ルフラン


本編



「宣戦布告?」

ユーリの言葉に、そう、とウガトルドが笑みを浮かべながら答える。
差し出されたチョコレートは、とてもではないが口にする気にはなれない。

「まぁ、あいつの息子を私が殺したんだ。当然だろうな。」
「だからと言って!あのアスルドと開戦なんて…益々民の犠牲が増える一方だ!!」

思わず声を荒げるユーリに、ウガトルドはきょとんと眼を丸める。
何故ユーリが怒っているのか、全く理解していないようだ。

「安心しろ。その為に今まで、周辺国を侵略して勢力を拡大したんじゃないか。」

ウガトルドはユーリを安心させようと、ぽんぽんと優しくユーリの肩を叩いた。

「負ける気はしないよ。」


8 終焉へのカウントダウン。


「クロス!おい!クロス!」
「聞こえているよ。ユーリ。」

ずんずんと強く足を踏み込み部屋へと入れば、表情が曇っているクロスの姿があった。
新聞を持ち神妙な面持ちをしている。
その新聞には、アスルド国将軍の息子、バドルが殺害された旨が大々的に掲載されていた。
バドルの死に怒り狂った将軍が、ヨトゥン国に正式に宣戦布告を表明している。

「私にも先程、ロキから話があった。今日は戦力を集めて、明日出陣するそうだ。」
「何も言わなかったのか、お前。アイツに。だって、アイツは…」
「わかっている。わかっているよ。」

ユーリの言葉を遮り、クロスは手に持っていた新聞をそっと畳む。
チョコレートを一口飲み、はぁ、と深いため息を漏らした。

「わかっている。奴が異常なことは。けれど、私たちではどうしようもできないこともまた事実だ。」
「…そうだが。」
「ならば、私たちにできることは民を守ること。それだけだ。」

ユーリの言っていることは最もだ。
数年前から異変に気付きつつ、ユーリもクロスも、ウガトルドを引き留めることは出来なかった。
機会はきっとあったはずなのだ。
しかし、それを二人は見逃し、今日という日を迎えている。
それは紛れもない事実であり、自分たちが無力であるという、証。
事が起きた今、二人が出来るのはウガトルドを止めることではない。
戦禍が広がり、民の犠牲が出てしまうのを防ぐこと。

「ユーリ。生憎な、私はロキの気持ちが、よくわかる。」
「…クロス?」
「もしもロキの立場になっていたのが私だったら。妻を喪ったのが。子を喪ったのが。私だったら。きっと私は復讐していたと思う。」

シン、と辺りに沈黙が訪れる。
ユーリには特別愛すべき恋人がいるわけではない。家族は早い段階で亡くしている。
けれど、自分にとって愛すべき人が。不条理に命を奪われたら。
ウガトルドの気持ちが一切わからない訳では、ない。
けれどもそれが許されていいものでも、ない。

「難しいな。」

素直な感情が唇から言葉となって漏れ出る。
嗚呼、難しいよ。
クロスはそう相槌を打って、チョコレートを口にした。

「しかし解せぬのは。」

マグカップをことりとテーブルに置きながら、クロスは呟く。

「何故、ウガトルドが復讐に踏み込んだのか。その力を与えた者は誰なのか。」

クロスとユーリは、アスルド国へ赴いた時のことを思い出していた。
皆の前に現れた、巨大な鎌を持つ白髪の少女。
踊るように、舞うように、彼女はバドルを、そして複数のアスルド兵を亡き者とした。
ウガトルドは彼女を“勝利の化身テユール”と呼んでいた。
そして、契約、と。

「契約…勝利をもたらす力。やはり、噂ではなかったのか。」

クロスの言う噂とは、戦乙女の噂だ。
以前二人で所詮噂は噂だと笑っていた話だが、あれを見てしまえば信じずにはいられない。
彼の手の甲にある痣は、今思えば、数年前からあったのではないだろうか。
テユールという少女を召喚するにあたり光り輝いたからこそ違和感を放ったのであって、人の手の甲なんて一々気にも留めない。

「これは信じるしか、ないな。あんなもの見せられたら…人間じゃないよ。あれは。」

ユーリはクロスの言葉に頷く。
あんな大人一人分の身長はある巨大な鎌を何もないところから現れ振り回す少女は、少なくとも、人間ではない。
そしてそんな人ならざる力を与えられるのは、戦乙女のみ。

「なぁ。ユーリ。この戦が進めば、自然と戦乙女のことも、もっと知ることが出来るだろうか。」
「クロス…?」

クロスは、ぐ、と手に力を籠めて固く握り拳を作った。
変貌を遂げた、自分たちにとって、兄のような存在、ウガトルド。
彼が復讐に身を投じるほどに変貌してしまったのは、何故なのか。
あの少女を操る力を持ったのは、何故なのか。
争いが激化することで、得をする人物は、誰なのか。

「私は真実が知りたい。」

クロスは真っ直ぐユーリの目を見据えながら、そう答えた。

 


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