ルフラン


本編



或るところに、氷で出来た森がありました。
氷で出来たその木々は、溶けることなく存在し、周囲の光を互いに反射し辺り一面の色を奪っています。
森の奥深くへと進んでいけば、森の中心に、同じく氷で出来た巨大な茨がなにかを遮るように存在していました。
そして、茨の向こう側には水晶で出来た、巨大なお城が守られるように存在しています。
水晶は空を貫くようにして存在していて、それはまるで一本の巨大な樹のようにしてそびえ立っていたのでした。


1 滅びた世界のその果てに。


かつて、世界は一度滅びた。
八つの大陸にわかれた世界は更に分散され、僅かに生き残った人々も散り散りに分散されていった。
そして分散していった人々は、文化が分かれ、言語が分かれ、種族が分かれた。
その結果人々は「国」を作り、国と国が、互いにはないものを求め、自分たちの理念を信じ、争いを始めた。
争いは今も、続いている。

「ユーリ。また本を読んでいるのか。」

声をかけられ、ユーリと呼ばれた青年は開いていた分厚い本をぱたりと閉じる。
腰まで伸びた金髪と、燃え上がる焔のように赤い瞳をしていた。
せっかく一人の時間を満喫していたというのにと、ユーリは赤い瞳を鋭く細めて相手を睨む。
しかし睨まれた相手はまるでそんなことに気付いていないのか、気付いているけれど気に留めていないのか、へらへらと笑みを浮かべていた。
髪は肩まで伸びた茶髪で、金色の両目は穏やかな輝きを見せている。

「人が折角、僅かな一時を趣味に費やしているというのに、邪魔をするかクロス。」

クロスと呼ばれた青年は、ごめんごめんと軽く謝りながらユーリの隣へと腰かける。
その両手には白いマグカップが握られていた。
中には茶色い液体が注がれており、白い湯気がふわりと、甘い香りとともに湧き上がる。

「チョコレート。疲れ、取れるぞ。」
「…どうも。」

素直にチョコレート入りのマグカップを受け取り、口へと運ぶ。
一口飲めばカカオの甘味と苦みが口の中へ一気に広がる。
ふぅ、とほっとしたように息をつけば隣に座っているクロスが満足そうに笑った。

「美味いだろ、チョコレート。」
「中々な。しかし、高級品だろう。何処からとって来たんだ。」
「うちの将軍から。ほら、今日勝ったじゃん?それで、相手方から奪ったんだってさ。」
「成程。な。」

ユーリはクロスの言葉に納得をし、更に一口、チョコレートを飲む。
幾つもの国が生まれ、争いがもたらされている。
しかしここ数年の間で特に激化しているのが、氷の森と称される、文字通り氷で出来た木々で出来た森を囲むようにして設立された九つの国である。
元々、この九国は睨み合いを続けていたが、数年前、ユーリたちの所属するヨトゥン国の将軍、ウガトルドが急に軍を集い宣戦布告した。
そして、それをきっかけに各国が同じように宣戦布告をし、派手な戦争が行われ始めたのである。
ヨトゥン国はすでに隣国であるミガルド国とムスペル国を侵略し、レフ国とは現在同盟関係を築き、確実に勢力を拡大中だ。
しかし、ウガトルド将軍は元々此処まで好戦的な人物ではなく、知識が豊富で悪戯好きな、兄貴分のような性格の人間。
ユーリは彼が開戦を受け入れ、積極的に勢力を伸ばしていることを今でも信じられないでいる。

「いくらこんな高級品を得て豊かになったところで争いはやはり喜ばしくない。それに、ウガトルド将軍の変わりようは、私も気掛かりだ。」
「…クロスも、か。」
「まぁ、な。数年前までは、あんなことはなかった。奥方を亡くされたことも影響はしているのだろうが、しかし…」

クロスは言葉を詰まらせる。
どうやらユーリと同じく、ウガトルドの変化に戸惑っているようだ。
そして互いに、彼の変化、そして、この戦争の激化には、心当たりがないわけではない。

「やはりあの噂は、本当なのだろうか。」
「戦乙女の噂、か?」

クロスの投げかけに、ユーリはこくりと頷く。
アスルド、ナーヴァ、ウラフ、スヴァトル、ミドルド、ヨトゥン、ムスペル、レフ、ニルヴ。
この九国の中心には、氷で出来た森が存在する。
そしてこの森の中心には水晶で出来た、まるで巨大な一本の樹のようにそびえ立つ城が存在した。
人々はその城を通称ユグドラシルと呼び、この城の中には戦乙女が暮らしていると言われている。
戦乙女と出会った者は勝利を呼び込み、そしてそれを得る力を授けられるというのだ。
しかし、その力によって、多少のリスクが生じるということも有り得なくはないとか。
ユーリは将軍の変化は、この戦乙女によるものではないかと睨んでいたのだ。

「ユーリが噂を信じているなんてな。驚きだよ。」
「私だって、信じたくはないさ。でも、それならばすべての説明がつく。」
「それはまぁ、私も同意だが。」

クロスはそうつぶやいて、少しぬるくなったチョコレートの残りを、ぐいと一気に飲み干す。

「噂は所詮噂。我々はただ、闘うだけだよ。民の為に。国の為に。」
「…果たして、それが国のためになるのだろうか。」

ユーリはそう一言吐き出すようにつぶやいてから、クロスと同じくすべてを飲み干した白いマグカップを、テーブルの上へそっと置いた。




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