ルフラン


本編



水晶の城の中は、城の規模の割には人の気配がなく、しんとしていた。
自分たちの歩く靴音だけが反響し、周囲の水晶がまるで鏡のように自分達の姿を映す。
城の奥に辿り着けば、一つの扉。
強引に扉を開ければ、そこには二人の少女が寄り添うようにそこにいた。
一人は栗色の髪を肩まで伸ばした少女。
もう一人は、腰まで伸びたブロンドの髪に、翡翠の瞳を持つ少女だった。
翡翠の瞳をもつ彼女の姿は、何処となく、オルディオ、そしてその息子バドルを連想させる。

「…来て、しまいましたのね。」

少女はぽつりと、そう呟く。
少女はゆっくり立ち上がると、礼儀正しくお辞儀した。
その姿は儚げで、今にも消えてしまいそうである。

「私の名はイーファ。イーファ=メルクスでございます。」


18 イーファ=メルクスという存在。


イーファ=メルクスが生まれたのは現在からおよそ14年前。
イーファの存在と共に、彼女の母…つまり、オルディオ=メルクスの妻はこの世を去った。
まるでイーファを産み、その役割を果たし終えたかのように。
オルディオが狂ったのもまた、この時からである。
イーファがもしも、普通の女の子として生まれたのなら。または、普通の男の子として生まれたのなら。
オルディオは狂うことがなかったのかもしれない。
しかし、彼女はどちらでもなかった。
否、正確には、どちらでもあったのだ。
イーファは女としての機能も、男としての機能も、どちらも備えて生まれて来た。
しかし、どちらの機能も正常には働いていない、不完全な存在として生まれ落ちたのだ。
息子として認識すればいいのか。
娘として認識すればいいのか。
オルディオは困惑した結果、彼女を「妻を奪った化け物」として認識してしまうことになったのだ。
それ故に、イーファは先に生まれ落ちたバドルと比べて冷遇され、虐げられることになる。
それでも殺されることがなかったのは、父親としての僅かな良心が彼の中に残っていたからなのかもしれない。
冷遇をされながらも生きながらえ、そしてイーファは信じていた。
いつか、いつかきっと、自分を愛してくれるのだと。
兄に向ける優しい笑顔を、いつか自分にも。
そう信じて。
信じた結果、転機が訪れたのは、イーファが10歳になった時だった。

「…ふ、ひぐっ…ひっく…」

しゃくりあげながら、イーファは独りで森の中を彷徨い歩いていた。
その日はイーファの10歳の誕生日。
そして母の命日。
だからこそ、自分の誕生日はいつなのか、記憶していた。
毎年毎年この日は父が荒れ、兄が荒れ、怒りの矛先は常にイーファへと向けられる。
どうして自分はこのような奇妙な身体で生まれ落ちたのだろうか。
どうして誰も愛してくれないのだろうか。
どうして母は死んでしまったのだろうか。
様々な理不尽にあてられ哀しみにくれた彼女はついに、森の中へと逃げ出してしまったのだ。
一度逃げ出してしまえば、もう戻ることは出来ない。
森の奥へ奥へと進むと、次第に薄暗くなり、彼女の心は、身体は、疲弊していった。
現在自分が何処にいるのかもわからなくなった時。
ちかちかと、森の奥で何かが光っているのを感じた。
あの光に向かって歩いていけば、何かあるのかもしれない。
イーファはそう確信し、残りの体力をふり絞って森の中を駆け走った。
森の奥へと辿り着くと、そこには巨大な結晶が在った。

「…わぁ…」

イーファは思わず感嘆の声をあげる。
その結晶は自分の身体の数倍も大きく、力強く光り輝いている。
まるでそこだけが昼間のようであった。

「なんですの、これ…」

思わずその結晶に、ぴたりと触れる。
それに触れれば周囲が突然輝き出し、突然の眩しさにイーファは思わず瞳を閉じそうになる。
しかし時、結晶の奥に、イーファは見たのだ。
独りの少年が、眠るように、その場に閉じ込められていることを。

「…あなた、は…だれ……?」

それは幻だったのか。
目を閉じる間際に見た光景故、イーファには確信としたものは持てない。
気が付けばイーファは、結晶に囲まれた部屋にいた。
辺りをきょろきょろと見回せば、当然周囲には誰もいない。
窓もないので、外の光景を見ることも出来ない。
目の前には、先程イーファが見つけた巨大な水晶の塊。中には誰もいなかった。

「……これは…」

同じように、そっと、結晶に触れる。
しかし次は何も起こらない。

「此処は、神々の力を宿す結晶の城。神に魅入られ、神業を使うことが許される者のみに許される場所。」
「…え…」

振り向けば、そこには栗色の髪の三人の少女が佇んでいる。
それぞれ髪が肩にまで伸びたもの、腰まで伸びたもの、大腿部まで伸びたものとそれぞれ。
しかし顔立ちは皆同じだった。

「我々はウルド、ヴェルダンディ、そしてスクルド。我々はあなた様に呼ばれました。」
「呼ぶ?わ、わたくし、が…?」
「そう。神の力に魅入られ、呼ばれ、選ばれたあなた様によって生み出された、使い魔にございます。」

肩まで伸びた少女が一歩前へ踏み出し、少女の手に触れる。
その手は暖かくて、今まで感じたことのないぬくもりで。
イーファは思わず、目を丸くする。

「あなた様の願うものは。望むものは、この中にございます。」

少女が手を取り、イーファを導く先にあったのは、一つの鏡。
いつの間に鏡なんてあったのだろう。
イーファはそう思いながら、その鏡をじっと見つめる。
それと同時に感じたのは、眩暈。
ぐらりと揺れる感覚を覚えると、イーファはその眩暈にあまり、足を膝へとつけた。
一体何が起こったのだろう。
そう思っていると、自分の身体の異変に、気付いた。

「………あ…」

身体が、女になっているのだ。
男である部分が取り除かれた、完璧な、女性の身体。
男でもない女でもない、そんな身体ではない、望んでいた、どちらか一方としての性別の、身体。

「………これは…」

感嘆の声を漏らす。
言葉に出来ない高揚と驚き。そのまま少女を見れば、少女はにこりと微笑んだ。
この身体であれば、父に気味悪がられることも、ない。
兄に疎まれることも、ない。
きっと、きっと、優しく愛してもらえるのではないかと。
イーファが家へ戻りたいと、そう言えば、少女は出口を教えてくれた。
出口を出ると、今まで自分がいた場所が城の中であったことに気付く。
その城は水晶で出来ていて、きっと原因はあの巨大な水晶だったのだろうとイーファはなんとなくだが、確信することが出来た。
水晶の城を囲うように、氷で出来た森も生まれていた。
不思議な現象ばかりが起きていたが、イーファは不思議とそれを不審に思わなかった。
そしてそのまま真っ直ぐと、彼女は自宅であるメルクス家の屋敷に戻る。
これからは。
父にも兄にも疎まれることがないと。
そう信じて。

 


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