ルフラン


本編



ユグドラシルと呼ばれる城が崩壊し、氷の森は解け、その存在は跡形もなく消え去った。
そしてその後、人為らざる異能の力を授ける道具が世間に出回るようになる。
それは「神器」と呼ばれ、「神器」を巡る争いが、犯罪が、起こるようになった。
イーファの遺した言葉と同じように、争いは繰り返されている。
あの事件から10年。
少なくとも、ユーリとクロスの周囲は現在、平和そのものであった。


21 いつか来るその日まで。


「やぁ、クロス。久々だな。」
「あぁ、悪いな。最近仕事が立て込んでいてな、中々来れなかったんだよ。」

ユーリはそう言って、訪れた友人に微笑みかける。
幼い娘を連れた友人は、当時と比べれば何処となく老け込み始めていた。
それとは裏腹に、ユーリの外見は10年前のあの時から、変わらない。
イーファは呪いをかける、と言った。
ひとつは永遠に生き続ける苦しみ。
これはずっと、争いを見続けなければならないという意味が籠っているのだろう。
そしてもうひとつは、肉親同士で争い合う醜さ。
これは、争いが世界だけでなく、身内でも起こる悲しさを味わえということなのだろう。
どちらも恐らく、双方にかけられた呪い。
ユーリは10年前から年をとっていない。
つまり、その彼にかけられた呪いは前者である、ということだ。
残るもう一つは。

「私のことは案ずるな。」

クロスはにこり、と優しく微笑みかける。
そう。
もう一つの呪いは、恐らくクロスに降りかかっている。
肉親同士で争う。
現時点でのカートライト家は平穏そのものだった。
温かい家庭である、このカートライト家がいずれ争いで包まれることになるのだろうかと思うと、ユーリは恐ろしくてたまらない。

「別に、私も考えがない訳ではないよ。身内同士で助け合うよう仕組みを作ればいい。今はまだ、どうなるかわからないが…互いに尊重し、支え合うよう、幼いころから教え続けていけば、きっと争いは起こらないさ。」

クロスはそう言って微笑んだ。
膝の上に乗る娘は、人懐っこく父親にすり寄っている、
そんな少女を、クロスは愛おしそうに優しく撫でた。

「ユーリ。お前には酷な頼みかもしれんが。私に何かあった時は、この子たちを、頼んでもいいか。」
「……任せろ。」

ユーリはそう言って、微笑む。
それにつられ、安心したようにクロスも微笑んだ。

「お前にかけられた呪いは、神器というものに宿る結晶を全て集めれば、或いは解けるかもしれない。私の代では無理でも、次の代、そして更に次の代で、神器を集め続ける。お前の呪いは、必ず解く。」

真っ直ぐに見つめてくれる親友の瞳。
その力強い瞳は何年経っても変わらなくて、それはとても在り難くて、心強かった。
実際に、神器はこの10年でいくつかクロスの手によって集められている。
それでも、まだ足りない。
まだ、集まらない。
何個あるのかもわからない。
それでも、この神器と呼ばれるものを、自分達は集め続けなければいけないのだろう。
争いを見守り、神器を集め続ける。
これが、自分達にとって、イーファからの一番の呪いなのかもしれない。

「しかし、お前の周りのその使い魔、なんだか落ち着かないな。」
「まぁ、そう言ってくれるな。」

ユーリの傍らには、二人の少年少女。
白金の髪をした美しい顔立ちの二人はにこりと微笑み、ユーリの傍に立っている。
イーファの死後、出現したユーリの使い魔だ。
恐らく、イーファが死に、不老不死の呪いを受けた際に彼女の力の一部も引き継いでしまったのだろう。
ユーリは少年をアダム、少女をイヴと呼んでいた。

「あれから10年、いつも僕たちはいるんだから、そろそろ慣れてほしいな、おじさん。」
「そうですわよ。まったく、私たちはユーリさまの使い魔だといいますのに。」

アダムとイヴはふて腐れるように唇を尖らせる。
これはすまない、とクロスは笑った。

「さて、今日はもう帰らなければ、妻が待っているのでね。」
「そうか。全く、いつもいつもお熱いことで。」
「ふふ、そう言ってくれるな。じゃあ、ユーリ、また明日。」
「おいおい、明日も来るのかよ、まぁいいけど。また明日。」

このやりとりが出来るのは、あと何回だろう。
彼がどんどん老けて行って、死んでいっても、自分だけは生き続ける。
それはきっと、何よりも辛いことなのだろう。
椅子にもたれかかり、本を読みながら、ユーリは独り考える。
あれから、剣を使わなくとも、青い炎を使えるようになっていた。

(私の正体は、何なのだろう。)

何度も、夢を見る。
とても楽しいような、辛いような、思い出したいような、思い出したくないような。

(前世?…莫迦な。)

ふと過った考えを、ユーリは首を振るって打ち消した。
そんなファンタジーじみたもの、ユーリは決して信じてはいない。
しかし、自分達の傍らにいるこの存在こそ、既にファンタジーなのだから、信じざるを得ないことがきっと、今後やってくるだろう。

(でも、まぁ、まだ、時間はある。酷なことに。)

争いは何度も繰り返される。
それならば、その争いを何度でも見届けよう。何度でも止めよう。繰り返される限り、何度でも。
いつか争いのなくなる、その日まで。

(さて。続きは、明日にしよう。)

ぱたり、と、ユーリは読んでいた本をゆっくり閉じた。




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