ルフラン


本編



「大丈夫ですか、イーファさま。」

栗色の髪をした少女がイーファに寄り添う。
半裸の身体に未だ浮かび上がったままの青痣を眺めて、彼は深くため息をついた。
そう、「今」は「彼」なのだ。
まだ筋肉が然程つかない幼い身体が鏡に映り込んでいる。
そして彼の肩に手を乗せ、心配そうに見つめる少女の姿。

「ノルン。」

名を呼べば少女は、「はい」とだけ、返事をした。
空のように青い瞳が開かれ、こちらを見つめる。

「大丈夫だよ。まだ残っているなんて…みっともない姿を見せるね。」
「仕方ないことでございます。それに、みっともなくなんてございません。」
「…ありがとう。」

イーファはそう短く呟き、彼女の栗色の髪を撫でる。
指はするりと彼女の髪を滑った。

「いつも、側にいてくれて。」

呟き、イーファは優しくノルンへ微笑む。
ノルンは口元に笑みを浮かべ、彼にそっと顔を寄せた。

「私は、あなただけの使い魔ですから。」


10 開演、黄昏の戦。


夜明けを告げる鐘の音が、戦の合図だった。
戦が始まる朝に鳴る鐘ヘイムダル。
この鐘の音を聞くと共に、赤と緑の兵の声が唸るように響き渡った。
赤い兵士はアスルド国。緑の兵士はヨトゥン国。
この二国の戦を聞いた民達はその戦地から逃げるように姿を消した。
戦の舞台はこの二国を挟むように存在する森の中。
この森の奥深くには氷の森があり、巨大な城ユグドラシルが佇んでいる。
ユーリとクロスの二人も、森の中を駆けていた。

「こんな森の中で戦なんて、とてもじゃないが効率的とはいえないな。陣営は乱れるし、何より敵の姿も不鮮明だ。」

ユーリは愚痴るように呟く。
仕方ないよ、とクロスは隣でため息を漏らした。

「アスルド国とヨトゥン国は元々、森を挟んで対になるように存在している場所だ。他の国を通りながらだと、ナーヴァやウラフの妨害がある。故に森を突っ切った方が、早いのだろう。」

そしてそれはアスルド国にとっても同じであった。
この戦が始まってから自国に侵入すればとにかく敵も味方も容赦なく攻撃をするスヴァトル国。
霧が立ち込め、侵入が困難なニルヴ国。
ニルヴ国は現在中立を維持しているが、やはりこの時期は霧が濃いため戦のために道を通るのは望ましくない。
この二国を挟まなければ、アスルドもヨトゥンも、森を突っ切らずに国へ進む術がないのだ。

「この前みたいに、わざわざ列車とか、交通機関使うわけにもいかないしなぁ。帰りはロキがなんかやったのか、気付いたら城に戻ってたし。」
「まぁ、そうだな。」

そう呟くと、どん、と地響きが聞こえた。
何の音かと身構えれば、目の前から水が迫ってくるではないか。
二人は目を丸め、思わず左右に散る。
どどどどと響く音と共に水は奥まで流れて行き、何人か、水に飲み込まれていった兵士の悲鳴が聞こえた。

「み、水…?」
「水、だな。」
「いや、どう見ても水だけど!水だけども!!」
「此処って、川、あったか。」
「ないに決まっているじゃないか!間違いなく先程まで陸地だった!」

つまり、何もないところから水が現れ、襲い掛かったということだ。

「あーぁ、残念。避けちゃった人がいたみたい。」
「まぁ、すぐに死んだらつまらないだろう。」
「何を言っているの、ヘルニル。オルディオ将軍のため、国のため、こんな戦さっさと終わらせましょう。」

奥から声がし、現れたのは赤い軍服の男女。
赤い軍服はアスルド国軍であることの証だった。
そして彼ら二人の周囲を、二人の少女が飛んでいる。
一人は紫がかった白髪で髪が短く、まるで少年のような姿をしている。
もう一人は同じく紫がかった白髪で、髪は足元まで長く、おしとやかな少女の姿だった。
瓜二つな顔立ちからして、双子のように見える。

「おい。クロス。」
「あぁ、わかっている、最悪だな。」

二人はあることを考えていた。
何もないところから現れた水。
二人の人間。
そしてその人間の周囲を、踊るように舞っている二人の少女。
テユールと名乗る少女を従えたウガトルドの姿と、重なった。

「イーファさまが授けてくださったこの力があれば、負ける気なんてしないわ。」

そう言って、赤い軍服を着た女性は恍惚な笑みを浮かべていた。

 


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