アルフライラ


Side黒



テフィラ=エメットは、何をするにも劣る魔術師だった。
誰よりも魔術を愛し、誰よりも、よりよき世界を作る為に魔術を役立てたいと願う、純粋な魔術師だった。
しかし、彼に才能と言えるものはなく、魔術を編み出し、試行をすれば失敗ばかりをしていた。
彼には魔術を編み出す閃きはあっても、その魔術を行使するために必要な魔力を操作する才がなかったのだ。
魔術の試行に失敗する度、テフィラは嘆き、涙した。

「ボクには…力が…力が、ない…」

唇が、肩が、小刻みに震える。
震えるのは失敗の副作用による苦しみ故か、それとも悔しさ故か、悲しさ故か。
或いはその、全てか。

「誰か…誰か、より強い魔力を持った魔術師がいれば…」

そうすれば、ボクの魔術を、よりよい形で使ってくれるだろうか。


Part6 才のない魔術師:テフィラ


まだアルフライラの時間が止まる、ずっと前のこと。
ジリジリと照り付ける太陽が白い肌に痛い位の刺激を与えている。
そんな昼下がりの中、テフィラはローブについているフードを頭にかぶりながら歩いていた。
フードを取れば太陽の光が直接身体を焼き尽くしてしまいそうなので、白いローブはその予防線のようなものだ。
それでも気休めにしかならないようで、太陽の光は確実にテフィラの体内にある水分と体力を奪っていた。

「…ッ、…み………水…………」

しかし、彼の水分が体内から奪われているその原因は、太陽の熱だけではなかった。
ズキンズキンと右側頭部は締め付けられるように痛んでいる。
神経が締め付けられ、体中の何かを吸い取られているような、そんな苦しみだ。
ぐらぐらと視界が歪んで、視界は砂の黄色しか見えない状態となっている。その他はぼやけていて酷く曖昧だ。人の姿もよく見えない。
そんな視界の中で歩いていれば当然足元はおぼつかない。
何かに躓き、テフィラは勢いよく転倒をした。
砂のおかげで地面に身体がぶつかる衝撃そのものは少なかったが、照り付けられた太陽によって大量の熱を帯びた砂は、テフィラの身体中の水分をあっという間に奪っていく。

(あ、これ、死ぬ…)

意識も視界も霞んでいて、ゆらゆらと全てが揺れている。
これはもう死ぬしかないのだろう。寧ろ死なせて欲しい。これ以上の失態は目も当てられない。
脳裏に浮かぶは、己を罵倒する父や母の声。失望する弟の顔。
当時、再びこの国を、世界を立て直す為にと、魔術の心得を取得する魔術師は多かった。
両親たちもそんな国民の一部であり、そして国民たちの期待に応えるに値する優秀な魔術師だったのだ。
そんな両親の間から生まれた弟も、当然両親を見習って魔術を学び、優秀な魔術師への第一歩を踏み出そうとしていた。
では自分はどうか。
自分だって、両親に憧れた。
でも、自分には、才能というものが欠片もなかったのだ。
怒らせることや悲しませることはあっても、喜ばせることはなかった。
意識が遠のくのに身を任せ、目をゆっくり閉じた時。

「大丈夫か?!」
「ぅわっぷ?!」

男の声と共に、体中に勢いよく水がかけられた。
慌てて顔をあげると、目の前には鮮やかな黒髪の男が心配そうにこちらを見下ろしている。
決して派手な装飾品をつけていないこの男には、見覚えがあった。

「……シエル……様……?」

目の前にいたのは、シエル=カンフリエ。
一度は滅びたこの世界を立て直そうと人々を一つにまとめあげ、このアルフライラという都市国家を造り上げた張本人だった。
手にバケツを持っていて、恐らくその中に汲んだ水をかけたのであろうということが伺える。

「お前、大丈夫か?!倒れていたじゃないか…こんな所で行き倒れるなんて…この私が統括をやっている間は、行き倒れることは許さないぞ?!」

シエルはそう言って、テフィラの腕を引くようにして立ち上がらせる。
まさかこの都市の統括者であるシエルにこんな醜態を見られてしまうとは思ってもいなく、テフィラは気まずそうに視線を逸らす。
これが両親や弟に知られてしまったら、ただでさえ失望されているのに、エメット家の恥として存在を抹消されかねない。
否、どちらにしろ死にかけていたのは事実だが。

「す、みません…ご、ご迷惑を…もう、帰りますので…」
「そういう訳にもいかんだろう。そんなよろよろな民を放って戻れるか。俺の宮殿に来い。妻の飯を食わせてやる。」
「え、いや、でも、そんな…悪いですし、いいですよ…」
「遠慮するな!さあ行くぞ!」

遠慮をしたいのだが、シエルの力は思ったよりも強く、勢いのままに引きずられていく。
これ以上抵抗した所で彼はぐいぐい来るだろうし、何より目立ってしまう。
醜態を晒し続けるのはあまり望ましいことでもないので、テフィラは大人しくシエルの後を付いていくことにする。
テフィラの腕を引いて歩くシエルの姿は堂々としていて、凛としていて、この国を、世界を立て直そうとする男に相応しい立ち振る舞いだと、そう思えた。
統率力があり、ありとあらゆる学問に精通していて、当然、魔術の知恵もある。
魔術の存在を見つけ、その力を人々に伝えたのも他ではない彼だ。

(僕には、とてもじゃないけど、眩しすぎて…)

直視出来ない。
才能がなく、失敗続きで、家族に見放された自分とは、大違いだった。

「どうだ、美味いか?」
「え、はぁ…まぁ……」

シエルの妻が作ったという料理はシンプルなものばかりであったが、味はとても美味だった。
ぎこちない仕草でナイフとフォークを使って肉を切り、口に運ぶ。この辺りの肉は、何年も前から備蓄されている、加工された固いものばかりのはずなのに、とても柔らかかった。
きっと、料理上手でとても工夫がされているのだろう。

「美味しい、です。」
「そうか!それは良かった!妻の料理は本当に美味くてな、私の自慢なんだ!」

シエルはまるで自分のことかのように、嬉しそうに、満足そうに笑う。
宮殿内は、思ったよりも質素で、広いだけで何もない場所だった。
特に部下もいないようで、ただ大きな家に住んでいるだけ…という表現が的確なのかもしれない。
部下はいないのかと尋ねれば、シエルは少し困ったように笑った。

「私はあまり部下というものを取りたくはなくてね…この宮殿だって、統括者の威厳というのかな。まぁ、国民同士が喧嘩をしたりすることがないように私の立場を強調すると良い、と…知り合いが言っていてな。」
「…そう、なんですか……」
「それより私はお前の頭が気になるぞ。その頭は何だ?」

シエルはフォークを握った手で、テフィラの右側頭部を示す。
そこからは、青々とした植物が生えていたのだ。
これは当然生まれつきついている訳ではなく、テフィラの魔術実験が失敗した過程で生まれてしまったものである。
この植物は神経に絡みつき、引き抜こうとすれば全身に痛みが走る。それだけでなく、テフィラの体力も自分の養分として吸い取ろうとするのだ。
彼が道端で行き倒れかけていたのも、半分以上はこの植物のせいである。

「えっと、そんな、大したことじゃない、です…ゼロから植物を実らせる魔術を考案してたら…失敗して、自分の頭から生えてしまった、それだけなんで…」
「ゼロから?つまり、種子なしで、ということか?」
「は、はい、そうです、けど…」

その言葉を聞いた途端、シエルはぱぁっと表情を輝かせた。
瞳をキラキラさせながら手を伸ばし、テフィラの手をがしっと握る。
食事の為に持っていたフォークやナイフを落としたのは、言うまでもない。

「あ、あの…」
「素晴らしい!種子なしで植物を生み出す魔術なんて、種子から早く育てる魔術はいくらでも考案者がいたが…種子なしで、ゼロからなんて…画期的にも程がある…!」
「わっ、で、でも、実際失敗してますし…」
「だが頭から生えて来たのだろう?!ありえない場所から!なぁ、テフィラと言ったな?!お前のその魔術…私に教えてくれっ!」
「えっ、あ、あの、シエル様…」
「お前の発想力は素晴らしい!魔術の為の術構築も、きっと間違ってはいない。失敗してしまうのは、何かしらの理由があるはずだ!お前が原理を教えてくれれば、私はそれを構築してみせよう!頼む、教えてくれ、私にはお前が必要なのだっ!そうに違いないっ!!」

必要。
その言葉を聞いたのは、もしかしたら、否、間違いなく生まれて初めてだった。
何より欲しかったその言葉に、胸が締め付けられる。
この人との出会いは必然で、運命で、自分は彼の為に、彼に出会う為に、存在していたのではないかと思えてしまう、そんな、高揚感。
あの胸の高鳴りは、二代目であるノワールを支えるようになった今でも、消えることはない。

「こら、あなた。食事中にマナー違反ですわよ。」

シエルが幼子を抱えた奥方様に勢いよくフライパンで殴られたのは、また、別の話だ。

 


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