アルフライラ


Side白



「…お前が、ブラン=アラジニアか。」

アラジンは今、赤い絨毯の上にひれ伏すように膝をついていた。
両腕は後ろで縛られていて、自由に動かすことなんて出来やしない。
今、自分は捕えられているのだと厭でも認識することが出来る状況だった。
赤い絨毯のを睨んでいた瞳を、上へと持ち上げる。
大きな、まるで玉座のような椅子に座るその男こそ、アラジンを捕えよと命令した張本人、アルフライラの統括者ノワールだった。
黒みがかった紫色の髪を一つに束ねているその男は、アメジストのような瞳をジロリとこちらへ向けている。
まるで人を見下すような、人を人とも思っていないような、そんな冷たい瞳だった。
この国の統括者という割には、彼の身に着けている装飾品は白いマントを止める為の金具や、耳に着けているピアス位だろうか、少なくとも、市場で商売をしている者たちよりも、ずっと質素だった。
だからと言って、騙されない。騙されるものか。
アラジンは目の前の宿敵ともいえる男を、睨み上げる。

「貴様が、ノワール…ノワール=カンフリエか。」

二人が向き合う。
そして、アラジンはノワールを見つめる視線のその先に、彼の背後に、古びた古時計が立っているのを見つけたのだった。


Part7 アラジンの作戦:各々の願い


アラジンが提示した作戦は、実にシンプルなものだった。
ノワールの悪行を街中で吹聴して回り、最終的にはノワールの部下に捕えられる、というシナリオだ。
当然リスクが大きすぎるその作戦に、アリスとコクヨウは反対した。
いくらこの国は不老不死の国、死ぬことはないとはいえ、例外がないとは限らない。
それに、万が一死ぬことがないとしても、それ以上のリスクを背負う可能性があるのだから、反対するのは普通だろう。

「一体何を考え付いたと思えば!そんな無謀なことをして無事で済む訳がないだろう!お前が捕えられてしまったら、私たちはどうなると思っているんだっ!!」
「…落ち着いて、コクヨウ。アラジンだって、決して何も考えずにこんなことを言っているという訳ではないと思うよ。」

頭ごなしに否定をするコクヨウを宥めるように、コハクが言う。
最愛の夫である彼の言葉は彼女にとって重みがあるのか、直ぐに口を閉ざし言葉を止めた。
それでも、アラジンを睨むような瞳であることには変わりない。
今にも泣きそうな顔で、不安で不安で仕方ないアリスの心情を彼女なりに汲んでいるのだろう。

「アリス、すまない。お前にそんな顔をさせたくてそんなことを言っているんじゃないんだ。」

流石のアラジンも、アリスの異変には気付いたらしい。
彼女の栗色の髪を優しく撫でながら、アラジンは自分が何を想ってこの作戦を提案するのか、理由を述べ始めた。

「確かに、リスクは承知の上だと思っている。だが、あえて街中で吹聴し、捕えられる…これが大事だ。いかにノワールがやっていることが非人道的なのかを説いてる途中に捕まれば、国民は捕えられた俺を『国に害を与える悪人』と捉えるよりも、『真実を話そうとして止められた者』と解釈してくれる人が増えるはずだ。」
「まぁ、それにはアラジンがいかにノワールの理想郷に違和感があるのか、きちんと説明しなければいけないけどね。国民がこの国に不満を持っていないのも事実だし、それを覆す演説をしないとなんだから、結構大役だよ。」

オズはそう言って、アラジンを見据える。
しかし、それはアラジンも理解しているのだろう。一度頷き、改めて残りのメンバーを見た。

「国民への理解は、俺だけで勤まるものではない。俺が捕えられた後、…改めて、お前たちにも、演説をしてほしい。」
「は、私たちにも?!それはどういう…」
「僕たちの気持ちを、純粋に国民に訴えるだけだよ、コクヨウ。」

真意を理解出来ないコクヨウは、頭にハテナを浮かべながらコハクを見つめる。
名前と同じ、琥珀色の瞳で彼女を見つめながら、コハクは優しく微笑んだ。

「僕たちの願い。子を産みたい。子を産み、そしてその子が更に子を産み、作っていく未来を見届けたい…この気持ちを、純粋に伝えればいいんだよ。そして、アリスの場合は、…大人になりたい、だったっけ?」

コハクの問いに、アリスが頷く。
力強く頷くその健気な姿に、コハクの表情は思わず緩んだ。

「そう。僕たちの願いは、他の国民の誰もが一度は願う想いだ。それでもこの国に反発する人がいないのは、ノワールに逆らうことが怖いということよりも、その願いを忘れてしまっている、ということの方が大きい。…僕とコクヨウは、それを忘れ始めていたことみたいにね。」

事実、子を成すことが叶わないと知ったコハクとコクヨウは、その本来の願いを諦め、二人で生きることを決意していた。
最初は少なからず葛藤もあったが、この平穏な日々が何年、何十年とも続いていけば、自然とそれが日常となり、かつて願った想いを忘れようとしていた。
もしもアラジンと出会わなければ、今も市場で買い物をして、二人で取り留めもない話をしながら一日を過ごす、なんていう小さな平穏な日々をこの先もずっと過ごしていただろうし、当然、最初はそんな平穏な日々に別れを告げるかもしれないことに抵抗もあった。
それでも、二人はアラジンの手を取った。
ならば、それは他の者にも当てはまることではないだろうか、という可能性を秘めている。それ故の、この作戦なのだろう。
子供だましかもしれないし、感情論ではあるかもしれない。
けれど、きめ細やかな理論よりも、感情論の方が人の心を簡単に動かせる時もある。

「願いや想いが強い程、現状への不満が一気に高まる。そうすれば自ずと、皆がこちら側に立ってくれる…アラジンは、それを狙いたいんだよね?」

アラジンは頷く。
コハクの予想はどうやら正しかったようだ。
それでも、必ずしも皆が味方になる確証はないし、言うなればこれは賭けでもあった。

「けれど、これで民がついて来ないのであれば、この先何年、何十年と活動を続けたところで、現状は変わらないだろう。それならば、今、思い切ったことをしてみるのも、方法の一つだと、俺は思う。」

此処まで言われてしまえば、他のメンバーは誰もアラジンに反論が出来ない。
この組織だって、元々はアラジンが作ったのだ。
リーダーである彼がそうすると決めているのだから、もう付いて行くしかないだろう。
反論したところでそれ以上のアイデアが出て来ないのは事実だし、直接ノワールへ無謀に殴り込むよりはずっと賢い選択だ。
それに、国民全員を味方にすることが出来れば、ノワールの部下が例え優秀だろうと、何人居ようとも、国民全員に対して太刀打ちすることは出来ないだろう。

「国民を味方にすることが出来れば、国民と、ボクたち全員で君を助けに向かうよ。…それが出来なかったら、きっとボクたちも、君と同じように、程無くして捕まるだろうけどね。」

オズはそう言って、笑う。
アラジン自身が捕えられても構わないと思っているのは、一度宮殿へ先に潜入し、彼の術の大元といえるものを探る狙いがあるだろう。
そして、例え捕えられても、皆がすぐに助けに来てくれると、信頼しているからだ。
なんとも甘くて浅はかな信頼だと思う者もいるかもしれないが、それでもオズは、そんなアラジンのことはどうしても嫌いになれないし、それ所か付いて行こうと思ってしまう。

「まぁ、後は任せてよ、アラジン。…此処は、リーダーって言った方が、引き締まるかな?」
「照れくさいから、リーダーはやめろ。」

そう言ってぶっきらぼうにそっぽを向くアラジンは、何処となく、嬉しそうに見えたのだった。

 


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