アルフライラ


Side白



連れ去られていくアラジンを、見送る。
此処で逆らってはいけない。アラジンを助けようとしてはいけない。
一度見捨てなければ、この作戦は成功しないのだから。
心臓が、やけに煩い。
ドクンドクンと強く高鳴っていて、さっきまでアラジンもきっと、こんな気持ちだったのだろう。
彼だってまだ若い青年だ。
人前に立つことも、こうして危険な目にあうことも、覚悟をしているとはいえ、きっと怖いことなのだろう。
彼の勇気に比べれば、きっと、自分のこの緊張なんて、可愛いものなのかもしれない。

「ねぇ、待って、みんな。」

その場から立ち去ろうとする人々に、呼びかける。
彼の仲間と悟られないように。
あくまで、一般市民の一人と思われるように。
コクヨウの肩を抱き、身体を震わせる。これは、正直、演技ではなく、本当だ。

(怖い。)

自分も、捕えられたら。
失敗してしまったら。
でも、怯えてなんて、いられない。
アラジンだって、言っていた。後は任せたって、声は聞こえなかったけれど、そう言っているのは、伝わった。
繋げなければ。彼の意思を。

「……彼の言っていることも、間違っては、いないんじゃ、ないかな。」


Part9 繋がる演説:コハクとアリスの想い


「僕たちは、ずっと、子どもが欲しかった。」

彼の言葉に反応し、その場にいた人物は皆コハクのことをじっと見据える。
こんなに人に注目されるのは初めてかもしれない。改めて心臓が跳ね上がるのを感じた。
それでも、この緊張という重みに屈してしまったら、負けなのだ。
後は自分の想いを、素直に、正直に、語るだけ。

「彼女と夫婦になる時、話したんだ。子どもが欲しいって。性別はどちらでもいい。でも、元気で活発な男の子が生まれたら…きっと、家は賑やかになるだろうねって。そう言って、笑いあった。…その後、すぐだったよ。ノワールの手によって、この国の時間が止まったのは。」

そして、それ以来、子を産むことは叶わなかった。
どんなに試みても、子が産まれる気配はない。
それ所か、月のものも来ないのだと、コクヨウは戸惑い、嘆いた。それはそうだ、時が止まっているのだから、身体のサイクルも止まってしまっているのだろう。
もしも、自分たちが体質的に産めないのであれば、諦めることは容易だったかもしれない。
でも、自分たち以外の第三者の手によって、本当は望めるかもしれない子を望むことが出来なくなったという現実は、諦めがたいものだった。

「それでも、子どもだけが全てじゃないことは、僕も彼女もわかっていた。…だから、諦めた。例え子どもが生まれなくても、妻が傍に居て、永遠に…いつまでも、死ぬことなく、過ごすことが出来る。それがどれだけ幸せなことか、感じずにはいられないだろうって…、実際。幸せだ。彼女といると、毎日が楽しい。それは、結婚した当時と、変わらない。」

抱き締めているコクヨウの身体が心なしか強張っているのは、気のせいではないかもしれない。
ちらりと彼女の顔色を見れば、真っ赤に染まる頬が見えた。
こんな場面だというのに、思わず照れてしまう彼女の姿が非常に愛らしい。
思わず頬が緩んでしまいそうになるのを堪えながら、彼女の肩を強く抱いた。

「確かに、今のままでも幸せ…十分、幸せなんだ。でも…彼の言葉を聞いて、思った。やっぱり、僕は子どもが欲しい…って。」

とはいっても、自分が聞いた彼の言葉は、もう何年も前のものだけど、とコハクは心の中で付け足す。
当時出会ったばかりの時は、この青年は何を言っているのだと目を丸めたものだ。
この国は理想的で不自由なくて、変える理由なんてどこにもないじゃないかとあしらおうとしたこともある。
そんな自分を止めたのは、他でもないコクヨウだった。

「…私も、子どもが欲しい…」

当時の彼女も、同じことを言っていたな、と記憶の引き出しを開ける。
それを言ったのは、コハクとコクヨウのように寄り添う夫婦の、その妻だった。

「私もっ、私も、子どもが欲しい!この人との子を抱いて、育てて、未来を育みたい…!」

きっとアラジンは、あの時痛感したのだ。
一人だけではダメなんだと。
一人だけでは、何も変えることは出来ないと。
実際、コハク自身も、コクヨウの後押しのような一言がなければ、アラジンに同調することはなかったかもしれない。
一人より二人。二人より三人。そしてそれ以上に、説得力ある熱弁を振るう協力者はいるにこしたことはない。
そして、協力者に聡明な頭脳は整合性のある理論は必要がない。
大事なのは、そうしたいという人の想い。
人も想いは、何よりも人の心を動かす。

「…確かに、もう何十年も経つが…この国は、悪くなってもいないが、よくもなっていない…」
「この国は、本当に何処かがおかしいのかもしれない。」

ザワザワと、周囲が騒めき出す。
流れは確実に、コハクたちの側へと流れ込んでいた。
それでも、まだ、異論を唱えたそうに見つめている人々がいることも事実。
もうひと押し、必要だ。
そしてもうひと押しをする役目は、自分たち夫婦よりも、もう一人、我が子のように愛らしい、無口の少女。

「…私…は…早く、大人になりたい。」

あどけない少女の純粋なる想いは、人の心に真摯に届くことになるだろう。

「もっと大人になって、背も高くなって、胸も大きくなって、大人なお姉さんになりたい。…大人になって、もっと、この国を、よくしたい。子供のままじゃ、何も出来ないから。」

それに、と言葉を続けるアリスの顔は、先程のコクヨウと同じように、ほのかに赤い。

「好きな人と…恋をして、結婚して…って、出来たら、とても、幸せだと、思うから。」

スカートの裾を握りながら、もじもじと、恥ずかしそうに語る。
アリスは国民を見据えて、深々と、頭を下げた。

「私に、未来をください。」

アリスの想いが、届いたかどうかは確認するまでもないだろう。

「私も…大人になった我が子がみたい。ずっと赤ちゃんのままなんて、そんなの、寂しすぎる…大きくなって、成長していく子どもを見守るのが、母親としての幸せじゃないかしら…」
「僕も!僕も早く大人になりたい!何十年も子どもで、酒も飲めないなんてズルいしっ…それに!いつまでも子ども扱いなんて厭だ!!!」
「もしも寿命を迎えることになったとしても、もう、十分だ…十分過ぎるくらい、生きた。もし、寿命が尽きてしまうことがあったとしても…もう、この老体で何十年も過ごすのは、こりごりだよ…」

声が大きくなっていく。
未来を望む希望の想いが、広がっていく。
瞳に光を宿した者達は、視線を、宮殿へと移す。

「あの子が…アラジンが、言っていた。新しい未来を創ることこそが、そして、その創られた未来こそが、理想郷なんじゃないかって。」

オズは、宮殿へと視線を送る国民たちへ投げかける。
最後のもうひと押しは、彼の役目だ。

「ノワールは、その未来を創り出すことを放棄している。そして、異を唱えるアラジンを、強引に捕えた。…僕たちは、未来を創りたい。この後、僕たちが何をすればいいのか、もう、わかるよね。」

それは間違いなく、革命の合図に相応しい、演説の締めくくりだった。

 


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