Pray-祈り-


本編



ひと昔前、或る一人の魔女によって、戦争が引き起こされた。
魔女は不思議な力を持っていて、人間と契約を交わし、人為らざる力を提供していたそうで、それが戦争の原因とされている。
その後、二人の男によって、魔女は裁かれた。
しかし、魔女はそれだけでは終わらない。
死の間際、魔女は、己の力の源でもあった宝石の結晶を、世界各地にばら撒いた。
結晶はあるいは武器、あるいは装飾品、あるいは、もっと、身近なもの、ありとあらゆる物質に宿り、人為らざる力を与える『神器』というものを産み出した。
今でも人々はその神器を巡り争い、神器による犯罪が、多発しているという。

「神器、ねぇ。」

歴史の教科書をぱらりとめくりながら、エイブラムは小さく溜息をついた。
もうすぐ、期末試験が行われる。
その試験範囲である魔女時代の内容を、じっくりと読み進め、教科書の内容をノートにまめに記録する。

「お前はほんとマメだな。」
「…アベル…」

エイブラムがノートに記録するその様子を見下ろしていたのは、幼馴染であるアベル=ムーアだ。
社交的な性格の彼は、にこにこと笑みを浮かべながらエイブラムのノートを眺める。

「そういうお前は、どうなんだよ。」
「オレはもうテストなんて捨てているからな。」
「…捨てるなよ…」

彼は社交的な性格ではあるものの、勉強はからっきしなのだ。
とはいっても全く出来ないという訳ではなく、常に平均点ぎりぎりの境界線を歩いている。本気を出せば出来るのに、本気を出さないという訳だ。
きっと今回もそうなのだろう。

「しかし。」

エイブラムは言葉を続ける。

「神器なんて、本当に存在するのかね。」

そう。
神器のことはあくまで歴史の教科書上でしか書かれてはおらず、実際にそれを見つけたことはない。
だからこそ、エイブラムにとっては疑わしいものだった。

「まぁ、神歴時代と魔女時代は神話染みてて現実味沸かないよな。」

エイブラムに同調するように、アベルは笑う。

「所詮、神器なんてただの御伽噺なんだって。」


第1器 神器の時代


「やっと…終わった……」

期末試験が終わったその日、エイブラムは既に力尽きていた。
今回の試験範囲は魔女時代。神歴時代と比べると範囲は狭いが、その分、密度が濃い。
複数の国名、人名、様々なものが出て来るから、何処で誰が何をしたのか、詳細に書く問題が多かったのだ。
そういう面ではまだ、神歴時代の方楽だった。
あの時代は時代としてみれば範囲は広いけれど、書物が少ない故に試験で出せる情報が限られる。だからヤマは割とあてられた。

「よう、エイブラム。相変わらず燃え尽きてるな?」
「…アベル……」

試験が終わる度に力尽きるのはエイブラムの特徴といってもいいだろう。
それに比べ、本気を出さず、最低限のみで済ませるアベルは余裕の笑みがある。
余裕の笑み…とはいっても、今回も平均点ぎりぎりなのだろう。

「いやいや、今回は自信あるよ?なんせ魔女時代は得意範囲だし。」
「何?聞いてないぞ、そんなこと。」
「そりゃぁいちいち得意分野なんて教えないでしょ?ただ、魔女時代に詳しい人が知り合いにいるだけだよ。」

アベルはそう言って得意げに笑いながら、帰り支度の準備をする。
今日は試験だけなので、午前中で学校は終わりだ。
それに今日は試験最終日。
ある者は遊びに行き、ある者は帰宅して睡眠を満喫し、ある者は部活へ行ったりするのだろう。

「なぁ、エイブラム。今日暇だろ?遊びに行こうぜ?」
「すまない、今日は予定があるんだ。もうすぐ母の誕生日でね、プレゼントを見に行こうと思って。」
「なんだ、つれないなぁ。まぁいいや、オレも一緒だと恥ずかしいだろ?仕方ないから一人で行かせてやるよ。」

何故そんなにも上から目線なのか、アベルは少し意地悪そうに笑う。
しかし、母親想いなのはいいことじゃないかという正論を突きつけたいのはやまやまだが、それでもやはり、母親のプレゼントを探すべく悩んでいる姿を同級生に見られるのはやや恥ずかしい。
アベルの中途半端な気遣いに感謝しつつ、その日は一人で、宝石店に向かうことにした。
高いものを買おうとはとてもじゃないが思えない。
夏季休暇や冬季休暇に行う事の出来る短期のアルバイトでコツコツとお金を貯めて、ようやくプレゼントを帰るであろう金額まで達したのだ。
少し洒落たネックレスでも買おうかと、そう思って訪れた宝石店は、やはりキラキラと光り輝いていて眩しい。
何より宝石の種類が豊富過ぎて、どれがどれだか、全く見当がつかないのだ。

「お客様、どのようなものをお探しですか?」
「え?あ、いや…」

店員のにこやかな笑顔に、エイブラムは目線を下げてやや仏頂面に答えてしまう。
こういったものは苦手だ。
元々愛想が良いタイプでもないし、そもそも高校生位の男子がこんなところにいるのは場違いだ。とても場違いだ。
羞恥を優先せず大人しくアベルに一緒に来てもらえばよかった、なんて後悔が脳裏で渦巻きながら、辺りを見回す。

「…あ」

そしてその中に、一つ、惹かれるネックレスがあった。
それは女性がつけていても男性がつけていても違和感がないような、装飾の少ない綺麗なネックレスだ。
金色のチェーンと金色のフチの中に、透明な水晶のような宝石がはめ込まれている。
そしてその金色は、決して強すぎることなく、水晶と綺麗に合わさって、上品な輝きを放っていた。
派手過ぎず地味過ぎず、これであれば派手であることを好まない母でもつけられるし、きっと似合うだろう。

「すみません、これにします。」

控えめな声で店員に声をかけ、早速購入の手続きを行う。
金額もエイブラムの予算にぴったりおさまる所か、お釣りが少し出る程だった。
このお釣りでケーキでも買おうか、しかしケーキは父が買うと言っていたな、と思いながら店員にお金を手渡した時。
ガシャンとガラスの割れる音がしたと同時に、どかどかと全身黒ずくめの男たちが流れ込んできた。

「お前ら大人しくしろ!」

男の野太い声が店中に響き、店員やその場にいた客は、きゃあと甲高い悲鳴をあげながら身を屈める。
なんということだ。強盗だ。
何故よりにもよってこのタイミングなのだろうか、せめて自分がいない時に来てくれたっていいじゃないかと少し人でなしなことを考えてしまうのは、人間の性だろうか。
身を屈めた店員が、がちゃがちゃと電話を探って警察に連絡を入れようとした。
その時。

「きゃあああああああああああああああッ…!」

店員の悲鳴が、響き渡る。
それもただの悲鳴ではない。
痛みと恐怖とが混ざり合った、ドラマの世界でしか聞くことの出来ないような、悲鳴。
突然。突然だ。
電話が、爆発したのだ。
そして爆発は彼女の腕も巻き込んで、彼女の腕は、血まみれで、電話の破片が突き刺さり、ピンク色の肉や、白い骨が、若干見えているのが、確認出来る。

「…ッ!」

これでもしも自分が女だったら、恐怖のあまり悲鳴をあげていたのだろうが、なんとかそれを飲み込む。
しかしガクガクと足が震え、まともに動かない。
一体何が起きたのだ。
電話が突然爆発するなんて、在り得ない。
だって、銃で撃った訳でもない。爆弾が仕掛けられていたという訳でもない。
人間業では、絶対ありえないのだ。
そう。人間業では。

「…ま、さか……」

首をゆっくり動かし、男たちを見る。
中心に立つ、リーダー各の男の手には、ある物が、握られていた。
それは、一見すると、ただの携帯電話。
しかし、その携帯電話からは、不自然に青白い電気がパチパチと放たれているのが、確認出来る。

(神器だ。)

エイブラムは直感的に、それが神器なのだと、理解することが出来た。
一体それがなんの力を持つかはわからない。けれど、あの携帯…神器をつかって、遠隔操作をして電話を爆発させたというのであれば、辻褄が合う。
なんということだ。
今まで出くわしたことがない御伽噺の産物に、まさか、こんな日に、こんなタイミングで、出くわしてしまうとは。
もっと別の、命とは関係ないタイミングで出会っていれば、素直に喜べたというのに。
これでは喜ぶ処か、寧ろ、泣きたい。

「警察なんて呼ぼうと思うなよ?さっきの姉ちゃんみたいに、腕ごと電話がぼんってなるぜ?わかったら大人しく金目のものを渡せ!」

強盗というのは、お決まりの台詞をいうのが定番らしい。
宝石が大事にしまわれているガラスケースをハンマーで壊していく。中の豪華な宝石たちはひとつひとつ、男たちが持つ袋の中へと仕舞われていった。
これでは警察が来る前に、宝石は全て奪われてしまうだろう。
そこで、エイブラムははっとした。
自分が買おうとしていた、ネックレスの存在だ。
お釣りはまだもらってはいないけれど、既にお金は渡したのだし、あれはもう自分のものとみなしてもいいだろう。
それにせっかく気に入って購入を決めたのだから、それが突然現れた強盗に奪われるのは、納得が出来ない。
レジの上に乗っていた、これから袋に包まれる予定だったネックレスを慌てて手に取る。
これだけは、取られたくない。
そう思った時、ジロリと、黒づくめの男の一人が、こちらを睨んだ。
どうやら、見られてしまっていたらしい。
ずんずんと歩いてこちらへ近寄って来る。

「おい、お前。」

顔は覆面でよくわからないが、血走った眼だけはよく見えた。
しかしながらこれだけで、当然犯人の顔がわかる訳ではない。
わかるのは、犯人が怒っているのであろうことくらいだ。

「さっきからお前だけ突っ立ってると思ったら、今度は何を手に取ったんだ?渡せ。」

男は黒い手袋をした手を、こちらに突き出す。
このネックレスを渡せということなのだろう。
けれど、これだけは渡したくない。
エイブラムがふるふると首を横に振ると、更に男の神経を逆なでしてしまったらしい。
男は携帯電話を握り締めると、通話ボタンを、ぽちりと押した。

「ぎゃああああああああああああああ!」
「きゃああああああああああああああ!」

再び叫び声。
この店に訪れ、縮こまっていた二人のカップルが悲鳴をあげていた。
男の手は真っ赤に染まって、血で滲んでいる。
女は無傷ではあるものの、そんな男を見て、瞳に涙を浮かべて悲鳴を上げていた。

「渡せって言ってるだろう?!渡さないと他の奴等も爆発させるぞ?!」

男の怒号が強くなる。
しかし、これはどうしても渡したくない。
母に渡すからとか、そういう理由ではなく、何故か、この男にこのネックレスは渡してはいけないような、そんな気がしたのだ。
そして、その時。

「そこまでだ!」

店内に入り込んで来る、複数人の人たち。
警察が来たのかと思ったが、違った。彼等は多種多様、各々の服を着ていて統率感に欠けている。どう見ても、警察の人間であるとは言い難かった。
その統率感のない人たちの中心には、真っ黒な神父服を着た、一人の男がいた。

「協会だ。神器で強盗たぁ、いい御身分だな。ああ?その神器、回収させてもらうぞ。」

教会?きょうかい?
そもそもこんな戦場に近い状態になっているところに、真っ黒な神父服を着た男が現れるというのは不釣り合いもいいところだ。
そして、その中に一人、見覚えのある、人物がいた。

「…アベル?」
「…エイブラム…?!」

その中には、見知った親友、アベル=ムーアの姿もあったのだ。




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