アルフライラ


Side黒



むかしむかしあるところに、とあるこどくなおとこがいました。
おとこはとてもこどくで、ともだちもいない、りょうしんからもかんしんをもってもらえない、とてもさみしいおとこでした。
そんなおとこは、とあるくにのぐんじんさんとして、くにのためにはたらくことになりました。
ぐんじんさんになったおとこは、えらいひとにまねかれて、きらきらひかるおしろへとあんないされました。
おとこはそこで、とてもとてもきれいなおんなのこにであいました。
おんなのこはおとこのこころをうばいました。
おんなのこにあえなくなってからも、おとこはおんなのこにこいこがれました。
そしておとこは、かのじょをわすれないために、ひとりのにんぎょうをつくりました。


Part4 光のドール:ルミエール


ルミエールの首がぐるりと動くと、翡翠の瞳がノワールを捕える。
宝石で作られたその瞳は陽に反射してきらきらと輝き、ノワールの顔をまるで鏡のように映し出していた。
あどけない無垢な少女を模したその人形は、まるで人の子のように体の関節を動かしてノワールの頬へと手を伸ばす。
その頬はノワールの頬へと触れ、ぺしぺしと軽く触れる。
元は土で出来ているその肌は無機質で冷たく、肌に熱が伝わることはない。その冷たさが、手首や肘にある関節が、彼女は人ではないのだということを示していた。

「私もシャマイムと同じ。」

ルミエールの唇がゆっくりと開き、その唇からは言葉が紡がれる。
そもそも人形なのだから声帯もない、舌もない、その口から声が、言葉が出るのは一般的にはありえないことだ。
そして、目の前の彼女のように体を動かすことも、瞳を動かすこともない。

「私も此処が好き。そして、ノワールが好き。だから、私は此処にいるし、貴方の傍にいるの。」

そう言って見つめる翡翠の瞳は、もっとしっかりしろ、と叱りつけているようにも見えた。
民から「理想郷」と呼ばれるアルフライラは、人によっては「暗黒郷」…つまり、理想郷とは正反対に意味に捕えられている。
その理由こそが、アルフライラの仕組みにも繋がっているのだ。
ノワールが二代目の統括になる前。
つまり、ノワールの父がまだ初代統括としてこの世にいた時代のアルフライラは、ごく普通の閉鎖都市だった。
閉鎖都市、という表記の時点でごく普通という表現は間違っているかもしれない。
大災害により大地は荒れ、水は濁り、空気は穢れ、確実に環境汚染が世界を侵食し始めた時。
世界各国で、その大災害が原因で人口が減り続ける中、ありとあらゆる国が国としての維持が不可能となりつつある現象が起き始めた。
どういうことかと疑問に持つ者もいるだろう。しかし、元々数千万人の人口があった国が、急に数百人程度にまで減少してしまえばもはや国としての維持は困難だ。
元々数百人程度しかいなかったのと、数千万人から数百人に減ってしまったのでは、違いは大きい。
災害の大津波が過ぎ去った後、これから立て直していこうとしたところで生き残っている人口が僅かとなってしまえば、最早立て直すことも出来ない。
そこでノワールの父が取った行動が、世界各国の人間を一か所に集めることだった。
それぞれに数十人、数百人しかいないとしても、一か所に集まればかなりの人数となる。
あらゆる人種の人間が、あらゆる文化を持つ人間が、一か所に集まり、無数の国から一つの国へと再編し、新たなスタートを始めようという動きこそがアルフライラの始まりなのだ。
しかし、一度死んでしまった環境を再び蘇らせるには、長い年月がかかってしまう。
初代統括が、此処にアルフライラを創ると決めた理由は、他の地域では枯れ果てた草木が、此処では微かに芽吹いていたから。

「アルフライラには…此処には、不思議な力が宿っている…その理由はわからないが、ただ…シャマイムが連れている使い魔を含め、不思議な存在を呼び出したり、術を行使したり。今は魔術と呼ばれている力が、使えるようになった。」

過去、父が語ってくれた言葉を記憶から絞り出し、ぽつりぽつりと独り言を呟く。
この力を最小限に留める為に、壁は建てられた。
アルフライラを囲っている壁は一種の結界に近く、これを張り巡らしていることでアルフライラにのみ豊潤な魔力が蓄蔵され、魔術の行使が可能となる。
これがアルフライラという都市の仕組み…その一部。
何故一部かというと、それだけでは「理想郷」、又は「暗黒郷」と呼ばれる理由にならないからだ。
ノワールの大きな掌が、ルミエールの柔らかな金髪を優しく撫でる。

「アルフライラの時を止めたのは、私の代からだ。そして、アルフライラの時が止まり、不老不死の都市…理想郷になった。」

どんなに豊かな環境が整っていても、人が生きている限り、いずれ死ぬ。
それを目の当たりにしたのは、ノワールが実の両親の死をこの目で見届けたから。
別に大それた事故が起きたとか、悪の組織に殺されたとか、そんな壮絶なものではない。
大きいにしろ小さいにしろ、当時のノワールにとって命を失うということは衝撃的なことであり、ショックなことであり、恐ろしいことだった。
そして知った。全ての命に始まりがあるように、終わりがあるのだと。
ノワールは何よりも終焉を恐れ、そしてその終焉から逃れる為に、アルフライラの時間を魔術で止め、何百年と豊かな土地を保ち、人が老いることも死ぬこともない不老不死の都市を作り上げた。
これこそが、アルフライラが理想郷と言われる所以。
では、何故暗黒郷と言う者も出るのだろうか。
その理由は簡単だ。老いることがないということは、成長することも若返ることもないのだ。
赤子を持った親は子供が成長することもなく、ずっと泣き続ける赤子をあやし続けることとなる。それに不死だ、育児ノイローゼとやらで赤子を殺めようとしても、不可能なのだ。
そして逆に、足腰が弱く老いぼれた老人も、若返ることはないので歩くたびにその辛さに悩まされる。いくら医者がいるといっても、若者が元気に歩き回る姿を見れば妬ましさや羨ましさは生まれるだろう。
それだけではない。
命が終わることもなければ、始まることもない。
つまり、子を成したいと思っても、叶うことがないのだ。

「ある人は言う。私のおかげで老いることもなく死ぬこともなく、恵まれたこの土地で生き続けることが出来るこの都市は理想郷だと。ある人は言う。此処は新しい命を宿すことも出来ない成長することも出来ない死ぬことも許されない、まるで暗黒郷だと。私は、自分が間違っているとは思わない。しかし、迷ってしまう時も、ある。」

称賛も批難も全てを受け止めていれば、人間なのだから迷うこともあるのだろう。
そして、ノワールが迷った時、戸惑った時、常に傍にはルミエールがいた。
ルミエールは優しく微笑むと、ノワールの体に寄り添う。しかし、人形である彼女からは当然、温もりを感じることは出来ない。

「確かに国民の中には此処を暗黒郷だと、貴方を冷徹非道な独裁者だと罵る人もいるわ。でも、逆に此処を理想郷だと、貴方は英雄だと称えてくれる人もいる。今は理解してくれない国民も…きっと、貴方をわかってくれるわ。」

ルミエールは、何時から傍にいただろう。
思えば、気付けばずっと、傍にいてくれた気がする。
初めて死というものに直面して。失うことが怖くなって。孤独というものに怯えて。そんな時、今のように大丈夫だと寄り添ってくれたのがルミエールだった。

「この都市の国民は少ない。いくら、再び建て直そうとしたって、人口というものは簡単には増えない。もしかしたら、生まれる人数よりも死ぬ人数の方が多くて、いずれ人類が衰退してしまうかもしれない。…私は、ノワールの選択が、間違っているとは思わないよ。」

シャマイムの言葉が耳から、鼓膜に、そして心臓に響く。

「私は、もう、嫌だよ。誰かを失うのを見るのは。」

ノワールはぽつりとそう呟き、再び視線を外に見える壁へと移す。
此処は理想郷だ。誰も、失うことがない。理想郷。
言い聞かせるようにノワールが呟いているのを、ルミエールもシャマイムも、ただただ黙って聞いていた。

 


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