ルフラン
本編
ぽたぽたぽたと、血が滴り落ちる。
剣は確かに、オルディオの肉体を貫いていた。
腕は力なくだらんと垂れていて、その光景にウガトルドは思わずほっと息をつく。
(…終わった…)
そう思った時だった。
「ロキさま!お逃げくださいまし!!」
テユールの悲鳴が響く。
彼女は何故あんなにも必死な顔で叫んでいるのだろう。
その思った時、気付けば自分の身体を何かが貫いていた。
「…え…」
ごふ、と咳をすれば唇から洩れる鮮血。
焼けるように、腹部が、熱い。
腹部を見れば、鋭い槍が、ウガトルドの身体を貫いていた。
「ロキさまあああああああああああああああああ!!!!!!」
テユールの悲痛な声が、周囲に響き渡った。
14 決着の時。
「ふ、はは、ははははは、油断したな、私を、甘くみていたな、ロキ=ウガトルド。」
オルディオは笑いながら、自分の身体に突き刺さっている剣を抜く。
どぼどぼと傷口から血液が流れると、みるみるうちに傷口が塞がっていった。
そしてもう片手で握っている槍をウガトルドの身体から強引に引き抜く。
どさり、と音を立ててウガトルドは力なく崩れ落ちた。
テユールはベクセルの斧を弾き飛ばすと、ウガトルドへと駆けよる。
「ロキさま!ロキさま!!しっかりしてくださいまし!!!」
「………何故………」
ウガトルドが、腹部を抑えながら声を漏らす。
普通の人間であれば、確実に致命傷だったはず。
それが生きていて、ましてや再生するなんて、有り得るはずがないのだ。
「イズ…!美と命の化身、イズとも、契約されたのですか…!!」
テユールがそう叫べば、にぃ、とオルディオは口角を上げる。
「そうだ。まさか、永遠の命を提供するというイズの力、此処までとはな…」
「なんてこと…嗚呼、なんてことですの…貴方はイーファさまと、二度も契約を…」
嘆くようにテユールは口元を手で覆い、泣き崩れる。
ウガトルドの脳裏に、かつて自分が抱いた、年端も行かぬ幼い少女が浮かんだ。
傷口を抑えながら、ウガトルドが腕で身体を支え、起き上がる。
よろめく身体にテユールがそっと寄り添った。
「イーファ、か。あの薄気味悪い化け物も少しは役に立ったというものだ。」
「…あの子と私が、契約することも、想定、通りと言ったな…お前も、あの子を、知って、るのか…」
「知っているも何も、アイツを産んだのは我が妻よ。」
その言葉にウガトルドが目を丸める。
イーファを産んだのがオルディオの妻だというのであれば、イーファは。
「私の息子だ。あの子は。」
「む、すこ…?」
息子と言われ、もう一度、イーファの身体を思い出す。
一度彼女を抱いたから、わかる。
あの子は紛れもなく、身体は女のそれだった。
しかし彼は、息子と言う。
「否。正確にはどちらでもない。男でもない女でもない、紛れもない化け物だ。どちらも在ったのだから。そして奴を産んだら、我が妻は死んだ。あいつが、妻を奪ったんだ。」
その目は決して、我が子のことを考える目ではない。
ウガトルドがアスルド国へ向けた瞳。復讐を誓う、憎しみの籠った瞳。
「しかしアイツには特殊な力が在った。故に、14年も生かしていたのだ。時には争いという災厄を巻く為の、道具としてな。」
「道具、だと…」
「そうだ。人に抱かれ、人に力を提供する、ただの糧よ。貴様も彼奴に魅了された一人だろう。どうだった、我が息子の味は。それはそれは魅力的な果実だっただろう。」
「お黙りなさいオルディオ!!それ以上はイーファさまへの侮辱!!これ以上の侮辱は許しがたいことですわ!!!!」
ウガトルドの身体を支えたまま、テユールは叫ぶ。
目障りな虫を見るように、オルディオはテユールを睨んだ。
「煩いガキめ。この男が死ねば、契約が無効化して姿を消す身の癖に。…ベクセル。」
オルディオの声に反応し、ベクセルは斧を再び握って一歩一歩、歩み寄る。
斧を振り上げ、勢いよく、ウガトルドめがけて振り落した。
「!!」
身体が動かず避けることが出来ないウガトルドは、とっさに目を閉じる。
しかし、身体に痛みが走ることはない。
目を開けば、とっさに自らの盾となったテユールの姿があった。
ぐらりと身体が崩れ、ウガトルドの胸の上へと倒れ込む。
「テユール…テユール!!おい!!」
「…ろ、き、さ、ま…」
途切れ途切れの、震えるような声で、テユールは言葉を発する。
瞳の焦点が定まらず、命のタイムリミットが残り僅かであるのが見て取れた。
「…こ、れ、を……」
震える手で、イーファは鎌をウガトルドへと差し出す。
一見重そうな鎌は手に取ってみると、恐ろしい程に軽かった。
「わ、たくし、と…けい、やく、している…あなたになら…軽々と、つかえ…る、はず…わ、たくし…の…ぶ、き…は…使い魔との…こうりょ、く、を、う…ちけ、し…あう…」
「…アイツを、倒せる、という事か。」
問えば、テユールはにこりと優しく微笑んだ。
嘘はついていない。
「ロキ、さ、ま。わ、たくし、は、勝利、を…つかさ、ど、る…つ、かいま…あなた、を、負かす…わ、け…には、いきません……」
テユールはそっと、ウガトルドの傷口に触れる。
暖かな緑色の光が灯ると、みるみるうちに痛みが引いていった。
しかし、引いているのは痛みであって、出血は未だに、続いている。
「は…やく…もって、数秒…うご、ける、うちに…」
身体が軽い。
瀕死の重傷を負っているはずなのに、軽々と鎌を構えることが出来た。
今ならこれを振り回して戦うことも、造作ではないだろう。
もって数秒。
なら、数秒の間に。
「ベクセル!!!!!」
「地獄へ降りろこの下種があああああああああああああ!!!!!!」
鎌を振りかぶり、勢いよくそれを振るう。
その鎌によって、ベクセルと…そして、オルディオの身体が二つに裂け、その場で崩れ落ちた。
どさり、という音を立てて4つの肉塊が崩れ落ちる。
オルディオの身体からは赤黒い液体がどくどくと溢れ出ていた。
「…やっ………た………」
ぽつりと、ウガトルドが呟く。
その身体は力を失い、ガクリと膝をつき、そのまま地面へと倒れた。
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