悠久休暇


本編



新聞には、一人の女子生徒が教室で亡くなっていた旨の記事がデカデカと記載されていた。
教室全体が百合の花で覆われていて、そんな真っ白な教室の中、少女は眠るように死んでいた、と記事には記載されている。少女は学校で虐めに逢っていたそうで、思い詰めた挙句自殺をしたそうだ。死亡解剖をした結果、死因は窒息死で、なんと少女は妊娠をしていたらしい。少女の筆跡で遺書が書かれており、虐めを苦に自殺をしたのだろうと警察は調べているそうだ。
学校側は最初、自殺を否定していたが、死亡した少女の自室には大量の自殺の証拠が発見されている。少女の日記や、裸の少女が複数の男子生徒に暴行されている写真。きっと、この写真は虐めを話せばこの写真をばら撒くと脅された際に渡されたのだろう。元のデータは首謀者が持っているため、少女に少し嫌がらせとして渡しても支障がない故だ。だからこそ、少女の虐めは実際に存在したのだと、知らしめることになったのだが。そこまで想定していなかった辺り、所詮は学生の虐めだ。
つけっ放しにしていたテレビでも、その話題で持ち切りになっている。年老いた評論家や、正義感の強い目元の皺が目立ち始めた女子アナウンサーが「何故虐めを防げなかったのか」のかと熱論している。
これは確かに自殺かもしれない。
でも、他殺でもある。
薄暗いあの店で、追い詰められた顔で現れた少女。あの少女を、救えたかもしれないのに、その手を取り、地獄へと導いた男の顔が頭を過る。
結局自分は、気付けば街中に居たのであの日の光景は夢だったのだろうかと疑った。
しかし、あの少女も。あの男を掴んだ時の感触も。手を振り払われた痛みも。
全て間違いなく、本物だった。

「止めなければいけない。」

独り言のように、新聞を読みながら、ぽつりと呟く。
彼女だって、あの時死なずにもう少し頑張ってみれば、明るい未来があったのかもしれない。正直に全てを話していれば、打ち明けていれば、きっと両親は助けになった。だって、大事な娘なのだから、その言葉を信じない親はいない。
そして彼女の過去を全て受け入れた上で、生涯を共にしてくれる人に、いつかは出会えたかもしれない。そうすれば、辛い過去をバネにして、幸せな人生を送れたかもしれないのに。
それを彼は、あの男は、あっさりと奪い取ってしまった。
許されていいはずがない。
そもそも何故、あの男があの店を営んでいるのか、「自殺志願者を支援する」なんて、面白半分でやっているようにも思えないし、何か目的があるのだろう。

「……蒼ヶ崎学園、か。」

新聞には、自殺した少女が発見された学校名が記載されていた。普通であればせめて学校名は隠されるだろうに、マスコミというものは恐ろしい。
偶然にも、この学校は、自分の母校でもあった。

(彼女があの店を訪れたということは、在校生でも「悠久休暇」を知っている子がいるかもしれない。)

仮にも卒業生なのだから、卒業生が母校へ訪れることは変でもないだろう。
もしかしたら、自分でも知り得ない何かを知っている生徒がいるかもしれないし、ネット上の情報だけではない何かを少しでも得られる可能性があるのであれば、調べてみる価値はある。全てはあの男の凶行を止める為。
思い立ったが吉日。先日悠久休暇を訪れたその客人は、ぱさりと新聞を閉じるといそいそと身支度をして暑くなり始めた外へと足を向けた。

『……………も……で…すね……』

家主が消し忘れたテレビの音が、扉から漏れる。

『しかし、この学園では数年前にも、生徒が亡くなっていますよね。』
『あの時は屋上からの飛び降りでしたね。可哀想に。結局あの事件も、虐め故の自殺だったのか、突き落とされたのか、はっきりしないまま時が経ってしまいましたね。』

プツン。

「おや。消すのかい。見ていたところだったのに。」

同時刻、悠久休暇では一人の男が訪れていた。以前訪れた雅楽とは違い、銀色の長い髪を下で一つに縛っている。服は真っ白な華服のようで、キセルを加えながらぼんやりとテレビを見つめていた。
ニュースは件の女子生徒の話題ばかり。途端、過去の事案をテレビが話し出した途端、この店の店主である小鳥遊浮が不機嫌な顔をしながらテレビを消してしまったのだ。その手は小さく震えている。それは果たして不機嫌故か。

「僕は見ていたくない。」
「先程まで上機嫌だったじゃないか。それとも、あのニュースは解せないかな。」
「薬利。おしゃべりが過ぎるよ。」
「スギルなだけに?」
「そんな洒落、いらない。」

はいはい、と薬利と呼ばれた男は懐から袋を取り出し小鳥遊へと手渡す。
小鳥遊は袋の中身を確認すると、うんと納得するように頷き数十枚の札束を渡した。
以前にも述べたように、悠久休暇は小鳥遊一人で運営している訳ではない。死体の運搬や設置というものは主に雅楽が担当してくれているが、この薬利は薬が専門だ。そして雅楽は金であったり酒であったり食べ物であったりと謝礼が安定しないが、薬利の場合、謝礼はお金を渡せば済むのだからある意味雅楽よりもビジネス的には楽だろう。
そのお金の元々の出所は、依頼主が渡して来るものだったりする。基本的に悠久休暇は金銭を要求してはいないが、中には金品を渡してくる者もいるのだ。あったところで何の役にも立たないから、と。
薬利は札束を数え終えると、満足そうに懐にしまった。相応の報酬だったらしい。

「うん、おっけー。じゃ、ワタシは帰るかな。」
「なんだ、もう帰るのかい。」
「生憎、ワタシには他の仕事もあるのでね。」

薬利はふふ、と悪戯げに笑うとひらりひらりと踊るように店を出て行った。無人になり、何の音も聞こえない店内で、小鳥遊は身体を椅子の中へと沈めていく。
ふと、自分の仕事を咎めた綺麗事をまき散らす先日の客人を思い出した。

「客人よ。君は覚えていないのかい。」

覚えていたら、あんな綺麗な人間にはなっていないか。
そもそも、覚えているからこそ、罪滅ぼしとして、あんな綺麗な人間になったのか。
どちらにしても、気に入らないなぁ。
はぁ、と溜息を洩らしながら小鳥遊はそっと目を閉じた。

第六話 悠久休暇の原点

ガタンゴトン。
電車の中で目を閉じて、流れのままに揺られている。程良く気温調整された電車の中は心地良く、このまま眠ってしまいそうになる。

『次は――』

車内のアナウンスが聞こえて、意識は現実へと引き戻され、ふと目を開ける。あともう少しで意識は完全に手放されるところだった。危ない危ないと他の乗客に気付かれない程度に小さく伸びをする。
どうやら目的の駅に着いたようだ。
かつては毎日、決められた作業のように乗り降りしていた電車を降り、目的地を淡々と目指す。制服姿の学生達とすれ違うが、彼らの表情はどこか暗い。

(それもそうか。)

あんな事件があった後なのだし、たとえ学部が異なっていれども、テレビや新聞で大々的に報道されれば全校中にその話は知れ渡っているだろう。なんせ、学校名が実名で公表されてしまっているのだから、マスコミが毎日訪れていてもおかしくはない。
学生と同じように校門を潜れば、自分のこともマスコミの一人だと思っているのであろう学生達は怪訝な瞳でこちらを見つめている。その瞳はまるで睨みつけているようにも見えるが、実際に睨んでいるのだろう。
学生時代よく使用していた昇降口ではなく、客人用の玄関へと足を運ぶ。
此処を利用すると、自分はもう卒業生なのだという不思議な寂しさが湧いて来るが、校舎の造りは卒業前からちっとも変っていない。
忘れかけていた道もいざ歩いてみると思い出せるもので、足は順調に職員室へと向かう。

「失礼します。お久しぶりです。」

職員室へと入れば、流石は私立なだけあり卒業してから何年も経つのに見知った顔が何人もいた。
その中でも、老紳士風の穏やかな顔をした教師がにこやかに近付いて来る。この教師は自分が学生時代の頃からいる教師で、優しい風貌はあの時からなんら変わりないようにも見えるが、よく見れば目元に疲れが見え隠れしていた。

「やぁ、久しぶりだね。」
「お久しぶりです。少々お疲れのようですね。」
「はは、やはりわかってしまうかな。此処数日、例の事件のせいで警察やマスコミがたくさん来てね。」

そう言って、目の前の教師は苦笑する。
年老いているのも、以前より疲れやすい理由ではあるのだろうが、この教師が言うように今回の事件が疲れの大きな原因だろう。
生徒が一人亡くなっていて、しかも虐めを苦にした自殺なのだから、マスコミには格好の餌食だ。この教師は現在は中等部を専門としていて、高等部以降の惨事は耳にしていなかったらしいが、それでも中等部時代に気付いていれば、と無念の言葉を漏らす。

「学校で生徒が死んだのは、これで二人目だからねぇ。マスコミも余計騒いだんだろう。」
「二人目、ですか。」
「おや、覚えていないのかい。無理もない。」

その言葉に、思わず首をかしげる。今回の少女の件はともかく、それ以前に此処の生徒が死んだなんて聞いたことはないからだ。
そして教師の言う「覚えていない」という言葉から、少なくとも自分が学生時代にあった出来事で、少なからず耳にしていてもおかしくはないことであるということを意味している。
人が一人死んでいるのであれば、その時も大騒ぎになっているだろうし、多少は印象にも残っているはずだ。忘れるなんて、通常であればありえない。
では何故覚えていないのか。背中にぞくぞくと悪寒を感じるのは、何となく厭な予感がするからだ。

「君は目撃者だったからね。忘れてしまっているのも無理はないよ。あれは酷い事件だったからね。」
「目撃者…?」
「それに、君以外の目撃者も、卒業後に亡くなっているからね。先生も通夜には行ったが、奇妙な死に方をしていた。」

まるで、今回発見された女子生徒のように綺麗な死に顔だったそうだからね。
教師はそう言って、言葉を締めくくった。その死に方は、まるで悠久休暇に訪れた人々のそれと同じだった。
当時何があったのか教えてくれと問うてみたものの、教師はそれ以上何も話してくれなかった。全てを忘れてしまった自分への配慮なのかもしれない。つまり、忘れている方が自分のためである、ということだろう。
しかし、自分以外の目撃者が皆、悠久休暇を訪れているのだとすれば、この事件は悠久休暇と何かしら関わりがあるということで、思い出さない方がいいものだったとしても、今の自分には思い出さなければいけないことだ。

(本当に、何も変わっていない。)

結局それ以降、教師との会話は他愛のない世間話で終わってしまった。このまま何の収穫もなく帰るのも気が引けたので、事件のあった教室以外の場であればということを条件に教師たちから許可を取り、学校内を見学することにした。もしかしたら、校内をこうして歩いていれば、何か思い出せるような気がしたから。それだけでなく、生徒からも直接何か聞けるかもしれないというのもあるが。
すれ違う生徒たちは教師以外の大人は珍しいようで、ちらちらとこちらを気にして歩いていく。そういった生徒たちに悠久休暇の話を聞いてみたが、都市伝説としてネット上で出回っている範囲しか知っている者はいなかった。
何も思い出せないし、これ以上の収穫はないだろうかと廊下を歩いていると、学生時代よく通っていた屋上へ行く為の階段を見かけた。
昔は此処でよく友人と集まって弁当を食べたものだ。懐かしさから屋上を覗いてみようと思ったが、そこにはロープが張り巡らされ、進入禁止と手書きで書かれた紙がぶら下がっている。
何年も前から張られているらしく、紙は古びて黄ばんでいた。

「それは、もう十年位前から張られているものだよ。」

背後から声がして、思わず振り向くと、そこには一人の高校生がいた。
燃えるような赤い髪は彼岸花を連想させて、今の状況が状況故に、思わず背筋が凍るような感覚がした。しかもその瞳は、何もかもを見透かすような目をしているのだから、そう思ってしまうのは仕方ないだろう。
少年はにたりと口元に笑みを浮かべる。やはり、何かを見透かしているようだ。

「貴殿は相当、重い十字架を背負っているようだな。」
「何を言っているんだ、君は。」
「失礼。我はそういったものが見えてしまうものでね…生まれつきのもの、とでもいうべきか…」

怪しく笑う高校生は、どうやらその手の病気にかかっているらしい。初対面の大人に対してなんということを言うのだと叱ってやりたいが、こういう子供に限って都市伝説の類や昔ながらの噂というものは知っている。
気を取り直して、少年に色々と聞いてみることにした。

「何故屋上が侵入禁止になったのか、知ってるか?」
「貴殿の方がよっぽど存じ上げてそうだけれどね。まぁ、良いだろう。簡単な話だよ。そこの屋上から高校生が堕ちて死んだのだよ。もう十年も前になるらしいけれどね。」

少々演技がかった口調は気になるものの、それでも少年は丁寧に説明してくれた。

「気の毒な事故だったようだよ。屋上のフェンスがたまたま錆びていて、そこから転落死をしてしまったらしい。目撃者は同じクラスの生徒三人で、皆一様に本人がフェンスによりかかったら、そのまま転落してしまったのだと語ったそうだよ。本人が死んでいるのだからそれは信じないとどうしようもないだろうし、結局は事故ということで片付けられたそうだ。一部の人間は、その少年が…目撃者によって突き落とされたのではないか、とみているみたいだけれどね。その証拠かは知らないけれど、目撃者三人の内二人は、件の女子高生と同じように死んだようだし。嗚呼、勘違いしないでくれよ。我はその女子高生とはクラスが離れているのだから、虐めというのは存じ上げていなかったし、我は孤高の民、故に慣れ合いは好まぬ。」

つまり彼は少女の虐めには一切関与していない別クラスの人間で、クラスで団結して虐める所か、自分もまた、クラスで孤立している人間なのだから加担のしようがない、という自己弁護付きの解説だった。
しかし、と少年は肩を落とす。

「もしも生前の少女と我に交友があれば、我は彼女を救えたかもしれぬ。それだけが気がかりだがな。」

この少年は、ちょっと特殊な病気にかかっているものの、根は優しい少年なのだろう。だからこそ見ず知らずの自分に対してもこのように話をしてくれるし、少女のことも気に病んでいる。
やはり、あの少女はもっと懸命に生きていれば、この少年のような心優しい人間に出会えたかもしれないのに。

「すまない。話が逸れてしまったな。後、これは我がたまたま手にした情報で、嘘か真かわからぬもの故、話半分に聞いていただけると有難い。悠久休暇、という都市伝説はご存知かな?」

ご存じも何も、今まさにそれを調べているところだという言葉は飲み込んで置く。やはりこの少年は都市伝説に深い関心があるらしく、悠久休暇のことも知っているようだった。
どんな些細なことでもいい。ネット上で出回っている情報以外に、あの店の手がかりがあるのであれば。

「その目撃者が亡くなったのと、悠久休暇の都市伝説が広がり始めたのは、時期が重なるそうだよ。」

悠久休暇の都市伝説は何年も前からあるらしい、というのは知っていた。
だがまさか、自分も共に居合わせたかもしれない場所に。共にいたかもしれない人物が死んだのと同時期に。その噂が流れていると誰が思うのだろうか。
心臓の鼓動がどくんどくんと早くなる。

「ありがとう、少年。」

目の前の少年に別れを告げると、早足で廊下を歩き、校舎を飛び出し、そして駅へと向かう。最終的な目的地は、自宅だ。
自宅へ戻り、確かめたいことがあったのだ。そして、その事実を確認することで、頭の片隅に浮かび上がり始めた記憶が、完全に思い出されることになるかもしれない。
急げ急げと向かう足とは反対に、行くな行くなと頭の中で警報が鳴っている。思い出すべきでない記憶。確かにこれは、思い出さない方がいいのかもしれない。思い出してはいけないものなのかもしれない。けれど、確かめずにはいられなかった。
遅かれ早かれ、この事実は、この記憶は、知ってしまうことになるような、そんな予感がしたからだ。
電車に乗っている時間が、あんなにも無限の時間に感じられたのは今日が最初で最後だろう。駅に到着すると、自宅へ向かって早足だった足が次第に駆け足へと変わっていく。
はぁはぁと息を切らしながら、見慣れた自宅へと身体を急がせた。

『では、以前この学校で起きた飛び降り事件について…』

家の扉を開けると、電源をつけっぱなしだったのか、まだニュース番組が四角い箱から流れていた。
しかしテレビに目を向けている暇はない。扉を閉めて真っ先に向かったのは、自分の部屋にある棚。目的はその中にしまってある卒業アルバムだ。
高校時代の卒業アルバムを捲っていけば、自分のクラスのページには一人分、空白があった。顔写真の掲載されていないこの空白の主が、屋上から落ちて亡くなった生徒のものなのだろう。
事件性が強かったということから、卒業アルバムにその人物については掲載されなかったらしい。そもそも、彼が亡くなったのは卒業する前だから、卒業していない生徒として載せなかったというのもあるのかもしれないが。

(そうなれば…)

同時に取りだしたのは、中学時代のアルバムだった。例え高校時代にいない生徒でも、亡くなったのが高校時代なのであれば、中学時代のアルバムには掲載されているはずだ。この頃には、少なくともその生徒はまだ生きているのだから。
ぱらぱらぱらとページを捲り、高校時代と同じクラスのページへと辿り着く。クラスは基本的に中学時代と高校時代で変わらないので、探すのは非常に楽だった。そして、高校時代に載っていなくて、中学時代に載っていた少年が、そこにいた。
長めの黒髪が陰鬱とした雰囲気を漂わせている。もう少し前髪を切れば、それなりに整った顔立ちとなるのだろうが彼がこんなにも陰鬱になってしまったのは、髪だけが原因ではないだろう。
そして、ふと顔をあげれば、テレビ画面にも同じ少年の写真が、映し出されていた。
透き通るような赤い瞳は、あの店の店主に、よく似ている。

『当時屋上から転落して亡くなった、タカナシスギルくんは………』

全てを、思い出した。思い出して、しまった。
自身の犯した過ちを。
そして、自分は理解することになる。
彼を咎める資格がないことを。
あの店へ訪れることが出来た、その理由を。

 


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