Pray-祈り-


本編



「嘘、だろ…アベル、何で…」

何故、此処にアベルがいるのだろうか。
神父服を着た男たちを中心に、宝石店になだれ込んできた人々は黒ずくめの男たちを次々と捉えていく。
少なくとも、敵ではない。
しかし、こんな危険なことをする人々の中に、何故アベルはいるのだろうか。

「動くなっ!」

男の怒号が響く。
その手に携帯電話を、力強く握り締め、そしてもう片方の手で、エイブラムの髪をぐいと掴んだ。

「エイブラム!」

アベルの声が響く。
嗚呼、やっぱり彼はアベルなのだ。自分の知っている、幼馴染の、親友のアベルだ。
何故親友がこんな場違いなところにいるのだろう。
しかしそんな疑問を持ってもいられないのかもしれない。

「動くとコイツも、ぼんって、爆発させるぞ…」

彼が爆発させられるのは、きっと電気機器だけだ。
先程爆発させた電話もそう。そしてその後のカップルの件も、きっと、男の方が、電話を握り締めていたに違いない。
だから自分が携帯を投げ捨てれば、怪我をしないで済むのだろうが、きっと携帯を捨てようと手に取った瞬間に、ぼん、だろう。
他の人々も、ぴたりと動きを停止する。
自分という人質がいる手前、うまく動けない…といったところだろう。
心配そうに、アベルのピンク色の瞳がこちらを見つめる。
彼の余裕のない顔を見るのは久々だと、何故か何処か他人事にように眺めていた。
異変が起きたのは、その時だった。


第2器 神器を操る者


どくんと、心臓が高鳴るのを感じた。
鍋に入れられていた水だったものが、いきなり沸点を超えて沸騰したかのように、どくんどくんと胸が熱くなっていく。
胸だけではなく、手も熱い。

「何だ、それは…」

唸るような男の声。
手が熱かった理由は、他でもない、握り締めていたネックレスだ。
爛々と赤く輝くそれは、自分の心臓と同じように、どくんどくんと脈打っているのを感じる。
まるで、自分と共鳴するように。
まるで、自分と一つになるかのように。
赤く輝くネックレスの、透き通った宝石を指でなぞる。
この先、何をすれば良いのか、自ずと理解出来た。

「エイブラム!駄目だ!ソレを使ってはいけない!」

アベルの叫び声が響く。
なんとしても止めたいというような、訴えるような瞳が、刺さる。
それでも。

「悪い。アベル。」

ネックレスを強く握り締めると、赤い光が、身体を包んだ。
身体に伝わる熱は、男にも伝わっていったのか、エイブラムの髪を掴む男の手が離れて行く。
光はまるで炎のようだ。
ごうごうと燃え上がるような光は、暖かくて、包み込むようで、自分の全てを受け入れるような、そんな光。

「…解放。」

ぽつりと、呟く。
その言葉と共に、エイブラムの身体を包んでいた赤い光は、一気に広がっていく。
パリンパリンと音を立て、天井の照明が割れ、ガラスの雨が降り注ぐ。
きゃあと叫ぶ、店に囚われたままの客たちの声。

「おい、このガキを止めろ!」

男の怒号が響き渡れば、まだ取り押さえられていなかった男たちが次々とエイブラムの周りを囲っていく。
黒ずくめの男たちがエイブラムに襲い掛かろうとすれば、炎のようにゆらめいていた光が、次はバチバチバチと音を立て、電撃のように男たちを貫いていく。
光に身体を貫かれた男たちは、雷に感電したかのようにびくりびくりと身体をのけぞらせ、操り糸が切れたかのようにその場にばたりと崩れ落ちた。
突然のことに周囲が唖然となる中、はたと我に返った客たちは、各々叫び声をあげて店外へと逃げていく。

「こっち!こっちから出てください!怪我人は手当てしてまわりますから、動かないで!」

そして慌てふためく客たちを誘導する声。
事態は一気に好転しかけていた。
残されたのは、リーダー格の男ただ一人。その手には未だ、携帯電話が握られている。

「糞、糞、糞!糞餓鬼が!莫迦にしやがって!」

恨みの念を込めて男が叫ぶ。
しかし、恨みたいのはこっちの方だ。
せっかくのプレゼント選びを台無しにされて、いきなり襲われて、知らない人に怪我をさせて、ふざけるなと罵ってやりたい。
男が携帯電話をかざす。
きっと、エイブラムや、その周囲にいる人々の携帯電話を爆発させるのが目的だろう。

「させるかっ!」

赤い電撃が、バチバチと音を立てて男の腕を貫く。
感電した腕は携帯電話を持っていられず、ガシャンと音を立ててその小型端末を床へと落とした。
男は感電していない方の腕で携帯電話を拾おうとするが、拾う寸前、もう少しで手が届くという距離で、携帯電話は何者かに蹴られ、吹き飛んだ。
蹴り飛ばしたのは、アベルだった。
何時の間にアベルが此処まで近付いていたのか、全く気付かぬ内に、音を立てず、まるでその場にいきなり現れたかのように、アベルは男の目の前に現れた。
蹴り飛ばされた携帯は宙を舞い、真っ黒な神父服を着た、きっとアベルたちのリーダー格に近いであろう男の手へと落ちる。
神器はこれで、封じられた。

「今だ!エイブラム!」
「わかっている!」

電撃が、男の身体を貫く。
バチバチバチと電気の弾ける音だけが響き渡り、男は身体をのけぞらせ、そのまま床へと崩れ落ちた。
一瞬、静寂が店内を包み込む。
途端に脱力感に襲われ、エイブラムはがくりと膝をついた。

「なん、なんだよ…これ…」
「神器だ。」

呆けたように呟くと、背後から、声がする。
振り向けば、店に突入してきた人々の中心に立っていた。神父服の男だった。
神父服が真っ黒だからだろうか、肌の白さがやけに際立つ男だ。その白い肌は色素故なのか、しかし決して健康的な色合いではない。
髪も薄緑ではあるものの、色素が抜け落ちていて殆ど白に近い色だ。右目は青色、左目は金色のオッドアイが印象的で、思わず、その瞳を眺めてしまう。

「それは神器。神々の心臓が宿った、人為らざる力を与える神の器。成程、お前は共鳴者か。」
「共鳴、者…?」
「神器を操ることが出来る人間のことだ。まさかこの場に、二人も共鳴者が紛れ込んでいるなんてな。」

男は首から下げていたロザリオを外すと、エイブラムの喉元へと突きつける。
先端が喉へと突き刺さり、ちくりと、痛む。
その瞳には、警戒の色が宿っていた。

「…お前は、何者だ?目的は何だ?何故、その神器を使える?」
「お、俺、は…」
「アルバさん!待ってください!エイブラムは敵ではありません!たまたま、神器に共鳴しただけなんです!」

エイブラムと、アルバと呼ばれた男の間にアベルが割って入る。
訴えかけるように、アルバに叫んでいた。
アベルの態度からして、アルバという男はやはり、アベルたちのリーダー的存在らしい。

「…本当か?」
「ほん、とうです。…たまたま、このネックレスを、買おうと、店に訪れて…それで、たまたま…」

アルバの問いかけに頷き、自分なりに経緯を説明するが、いかんせん元々が口下手だ、上手く説明出来ている自信は微塵もない。

「アルバちゃん、其処までにしてあげて?彼、嘘は言ってないわ。」

アルバを嗜めるように、一人の男がアルバの肩へ優しく手を置く。
すらりと長身の男はにこにこと笑みを浮かべていて、その瞳の色は読み取れない。それでも、きっとこの男は、自分の心を覗き見ているのであろうと言うことは、察することが出来た。
はぁ、と溜息を吐くとアルバはエイブラムに突きつけていたロザリオを喉元から放す。
敵意がないということは、納得してもらえたらしい。

「とはいっても、神器の共鳴者であるのは事実だ。…だから、協会には連れて行くぞ。アベルも、納得してくれるな?」
「それは、…はい。わかりました。」

アベルが渋々頷くのを確認すると、アルバは再びこちらを見た。
先程と比べれば敵意こそ籠ってはいないが、その視線は、何かを見定めているようにも見える。

「…そういう訳だ、悪いが協会に一度来てもらう。拒否権はないぞ。」

此処は大人しく聞いておいた方がいいのだろう。
何より、アベルの瞳が、ひとまずこの男の言う事を聞いてくれと訴えかけているようだった。

 


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -