ルフラン


本編



水晶で出来た城の中で、一人の少女が佇んでいた。
大腿部まで伸びたブロンドの髪はリボンで一つに束ねられている。
翡翠の瞳は水晶の輝きに反射して、それはそれは美しく輝いていた。
無数の鏡に囲まれた少女は、ふと顔を上げる。
少女の目の前には、透き通った巨大な結晶が、周囲を照らすように輝いていた。


4 導く者。


ウガトルドが妻と子を喪った理由は単純。彼らがヨトゥン国民だったから。
豊富な知識と容量の良さを気に入られたウガトルドはアスルド国に招かれた。
この国を仕切る将軍オルディオはヨトゥン国民を毛嫌いしていると聞いていたのでどうなるかと思っていたが、特に何をされるでもなく、国民は親切そのものでこれは奇遇だったのだと、ただの噂だったのだと、ウガトルドは思っていた。
しかし、突然事態は一変する。
将軍オルディオがナーヴァ国と戦をするにあたり、知恵を貸して欲しいとウガトルドに依頼してきたのだ。
当然将軍の申し出を断る訳もなく、ウガトルドは将軍の元へと赴き、戦略に知恵を貸した。
その帰り。
自分の帰りを心待ちにしていたであろう妻と子は、見るも無残な姿で床に転がっているではないか。
家の中は荒らされ、金品も奪われ、あろうことか妻は、強引に犯された痕跡まであったのだ。
そしてその後日、アスルド国はナーヴァ国と同盟関係を結んだ。
戦をするなんて、嘘だったのだ。
全ては、この為。
ヨトゥン国民である妻と子を殺め、ウガトルドを苦しめる為。
全てを察したウガトルドは涙を流し、アスルド国へと復讐を誓い、力を求めた。
その時に現れたのが、一人の少女。
肩まで伸びた栗色の髪をした少女は無感情にこちらを見つめていた。

「我が名はノルン。勇敢なる騎士よ。そなたは力を望みますか。」

ウガトルドは何が起きているのだろうと、冷たくなった妻の亡骸を抱きしめながら少女を見つめた。
しかし今わかることは、この少女の手を握れば、力を得られるかもしれないということ。

「力が…欲しい…」

喉から絞り出すように、声を出す。その声は自分でもびっくりする程、掠れていた。

「力が欲しい。妻の命を奪ったアスルド国民を。私を騙したオルディオを。全てを復讐するための力を!私は!力が欲しい!!」

亡骸を力強く抱きしめて、吠えるように叫んだ。
こんなこと、アスルド国の中で言ってしまえば極刑もいいところだろう。
しかし形振り構わず、ウガトルドは声をあげていた。
そしてその怒りに何か感じるものがあったのか、ノルンと名乗る少女はウガトルドの頬へとそっと触れる。

「わかりました。…では、勇敢なる騎士よ。私の後へ、ついて来てください。」

ノルンはそう言うと、まだ幼いウガトルドの息子の亡骸を胸に抱き、くるりと背を向いて歩きだした。
ぽかんと、その様子を見守ってしまったが、此処にこのまま留まっていても、ウガトルドにとっていい事はないだろう。
もしかしたら、胸の中に抱いている妻のように、殺されてしまうかもしれない。
ウガトルドは妻を優しく抱えたまま、ノルンの後をついて歩いた。
一目を避けて歩いていると、森の中へと足を踏み入れていく。
緑生い茂る木々の中へと入っていくと、次第に緑は白く変わっていった。
木々が凍っている…否、氷で出来ているのだ。
何処を歩いているのだろうと思っていたが、気付けば氷の森に来ていたらしい。
吐く息も気付けば、白い。

「おい、此処、氷の森じゃないか。」
「えぇ。そうですよ。」
「こんな場所に来たところで、何も…」
「あります。あなたが求める力を与えてくれる方が、此処に。」

ノルンは無感情にそう呟くと、ぴたりと急に足を止めた。
目の前には同じく、氷で出来た氷の茨が何かを遮るように存在している。
このままでは先に進むことは出来ない。
どうするのだろうと思っていると、ノルンが茨の前に立てば、まるで彼女を歓迎するかのように茨がゆっくりと動き、人が一人通れるくらいの空間を作った。
その向こうには橋が見え、更に奥には水晶で出来た城が、巨大な樹のように佇んでいる。
通称ユグドラシル。
その城に恐怖と敬意を込めてつけられた名だ。

「ついて来て。」

少女はそう言うと、氷で出来た橋をゆっくり歩く。
何食わぬ顔で歩いていく彼女とは反対に、ウガトルドは滑らないようにそっと歩いた。
救いだったのは橋が思ったよりも短かったことだろうか。
橋を無事渡り終えると、それを見届けたかのように茨はゆっくりと再び橋の前を塞いだ。

「…こちらです。」

ノルンが示したのは巨大な城、ユグドラシル。
ギィ、とゆっくり水晶で出来た扉が重く開かれた。
中に入るよう、促されているらしい。

「この先に、あなたが求める力をくれる方がいます。」
「ここに…」
「さぁ。おいでください。」

コツコツコツと音を立てて城の中へと足を踏み入れる彼女の後を追うように、同じく城へと入って行った。
城の中も水晶で出来ていて、あたり一面が鏡のように自分の姿を映し出している。
赤子の亡骸を抱いた少女と、妻の亡骸を抱いた青年が映っている光景は、あまりにも異様だろう。
奥へ進むと、扉の前に二つの棺があった。
一つは大きく、一つは小さい。

「この奥に、います。しかし、亡骸を抱えたままあの方にお会いするのは失礼でしょう。ご子息と奥方様は、こちらへ。」

彼女の言っていることは最もだ。
何故都合よく棺が用意されているのか不信感がないわけでもなかったが、ウガトルドは胸に抱いていた妻の亡骸をそっと棺の中に眠らせる。
ノルンも同じように、丁寧に棺の中に息子を眠らせた。

「さぁ、この扉の奥へ。此処から先は、貴方一人で。」

ギィ、と入口の扉と同じように、歓迎するように扉が開かれる。
大丈夫、罠だとしても、武器は懐に忍ばせてあるのだから。
ウガトルドはうんと心の中で頷くと、扉の向こう側へと足を踏み入れた。

 


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