ルフラン


本編



力が欲しいと、男は願った。
守りたかったものは、全て失てしまった。
愛する妻も。息子も。気付けば冷たく無残な姿へと変わってしまっていたのだ。

「力が欲しい。」

復讐を。復讐を。復讐を。
愛すべきものを奪った全ての者へ、復讐を。
妻を奪った、息子を奪った、アスルド人へ、あの国へ、復讐を。
力なく項垂れ、ただただ力を渇望し、涙を流す男の目の前に、一人の少女が立っていた。

「勇敢なる騎士よ。貴方は、力を求めるのですか。」


2 力を得た男。


コツコツコツと音を鳴らしながら、大腿部まで伸びた長い群青色の髪をたなびかせる。
ウガトルドは上機嫌だった。
それはそうだ。
何せ、ミガルド国とムスペル国の侵略を見事に果たし、レフ国との同盟も成功したのだから。
しかし此処で思考を停止させてはいけない。
更に深く、冷静に、考えなければならないのだ。
ウガトルドの目的は決して国の全てを侵略し、王となることではない。
力をつければ最終的に、アスルド国との交戦は避けられないものとなる。
あの国の民を残虐な限りで殺し尽くし、復讐を果たすことが彼の目標であった。
最近はユーリとクロスが不安そうな表情を浮かべることが多い。
しかしそれもきっと、順調すぎる勝利が不安である故なのだろう。
それであればこの軍を束ねる将として、その緊張状態を解いてやらねばならない。

「ふふ、上機嫌ですわね、ロキさま。」

クスクスと笑い声を立てて、一人の少女が現れた。
その少女は足音を立てることなく、今まで何もなかった空間から魔法のように姿を現したのだ。
しかし、ウガトルドは決してその程度では驚かない。
なお、彼女の言う「ロキ」というのは、ウガトルドのファーストネームだ。
この名前を呼ぶものは殆どいない。
いるのは、亡くなった妻と、プライベートの時には、クロスとユーリもそう呼ぶだろう。
真っ白な髪は腰まで伸び、新緑色のワンピースで身を包んだ少女は空色の右目と薄緑色の左目をきらきらと輝かせながら、にこりと微笑んだ。

「それもこれも全て、わたくしたちの力のおかげですのよ。感謝してくださいませ。」

上機嫌に答えた少女は踊るようにくるくるとウガトルドの周囲を回っている。
うんざとりとした溜息を漏らしながら、ウガトルドは少女を睨む。

「あまり騒ぐな、テユール。他のものに見られたらどうする。」
「あら、そうでしたわ、わたくし達とロキさまとのご契約は、秘密、でしたものね。」
「そうだ。それに最近、お前らのことが噂として飛び交っている。そんな中…“今”見つかるのは、喜ばしくない。」
「ふふ、戦乙女と契を結んだからこそ得たこの力。どうですか、ロキさま。ご感想は。」
「素晴らしいよ。とても。」

ウガトルドは自信の手のひらを見つめ、そしてなにかを掴むかのように、力強く握り拳を作る。
悲願の時は、近い。ウガトルドはそう確信していた。
何故なら。この数日後には。

「ウガトルド将軍。」

その時、自分の名を呼ぶ慣れ親しんだ声が耳に入る。
人の気配を察したのだろう。テユールもいつの間にか姿を消していた。
目の前には茶髪の青年。穏やかな金色の瞳がまるで太陽のように光り輝いている。
その瞳は、この数多く在る争いの中でも消えていない。
少し、羨ましい。

「クロスか。どうした、堅苦しい。今は我々だけだ、いつものようにファーストネームで呼ぶといい。」
「ではお言葉に甘えて。…なぁ、ロキ。一体どういうつもりだ?」
「どういうつもり、というと?」
「そのままの意味だ。昔のお前は、争いを極力嫌っていたはずだ。それがこの惨事は何だ。酷いというものではない。民は息絶えそれでも争いは続いている。」

その瞳はまるで…否、まるでではなく、文字通り責めているのだろう。
軍人に有るまじき博愛主義。
それでも黙々と軍人としての務めを果たしていたので気に留めていなかったが、彼の中にはやはり思うものは溜まっていたのだろう。
彼の拳は震えていて、爪が食い込み、今にも血が流れそうだった。

「私にも妻がいる。もうすぐ子が生まれる。だからお前の気持ちが決してわからない訳ではない。しかし此処数年でのお前の行動は、異常だ。」
「異常?何を言うクロス。ちっとも、異常ではない。これは普通だ。」
「普通?」

いつもはにこにこと笑みを浮かべているクロスの表情が崩れる。
その表情は、うん、嫌いではないな、とウガトルドは更に饒舌に言葉を続けた。

「そうだ、普通だ。戦争が起これば闘わなければならない。私は妻も息子も失った。それならば私に遺されたのは国しかない。国の為に闘うと誓ったのだ。それが今の私の生き甲斐。在るべき姿よ。」

これは少し説明が無理矢理過ぎただろうか。
そう思い、ウガトルドはちらりと横目でクロスを見つめた。
しかしクロスは納得しかかっているようで、無言で俯いているだけだった。
愛する家族を失った悲劇の青年が国に身を捧げる。
我ながら出来たストーリーだと思う、とうんうんと心の中で納得していた。
きっと此処にテユールがいたら、流石ですわロキさま、とウガトルドに賛美の言葉をあげていたに違いない。

「しかし現に、民は犠牲となっている。」
「嗚呼、そうだ。民の犠牲は防ぎきれていない。これは嘆かわしい事態だ。」

ウガトルドはぽん、と優しくクロスの肩を叩いた。
クロスは目を見開き、ウガトルドの瞳を見つめる。

「だからこそ、お前の力が必要なんだよ。民を想い、愛するお前の心が、な。」
「ロキ…」
「守ってくれ。民を。お前のこと、頼りにしているよ。」
「待ってくれロキ!話はまだ…!!」
「話は終わりだよ。カートライト。さぁ、次の作戦について、考えなければな。」

ファミリーネームを呼べば、クロスはこの意味を察したらしい。
苦い表情を浮かべながらも、ぺこりと、上官であるウガトルドに深く頭を下げた。

「了解しました。…ウガトルド将軍。」

それは友人から上司と部下の関係に切り替わった瞬間だった。

 


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