加入は、五年前からだよ。神器の解放を知った私が、アルバに命じて接触させて、結果的に彼には加入してもらった。」

イノセントが、淡々と説明をする。
アベルは複雑そうな表情を浮かべていた。

「エイブラム、オレが協会にいるからって、何も気にする必要はない。オレに合わせる必要はないんだ。これは遊びじゃないし、正直、何度も大怪我しそうになったことがあるし、実際に怪我をしたこともある。死にそうな目にあったことだって、ない訳じゃない。神器は心強い武器にもなる反面、敵に回せば厄介なもんだ。お前だって、さっきの強盗見ただろう?あんな奴等よりももっと危険なやつを相手にする時もある。」
「…アベル…」
「オレは、お前が神器を放棄しても、責めない。寧ろ、お前には神器を放棄してほしい。お前は大事な友達だ。親友だ。お前を巻き込みたくないから、今まで、何も言わなかったんだ。だから、オレはお前に普通の学生生活を…」
「俺、協会に加入するよ。」
「……え、」

アベルは、瞳を大きく見開く。
信じられないような、何を言っているのかわからないと言いたげな、そんな瞳。
アベルの気持ちは、わからなくない。寧ろ、痛い程、よくわかる。
もしも神器と出会ったのは自分が先で、協会に入ったのも自分が先であれば、アベルを巻き込まないように全力を注いだだろうし、こういう場面になったら、アベルの協会加入は真っ先に反対をしたと思う。
けれど、それでも、大事な友人が危険な目に合うのを承知で此処にいるのであれば、逃げることは出来ない。
逃げたくない。

「お前にとって俺が親友っていうのと同じように、俺にとっても、お前は大事な親友だ。親友が此処で頑張ってるって知ってるのに、それを知らんぷりして、学生生活に戻れる程、俺は器用じゃない。」
「エイブラム!だけどっ…!」
「悪い、アベル。もう決めたんだ。俺も、お前と一緒に戦いたい。中途半端な気持ちじゃない。俺は本気だ。それに、中途半端に投げ出すのは嫌いな性質でね。」

それはお前がよく知っているだろう?
そう問いかけると、アベルは諦めたように溜息をついて、そして、笑った。

「それもそうだな。お前に説得するのが無謀だってのは、よくわかってたはずなんだけどなぁ。」
「…話は済んだかい?」

イノセントの問いかけに、エイブラムはこくりと大きく頷く。

「協会に入る。お前らの神器集め、協力してやる。出来ることなら、戦力が欲しいんだろう?」
「…ふふ、そうだね。君のような戦力がすぐに加入してもらえるなら、心強いよ。よろしく、エイブラム…、えーっと…」
「エイブラム=アクロイドだ。宜しく頼む。」
「嗚呼、よろしく。」

差し出されたイノセントの大きな手を、しっかり握る。
この日から、エイブラムは神器を集める組織、『協会』に加入をすることとなった。

 


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