ルフラン


本編



「私はウルド。ヴェルダンディ。そしてスクルド。三人で一つの使い魔でございます。」

三つ子の少女はそう語ると、光を放ち、一人の少女になる。
肩まで伸びた一人の少女となり、一人ぼっちの少女の手を、優しく握った。

「…そして、ノルンという一人の存在。」
「のる、ん?」

にこり。と、少女は優しく微笑む。
その笑みは優しくて。暖かくて。心地よくて。
しかしそれが何故なのか、イーファは気付くことが出来ない。
それの正体を、知らないから。

「イーファさま。私はあなたの側にいます。私は、あなただけの使い魔です。」


20 あなただけの。


「お前が、イーファ=メルクス…戦乙女の、正体か。」
「ふふ、そう仰る者も、いるようですね。左様でございますわ。私が戦乙女と呼ばれる存在。肉体と肉体を結び、契約する存在。」

イーファはにこりと、そう言葉を続ける。
ユーリがぐ、と剣を強く握れば、ノルンは立ちはだかるようにその場へ立った。

「!ノルン!いけません!」
「いいえ、これでいいのです、イーファさま。」

ノルンは手を広げ、まるでイーファを庇うようにして立っている。
その凛とした態度は彼女の使い魔として相応しい様だと言っても良い。
ユーリは彼女の首に、そっと剣を添える。
彼女が。彼女達が、ウガトルドを誑かしたのだ。
彼女達がいなければ。あんなことを、しなければ、ウガトルドは復讐という逃げ道に走ることはなかったのかもしれない。
そして、彼女達がいれば、噂を聞き、この甘い果実を貪る為に現れる人がいるかもしれない。
そうすれば、悲劇はまた、繰り返される。
彼女達を葬らなければならない。それがきっと、ウガトルドの語る真実なのだろう、ユーリとクロスは、そう信じていた。
そう。
二人は知らなかったのだ。
彼女達を利用したのがオルディオ=メルクスであると。
彼女達もまた、被害者であるのだと。
ウガトルドが望んだのは彼女達の討伐ではなく、彼女達の救済なのだと。
二人は、知らなかったのだ。

「いや…いや…です…やめて、やめて、くださいまし…ノルン、何故、どかないのですか?どいてくださいまし、いやです…ノルン、逃げてくださいまし…!」
「イーファさま。」

ノルンはイーファの方へ振り向くと、にこりと優しく微笑む。
その笑みは、初めて出会った時と同じように、優しくて、温かい。

「イーファさま、あなた様が死ぬ時、私も消えるのです。せめて、あなたの使い魔として、あなたを守って、先に、死なせてください。私は、あなただけの、」
「ノルン…!!!」

イーファの悲鳴に近い叫びが聞こえた刹那、ユーリの手に握られた剣によってノルンの首が宙を舞う。
そして、ノルンへと伸ばされたイーファの手が届くことはなく、クロスの持つ鎌の切っ先によって腹部を貫かれ、その身体は、彼女の背にあった巨大な水晶へと共に叩き付けられる。
鎌は水晶へも突き刺さり、ぴしり、と、ひび割れた。

「……っ………」

イーファは、ぐ、と鎌を手に持つ。
傷口からぼたぼたぼたと赤い鮮血が流れ落ちた。
致死量であることは見て取れる。

「…せない…ゆ、るせませんわ……」

ぽつりと、漏れる言葉は憎悪の言葉。
彼女の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。

「わ…たしは、あい…されたかった…だけ、なのに…おとう、さまに…愛して、もらい、たかっただけなのに…」

イーファがギロリと、ユーリとクロスの二名を睨む。
今までのお淑やかな瞳とは裏腹に、憎悪の籠った、怨念の籠った、強い意志の宿る瞳。
その瞳に睨まれた途端、ユーリとクロスの身体を針に突き刺されたような感覚が過った。

「ふ…はは…あはは、あはははははははははは…許さない、許さない許さない許さない、嗚呼、憎らしい、何も知らぬ、愚かな、人間め…!!」

イーファは急に高笑いを始めた。
ぴきぴきぴきと音を立てて、結晶がひび割れていく。

「お前たちに!私のナニが!僕のナニが!わかるというのか!呪ってやる、呪ってやる呪ってやる呪ってやる!呪ってやる!永遠に生き続ける苦しみを、そして、肉親同士で争う醜さを、味わうといい!!!!」

ぱりん、と、結晶が砕け散り城の外へと霧散する。
ばきばきばきと音を立てて水晶の結晶が崩れ落ちていった。

「私が死んでも、終わらない…あの結晶は、神の力は、何度でも何度でも、巡り、繰り返される…私だけを、殺して、めでたしめでたしになんて…さ、せて…たまるか…」

目元から、口元から、腹部から、ありとあらゆる場所から血が噴き出す。
それでも彼女は、笑顔だった。
その笑顔が、あまりにも、薄気味悪いと思える程に。

「わ、たくし…とは、ひと、まず…お別れ…ふふ、あははは、ざん、ねん、です…そ、れでは…ごき、げん…よう…」

がくり、と少女は身体の全身から力が抜け、項垂れるように事切れた。
全て、終わったのだ。
そして、全てが、始まったのだ。
全ての歯車が、食い違ったまま。

 


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