ルフラン


本編



突きつけられた切っ先がウガトルドへ届くことは、なかった。
もうすぐ届く。
その僅かな距離で、巨大な鎌がまるで盾になるかのように槍の切っ先を防いでいた。
鎌の持ち主は、ウガトルドが契約を交わした使い魔の少女。

「ロキさま!大丈夫でございますか!」
「…テユール…」
「あまり油断をしないでくださいまし!見ているこちらが冷や冷やいたしますわ!」
「…悪かった。感謝する。」
「どーいたしまして。」

テユールは愛らしい無邪気な笑みを浮かべると、ウガトルドの矛、そして盾になるかのように、彼の前に立った。


12 在ったかもしれない未来。


「契約者、オルディオ=メルクスの名を以て命ずる。戦の化身ベクセルよ。我が刃となりて、我が願いに答えよ。」
「契約者、ロキ=ウガトルドの名を以て命ずる。勝利の化身テユールよ、我が刃となりて、我が願いに答えよ!」

声は同時に放たれた。
互いの手の甲が赤く光るや否や、テユールは鎌を、ベクセルは斧を、互いに振りかざす。
二人は戦の化身と勝利の化身。
似たような力を持つ二人の実力は、ほぼ互角。
ギィンと鈍く金属と金属がぶつかり合う音がし、二人は一度距離を取った。

「あら、ベクセル。貴女はオルディオさまと契約されたんですね。ふふ、相変わらず下品な戦い方をしてきたのかしら?」

テユールは挑発するようにそう告げる。
ベクセルはギラリと血のように赤い瞳を光らせると自分の身体よりも大きいであろう巨大な斧をぐるんぐるんと振り回しテユールへと振り下ろす。
彼女はそれを踊るように交わすと、鎌で切りかかった。
テユールの戦い方は踊るように、舞うように、軽々と。
しかし反対に、ベクセルの戦い方は雄々しく荒々しい。

「ふ、ふふふ、はは、あははははははははははは」

高々と笑い声をあげたベクセルは狂ったように斧を振り回す。
その姿はまるで狂戦士。成程、優雅に戦うテユールにとっては下品と言ってもいいのかもしれない。
二人は互いの契約者を狙いたいが、そのためには互いをまず消滅させなければいけないので、困難だ。
そして契約者の二人もまた、ただただ使い魔二人の戦いを見ているだけではなかった。
ガキン、とぶつかり合う音がする。
オルディオは槍を。ウガトルドは剣を。
それぞれ互いにぶつけ合い、敵の命を奪わんとしていた。
何処か余裕そうな表情のあるオルディオの顔は、ウガトルドを苛立たせる。

「やけに余裕そうだな、オルディオ!」
「当然ではないか。この私が負ける未来なんて、有り得ない!」

巨大な槍を振り下ろせば、ウガトルドはそれを剣で防ぐ。
こんなにも大きな武器を振り回しているだけあり、彼の力はとても強い。
今にも圧されてしまいそうだった。
ギリ、とウガトルドは歯を食い縛る。
全てがシナリオ通りだと。彼は言った。
全て。自分のこの感情も、この復讐も、この戦も、手のひらの上なのだと。
この時、ウガトルドは僅かに後悔した。

(もしも、復讐なんて考えずに、クロスやユーリと、今まで通り過ごしていたなら。)

自分のことをいつも気にかけてくれていた、明るく温和なクロス。
もうすぐ子どもが生まれると言っていた。
彼の子が生まれた時、自分の息子に出来なかった分の愛情を代わりに注ぐことも出来たのではないか。
誕生日の度に大量のプレゼントを買って行って、おいおいまたこんなに買ったのかと、苦笑する彼の顔を見ることも、また、愉快だったのではないか。
これではどちらが父親なのかわからんなと、そうユーリが茶化す位、甘やかしてやることが出来たのではないだろうか。
そして、ユーリ。
アイツは本が、好きだった。
無駄に本を読んでばかりのアイツを無理矢理外に連れ出して、無理、厭だ、溶ける、なんて叫ぶ彼を尻目に太陽輝く空の下へと連れ出して、からかうのも。
きっと。
きっと楽しかった。
そんな未来を。目先の復讐の為に。台無しにしたのか。

「ぐ、う、あ、ああああああああああああああああああ!」

ウガトルドは唸るように叫び、剣で槍を、薙ぎ払う。
身体が重い。胸が苦しい。視界が赤で歪む。

(赤…)

手の甲で目をぬぐえば、その瞳は、赤い涙を流していた。
何処までも、化け物へと成っていく自分の姿は、復讐に囚われた道化の末路に相応しい。
掛け替えのない未来は戻らない。
あの日々はきっと、取り戻すことは出来ない。
それは復讐を無事果たして、この男を倒したとしても、変わらないだろう。

「それでも私は構わない!これがお前のシナリオ通りだと言うのなら!!私はそのシナリオを台無しにするまでだ!!!」

踏み込み、巨大な身体の懐へと入る。
いくら槍のリーチが長くても、懐へ入ってしまえば逆に不利だろう。
ウガトルドは手に持つ剣を力強く握りしめた。

「オルディオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

ウガトルドは叫びをあげながら、彼の肉体に、その刀を力強く、突き刺した。

 


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