アルフライラ


Side黒



宮殿に招かれた後、テフィラはそのまま留まることになった。
否、本来は帰ろうとしたのだ。
帰ろうとしたのだけれど、自分を必要としていない家族の元へ再び帰るという恐怖心が、足を止めてしまった。

「どうした、テフィラ。帰らないのか?」
「いえ、ちゃんと、帰ります。ただ。」

どう動かそうとしても、足が動かないのだ。
視界も上下に揺れ、不安定だ。
何故こうなっているのだろうかと視線を下へと動かすと、足ががくがくと震えていた。
今時、いい歳をして家に帰るのが厭で足を震わせる男がいるのだろうか。
厭、事実、此処にいるのだ。
よりにもよって、アルフライラの統括者であるシエル=カンフリエの目の前で、これは失態以外の何物でもない。

「帰りたくない、か?」
「いや、その、あの……」

帰れば、何と言われるだろうか。
少なくとも、自分が行き倒れそうになっていたという目撃情報は、親の耳に入っているだろう。
そんな状態で家へのこのこ帰れば、きっと。そう思うと、必然と、足が震え、帰るべきと頭ではわかりつつ、その場から動けなくなってしまっていた。
シエルはきっと、気付ただろう。
何故テフィラが帰ろうとしないのか。その意味を。
しかしシエルは何も聞かず、笑顔で言ったのだ。

「この宮殿で暮らさないか?」

と。
当然、テフィラは戸惑った。
いくら必要としていると言われ、嬉しかったといえど、そこまで甘えることは出来ない。
それにテフィラは、自分はそんな大層な人間だと思っていなかった。
彼は誰よりも、己に自信がなかったのである。

「お前は自分の才能に気付いてないだけだよ。でも、そうだな……そんなに遠慮するなら、私の息子の世話係をしてくれないか?息子もきっと、遊び相手が欲しいだろうからな。」

当然、賃金は払う。
そう言って、彼は朗らかに笑ったのだった。


Part7 出会い:ノワールとテフィラ


シエルの宣言の通り、彼の息子、ノワールの世話をすることになった。
冗談だろうと思っていたが、どうやら本気だったらしい。
まだ言葉を覚えて間もない幼子であるノワールとの対面に、テフィラは緊張を隠すことが出来ず、どぎまぎと視線を忙しなく動かしていた。
美しい金色の髪をした少女の人形を抱きかかえた少年は、紫水晶のような鮮やかな瞳でこちらをじい、と見つめている。
深い紫色の髪は母親譲りなのだろう。しかし、顔立ちは全体的に父親であるシエルの面影を醸し出していた。
目の前で対面することになった幼子に、テフィラはただ、困惑した。
まだ十歳にもならない弟はいる。しかし、弟は、大変出来た弟なのだ。十歳に満たない幼子とは思えぬほどに。
下手をすれば、世間一般の大人たちよりもよっぽど大人びている弟が幼子の基準であるテフィラにとって、目の前で人形と戯れている世間一般の幼子は、赤子にすら等しかった。

(やはり、人選ミスだと思います。シエル様。)

多少、意思の疎通を取れるくらいの年齢であればもう少し違っただろう。
しかし、シエル曰く、ノワールはもう言葉を話してもおかしくはない年齢なのだが、仕事で忙しい父や、穏やかで物静かな母と共に過ごしている影響なのか、少々言葉が遅いという。
そういう面で意思疎通が困難で、十代後半の彼と、五、六歳程度のノワールが一緒に遊ぶというのは、些か無理があった。
どうすれば良いか迷った挙句、テフィラは少し屈んで、ノワールと視線を合わせてみる。
その瞳をじっと見つめると、ぱちぱちと大きな瞳が、何度か瞬きをした。
紫色の瞳は透き通っていて、潤んでいて、いくつもの星が散りばめられているように、きらきらと、美しく光り輝いていた。

(まるで、夜空みたいな瞳だ。)

幼さ故の無垢。無垢故の輝き。そして、それ故の、美しさ。
いつまでも見つめていたくなるそれは、テフィラにとって、プラネタリウムも顔負けな、満天の星空だった。

「あ、う、あ。」

幼い声。その声の主の、紅葉のように小さな手が、そっと伸ばされた。
反射的にテフィラもまた、自分の手を差し伸べると、まだまだ幼い、ノワールの小さな手が、テフィラの指をぎゅっと握りしめた。
幼い手に込められた力はたいしたものではなく、ふにふにと柔らかな小さな手は、テフィラの指を握り締めたまま、得意げな笑顔を浮かべ、無邪気に、はしゃいだ。
きゃっきゃと楽しそうな笑顔を浮かべるのは、まさに、年相応の幼子のそれで、見ているだけで、心が温まっていくのを感じる。

「……はじめまして。」

まずは、挨拶が必要だろう。だって、初めて出会うのだから。そして、これから、世話になるのだから。
目を合わせて、微笑んで、元気よく。挨拶の必須事項だ。

「僕はテフィラ。テフィラ=エメット。貴方の遊び相手です。僕と一緒に、遊んでくれませんか?」

そう問いかけると、片手で人形を抱きしめ、もう片手で、テフィラの手を握り締めていた幼子は、大きく首を縦に振りながら、嬉しそうに、微笑んだ。
彼の笑みは、父であるシエル=カンフリエとそっくりで、嗚呼、彼とこの子は、本当に、親子なのだなあと、感慨深い思いを抱いてしまう。

「のわーる。」

目の前の、幼子が、舌ったらずなその小さな口で、言葉を紡ぐ。
ノワール。それは、彼の名前。

「ぼく、のわーる!」

そう言って、彼は、弾けるような笑顔で笑った。両親から目一杯の愛情を注がれて育った、花のような愛らしさで。
これが、ノワールとテフィラ、不老不死の国家を創り上げた、二人の魔術師の出会いであった。

 


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -