アルフライラ


Side白



演説をする場所は、ノワールの宮殿前にある小さな広場にすることにした。
噴水から水が湧き出ている。
その様子を見ながら広場のベンチに腰掛け休む者、広場で一芸を魅せる者、すぐ隣の市場へ向かう為に横切る者と様々だ。
その噴水の前に、ノワールの宮殿を背にするように、アラジンは立つ。
太陽も昇らず、月も沈まず、朝・昼・夜という概念のないこの空間では、正確な時刻もわからない。
それでも、この世界でも時計と呼ばれるようなものはあった。
それは規則正しく動いている、手作りの時計。
或る時計屋が造っているその時計こそが、この国で時間を判断出来る唯一のものだった。
そしてその時刻は、昼時を少し過ぎた時間。
大きく息を吸い込む。
吸い込んだ息を吐き、少しだけ、息を止めてみた。
自分の心臓の鼓動が、これでもかという程早く鳴っていることがわかる。
これから自分がしようとしていることに、緊張しない訳ではない。
失敗するかもしれない。
しかし、誰かがやらなければいけないのだ。
かつて存在した、ペンギンという生物は、最初の一匹が水の中へと飛び込まなければ、餌を採ろうとしないらしい。
最初に一匹が飛び込んで、はじめて他のペンギンも後に続くのだそうだ。
この国の国民も、まるでペンギンだ。
自分たちから、進んで前へと進もうとしない。
それならば、自分が最初のペンギンになるしかないだろう。

「聞いてくれ。」

そしてついにアラジンは、演説を始めた。


Part8 異を唱えること:アラジンの演説


「皆は、この国に、何の疑問も抱かないのか?」

アラジンの声は、街中に響いた。
人々が行き交う広場は、宮殿とは目と鼻の先だ。
いくら人通りが多い場所を狙う為とはいえ、ノワールの膝元での演説はリスクが大きい。
それでも構わない、とアラジンは声を発する。
他の者達はそんなアラジンの姿がもの珍しかったらしい。国民の視線がアラジンへと集まっていく。
翠色の瞳で多くの国民を見据えたアラジンは、大きく深呼吸をし、ついに演説を始めた。

「突然、こんなことを言って申し訳ない。…それでも、俺は投げかけたい。なぁ、皆は、国民は、誰一人この国に対して、何の疑問も抱いていないのか?」

国民が騒めき出す。ザワザワという喧騒の中で、「一体何なんだ?」「此処は理想郷だ、疑問なんて、」という予想通りの声も聞こえて来た。

「この国は理想郷だ。そう思う人も確かにいるかもしれない。俺も、かつてはそう思っていた。…でも、この国で俺たちが何年、何十年、何百年と生きて来て、この国は…良くなったか?」

騒めきは、大きくなる。

「確かに食べることには困らない。飢えることもない。老いることも、死ぬこともない。しかし、逆を言えば、成長することも、若返ることもない。赤子は何十年も赤子のままだし、老人は何十年も、老人のままだ。人が死ぬこともなければ、生まれることはない。未来を創るための子供たちだって、生まれることはない!」

アラジンの言葉に、一人、震える女性がいるのを見逃さなかった。
彼女は腕に、白い布の塊を抱いている。その腕の中からは、赤子の鳴き声が聞こえていた。
きっと、この言葉は彼女にとって、重いものだったのだろう。
そして、彼女だけではない。
暗い顔をして俯く幼い子供。寄り添う夫婦。項垂れる老人。

「そもそも俺たちは、一体何のためにこの国に集まった?大災害で一度滅びた世界を、この国を起点として、再び甦らせる為じゃなかったのか?!この国の豊かさの恩恵を受け、惰落することが、国の為に、世界の為になるというのか?!このまま永遠に生き続けることこそが、理想だと、本当に言えるのか?!」

皆が皆、口籠る。
反論しようとする者は、いない。

「この都市国家を囲うように壁を造り、閉鎖的な世界で生き続けることが、理想だというのか?!本当の理想郷はそうじゃないだろう?!かつての国を!世界を!再び甦らせ、新しい未来を造る!造り上げたその世界こそが、理想郷になるのではないか?!理想郷は与えられるものではない!自らの手で!造り出すものだ!!」

拳に力が入る。国民たちは、自然とその視線をアラジンへと向けていた。
アラジンの言葉は、少なからず、彼等の耳に、胸に、響いているのだろう。

「ノワールが造り出した理想郷は可笑しい…可笑しいんだ!何故皆は疑問に思わない?何故延々と生き続ける?生き続けて、……お前たちは、どうするんだ?」

更に訴えかけようとしたその時、地面から生えた植物達が、アラジンの身体をまるでロープのように拘束していく。
植物は皮膚に食い込むように植物が絡みつき、千切れる様子ではない。
この植物も、魔術の類なのだろう。

「はい、そこまで。」

にこにこと笑みを浮かべた緑色の髪をした青年が現れる。
現れた方向は、ノワールの宮殿。恐らく部下の一人だろう。
彼を縛っている植物をぐいと引っ張ると、アラジンもそれにつられてよろめいた。

「君、何処でそんなこと言っているのか、わかってる?ノワール様の御膝元だよ?あんまり調子に乗らない方が、身の為だと思うけど…?」

藍色の瞳が、睨むようにアラジンを見据える。
アラジンはそれに屈することなく、この部下と思われる男を力強く睨んだ。

「…反省する様子はなし、ね。…まぁいいや、連行させてもらうから。」

青年は深い溜息をつくと、アラジンをまるで引きずるように歩いて、連行する。
抵抗したくとも自然と足は動いてしまう。動かなければ、本当に引きずられてしまうからだ。
振り向くと、その様子を慌ただしく見つめる国民たちの中に、見知った顔が紛れている。
アリス、コクヨウは心配そうにこちらを見つめているが、その中でもコハクは、しっかりとこちらを見据えていた。
まるで、後は任せて欲しいと言うかのように。
植物を引いて歩く部下に見えないように、わからないように、アラジンは声を発しないままに口を動かした。

『あとはまかせた。』

この言葉がコハクに通じているのかはわからない。
それでもコハクはこちらを見つめたまま、しっかりと頷いていた。

 


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