ルフラン
本編
少女の悲鳴が耳に届く。
その悲鳴は、ウガトルドの名を呼ぶ悲鳴だった。
ユーリとクロスは嫌な予感がして顔を見合わせる。
「…急ごう。」
「あぁ。」
銃を撃ち合い、剣を打ち合い、弓矢の交差する戦場を。
二人は急いで駆けて行った。
15 託されるもの。
辿り着いた時には、既に手遅れだった。
倒れている二人の使い魔は、既にこと切れている。
オルディオにももう息はなく、ピクリとも動かない。
「ロキ!」
そこに、血を流して倒れているウガトルドの姿があった。
二人はウガトルドへと駆けより身体を起こす。
僅かに息をしているが、出血量からして助からないことは明確だった。
「……く、ろす……ゆーり、もか……」
力なく、ウガトルドは声を出す。
穏やかなその瞳は、二人の知っているウガトルドのそれだった。
正気の戻ったその様子に二人は驚きを隠せない。
「…ふ、テユールとの、契約が…切れたから、かな……今まで、私がしてきた…愚行、今に…なって…よく、わかるとはな……」
よく見れば、ウガトルドの手の甲には今まであった赤い痣がない。
先程のアスルド兵もそうだったが、使い魔が死んだり契約者自身が死んだりすれば、痣は消えてなくなるらしい。
はは、とウガトルドは自嘲めいた笑みを浮かべた。
「…契約には、リスク…か…復讐に飲まれ…契約に飲まれ…本当に、大事なものが何なのか、わからなくなってしまっていた…」
一体。何人もの国民を犠牲にしたのだろう。
一体。何人もの兵達を犠牲にしたのだろう。
一体。自分のしたことの意味は、何だったのだろう。
考えれば考える程、自分の愚かしさが、浅はかさが実感出来て、悔しくて、ウガトルドの瞳からは、赤い涙が零れ落ちる。
「…ロキ!!」
この赤い涙は、力を行使し過ぎた故なのだろう。
気付けば身体を蝕み、心を蝕み、限界になるまで、ボロボロになってしまっていたらしい。
「…クロス…オルディオは…?」
「死んでいる。」
「そう、か…」
テユールの鎌で斬ったからなのだろうか。
オルディオの死を聞いて、思わず安堵する。
安心すると、意識がふっと、消えそうになった。
このまま意識を失えば、きっともう二度と目覚めることはない。
意識が途切れないように。眠らないように。ウガトルドは更に言葉を続ける。
「オルディオの首を切って…その首で、戦争を終結させろ…」
「戦争を終わらせて、どうすればいいんだ!お前が始めた戦争だろ!お前がけじめをつけろよ!此処で死んでどうするんだ!!」
ユーリが声を荒げる。
普段は仏頂面の癖に、こういう時だけ泣きそうな顔をしていて、その顔がたまらなく愛おしかった。
優しく愛しい弟分たち。
二人の声に耳を傾けていれば。こんなことには、ならなかったのだろうか。
手を伸ばしたくても、もうこの手は、届かない。
ふと、イーファと名乗る少女の存在を思い出した。
彼女は今後も生き続けるのだろうか。
孤独に、数多の人間と契約をして、身体を交え、そして新たな争いの火種として、利用されるのだろうか。
「……く、ろす…ゆー、り……」
「なんだ、ロキ。」
「こ、おりの…森、の…おく……」
「氷の森?ど、どういうことだ?」
「そ、こに…真実が、ある…」
もしも救われることなく、ずっと、人形のように人に利用されて生き続けるというのなら。
それはきっと、死ぬよりも辛いのだろう。
ようやくそれに気付けたのに、彼女を救うことが出来ないのが、詫びることが出来ないのが、気掛かりだった。
「…す、まない…ふ、た………とも……」
言葉はもう届かないかもしれない。
けれども、最期に、これだけは。
「……お、まえ……た…ち、…を……あい、し…て………る………」
それが、最期の言葉。
ウガトルドはゆっくと瞼を閉じて、
「ロキ?…おい…ロキ…ロキ!!」
「言い逃げかよ…おい、ふざけるな、目を開けろ!ロキ!!ロキイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」
そのまま彼が目覚めることは二度となかった。
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