アルフライラ


Side白



人生とは、人が生きていく時間や、経験のことを示す。
人は、約数十年という、長いように見えてとても短い時間の間で生きる。
時には笑い、時には泣き、怒り、人との出会いや別れを経験し、愛や友情というものを育むことがあれば、恨みや憎しみというものを産み出してしまうことだって、ある。
しかし、そういったものを全て含めて人生というのではないだろうか。
限られた時間の中で生きるからこそ人間はその時間を大切にするのだろうし、限られた時間で得られる出会いを大事にするのではないだろうかと、それが、アラジンの持論であった。
だからこそ、人が生きるにあたり、当たり前とも思える、懸命に生きるための限られた時間を奪うノワールが、人が生まれ、育ち、老いて、死ぬ、当たり前すぎる人生の循環を奪うノワールが、許せない。
永遠という時間はとても甘美で魅力的にも見えるかもしれない。しかし、短い時間を生きるからこそ人間は懸命に生きるのであって、ただただ永く生き続けることは、堕落を産み出すだけなのだ。
こんなものは、理想郷なんて言うことは出来ない。

「ブラン=アラジニア。しつこい奴だな、お前も。」

無表情で呟き、アラジンを見下す一人の男。
忌々しげにも見えるし、哀しげにも見えてしまうその顔に、アラジンは見覚えがあった。正確には、見覚えがあったことを、思い出した。
かつては天に広がっていた青空のように爽やかな薄青色の髪と瞳。その髪は背まで伸びていて、三つ編みで結ばれている。
自分を見下す男の瞳は氷のように冷たく見えるが、真意を読み取ることは、アラジンにはかなわない。

「やっぱり、ノワール。お前が甘いからいけないんだ。」

その男、シャマイム=テヴァは、はぁ、と深く溜息を漏らした。
彼の溜息にノワールは少し、ぴくりと眉を動かしたように見えたが、それ以上、彼が何かを語る気配はない。

「やぁ、アラジン。何十年ぶりだろうね。否、もう百年単位になるのかな?嗚呼、こんな形でまた出会ってしまうなんて、残念だよ。」
「全くだ、シャマイム。かつては友人だと思っていた奴に、こんな形でまた会うなんてな。」


Part10 開かれる過去:アラジンとシャマイム T


小都市国家、アルフライラ。
未曽有の大災害が原因で行き場を喪った世界中の人々が、協力し合う為に、寄り添い合う為に作られた、小さな小さな、一つの街程度の大きさの国。
この国は唯一、大災害の影響を受けずに生き残った土地で、大気も大地も水も全く汚染がされていない、貴重な土地であり、そしてその土地を守るために、この都市国家を囲うように壁が連なり、災害の影響を受けない為の結界が施されている、アルフライラは、閉ざされた国となっていたのだ。
外に出るということは、災害の影響を直に受けるということにもなりかねない。まだまだ外へ出るのは危険なのだという統括者の判断の元、アルフライラから出ることは禁忌とされていた。
しかし、いずれ、何年何十年と時が経てば、環境を改善する術も生まれて、いつかまた、壁の向こうへと行ける日が来るのだと信じていたアラジンは、アルフライラからの勅命を忠実に守っていた。
新鮮な空気と水。瑞々しく実った食物。それらを得て、生きることが出来るこの国にも大きな不満はなかったし、災害の影響で病を患い、生まれる前に亡くなった父や、アラジンが成人したと同時に後を追うように亡くなった母のことを想えば胸は悼んだが、彼等の分も自分が生きて、この国や世界をより良くしていこうと、そう思っていたのだ。
だからこそ、母が亡くなったその数年後、初代統括者、シエル=カンフリエを亡くし、二代目統括者となったノワール=カンフリエが行った集会は驚愕するべきものであった。

「この国は、今日をもって理想郷へと変わる。国民は飢えることも、朽ちることも、また、それに怯えることもないだろう。この国は豊かさを永遠に保つ、理想郷と化すだろう。」

彼が何を言っているのか、理解をすることが出来なかった。
理想郷に変わるとは何なのか。飢えることも、朽ちることもないというのは、どういうことなのか。
確かに此処数年、かつての大災害の影響から時間を経て病を発症したり、母子感染で病気を持った子供が死亡したりすることにより人口は伸び悩んでいた。ノワールの父であるシエルや、その妻、つまりノワールの母親も大災害の影響が原因と思われる伝染病が原因で亡くなったと思われるもので、アルフライラ国内で問題になり始めている事象だった。
だからこそ、それが関係しているのだろうかと、集会が終わった後にアラジンは想い悩みもしたが、集会があった後も、アラジンの身の回りは大きく変化することはなかった。
否、一つだけ、目に見えて変化したものがある。
それは、「空」だった。
朝になれば青空が広がり、夕方になると赤く染まり、夜には黒く塗りつぶされる、そんな空が、色鮮やかな、夜明け前の紫色のまま、ずっと続いていたのだ。
白い星空が広がり、うっすらと、月と太陽が対になるように地平線付近でとどまっている、一見すると神秘的なような、不可思議な空。
だが、この空がきっかで大きな災害が起こることもなく、この空以外は不審な点を感じていなかったアラジンは、あの時の言葉も、次第に忘れるようになっていた。
しかしその数年後、アラジンは、それが何を意味するのか理解をすることになる。
きっかけは、この街の近所に住んでいた親子。
良い意味で、人を寄せ付ける傾向のあるアラジンの周りには、友人というものが多くいて、そんな自分に近所の子供たちが懐くことも多い。故に、近所の子供たちの殆どを、アラジンは良く知っていた。
まだまだ伸び盛りのその子供が、ノワールの集会があるその前年や、前々年と身長が伸び続けていたのを知っていたアラジンは、その子が身長の話を無邪気にするのが楽しみでもあったのだ。
だがノワールの集会があった後、その子供はアラジンに身長の話をすることはなくなった。
不審に思ったアラジンは、問いかけた。すると少年は、悲しそうに俯きながら、こう、答えたのだ。

「身長、全く伸びないんだ。」

身長が伸びていない。故に、アラジンに報告をすることが出来ず、落ち込んでいたのだ。
成長期が止まってしまったのだろうかとも思ったが、その子供はまだ十代になったばかり程度の年齢で、男女問わず、まだまだ成長してもおかしくない時期。
身長が全く伸びないというのは、あまりにも不可解だった。それだけではない。その子供以外のどの子供も、ノワールが集会を行った日以降、背が伸びていないというのだ。
更に変化は続く。
赤子を抱えた母親は、赤子がいつまでも、赤子のままなのだと嘆き始めた。
集会の時点でまだ乳飲み子だったその赤子は、数年たった今も、立つことも喋ることも出来ず、母の乳を求めて泣き続けているというのだから、これは、いくらなんでも不気味としか言いようがない。
全てが全て、ノワールが集会を行い、謎の宣言を行って以降、起こっている出来事だった。
アルフライラは小さな都市国家だ。
人が死んだとか、人が生まれたとか、そんな些細なニュースも、自然と人の耳に入るような、そんな小さな国ではあるが、あの日以降、人が死んだというニュースも、人が生まれたというニュースも、流れていることはない。
まるで全ての時間が、あの時で止まってしまったかのようで。

「まるでじゃないよ。本当に、時間は止まっているんだ。」

酒屋で友人たちと酒を飲みかわすと、友人から、そんな言葉を聞くことが出来た。
本当に時間が止まっている。
そんな非現実的なことが起こり得てしまうのだろうかと首を傾げたいところであったが、大災害の後、魔術が生まれ、魔術師が生まれたこの時代であれば、不思議なことがあってもおかしくはない。
しかもノワールは、初代統括であり、アルフライラ随一の魔術師でもあった、シエルの息子だ。彼自身が魔術を嗜んでいても、不思議ではない。
アルフライラ一帯を覆う結界魔法が作れるのなら、時間を止めるということも、可能なのだろう。

「しかし、何のために…?」
「ノワールさまも言っただろう。飢えることも朽ちることもない、って。時間が止まっている限り、俺たちは実質、不老不死の身体になってるっていうことだよ。」
「不老不死…?」

魅力的だよな、と酒に酔った友人は顔を赤らめながら語る。
しかし、アラジンには不思議とその響きが魅力的には感じられなかった。寧ろ、なんて恐ろしいことなのだとさえ、思えた。
時間の流れを無理矢理変えてしまうなんて暴挙、普通であれば、許されることではない。

「俺さぁ、実は仕事辞めたんだよ。」
「…え?」

この友人は、畑を耕し、その畑から実野菜を売るという商人をしていた。
アラジンもまた、商人の仕事に感心を持ち勉学をしていたため、この友人とは、それを経由して知り合ったも同然。
その友人が、自分と知り合うきっかけとなる商人の仕事を、辞めた。というのだ。

「だって、仕事なんて無意味じゃないか。お前も知っているだろ。この国じゃ、生きていく最低限の金貨は毎月一定の量が配られる。それで娯楽品を買うのは自由だが、結局、金なんてものの目安にしかならなくて、こんなの、今じゃ殆ど価値がない。気候が安定してるから衣服も数枚あれば困らないし、飢えることもないから食べ物だっていらない。仕事をしなくても、生きていけるんだ。正直、金がなくても、魔術師がいればなんとかなるしな。」
「それでも、仕事を辞めるなんて…!」
「なぁアラジンよ。お前は真面目だから、そう思うんだ。でも、働かずに、飢えることもなく楽して生きることが出来るなら、その選択を取る奴だって、ごまんといる。俺もそうだし、殆どの国民がそうだろうさ。ノワールさまには感謝してるよ、こんな、理想郷を作ってくれたんだからな。」

友人はガタッと席を立つと、懐から金貨を取り出して酒屋の店主に渡し店を出て行く。
本来であれば、この金貨が対価となり、新たな酒を買い、店を賄うのだろう。しかし、金がなくとも、魔術で酒の材料が作れる。酒が作れる。
魔術が発達して、魔術があれば困らない生活が始まってから、薄々生じていたこの事象は、金がなくても不自由することも死ぬこともない世界という変化を遂げ、更に増徴していたのだ。
一人取り残されたアラジンは、茫然と、友人が出て行った、扉をただただ見つめていた。

「こんなの…」

そして、一人、小さく呟く。

「こんなの、間違ってる…」

それが、アラジンがアルフライラに異を唱える、その、些細な切っ掛けになった。

 


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