アルフライラ


Side黒



血で汚れた刀を布で拭っているシャマイムの顔を覗き込む一人の男。
顔を見上げれば、先程の男を連行して来た守役だった。
シャマイムよりも少し深い青色の髪で、少し眉間に皺を寄せている。

「シャマイムさま、あれはあまりにもやり過ぎでは?」

あれ、とは恐らく反逆罪に問われた男に行った私刑を示しているのだろう。
あの後、男は磔にされた状態で刀を突きさされ続けた。
痛みはあるが、死ぬことが出来ない。
その生き地獄な状況に、男はショックのあまり泡を吹いて気絶をしてしまったのだ。
何を今更、と一言呟いてからシャマイムは無邪気に微笑んだ。

「ノワールの想い描く理想郷の為ではないか。それに、あれ位やっておかないと懲りないだろう。」
「…それも、そうですが。」
「トーセイは物分かりがいいな。」

シャマイムはそう言って、守役…トーセイ=ハラフへ微笑んだ。
トーセイはその微笑みに少し頬を赤らめ、目を伏せる。

「そりゃぁ、シャリアフの中でも…一番、シャマイムさまの事を、お慕いしていますから。」

シャリアフはノワールを護衛する8人の使者を示す。
8人は各々魔術の心得や武術の心得があり、日頃はそれぞれ異なる仕事をしていたりするが有事があれば飛び出す。
そしてそのシャリアフはノワール直属の部下ではなく、一人の青年がシャリアフを集め、束ねている。
それがシャマイム=テヴァの役割だ。

「ありがとう。トーセイ。お前の忠義には、感謝してもしきれない。」

シャマイムはそう微笑んで、自身よりも背の高いトーセイの頭を優しく撫でた。


Part3 シャリアフの統率者:シャマイム


「ノワール、呼んだか。」

ノワールに呼び出されたシャマイムは、男が牢に捕えられたのを確認した後に再びノワールのいる宮殿中心部へと訪れた。
椅子に腰かけたノワールは、相変わらず腕に抱える人形を優しく撫でている。

「嗚呼、急に呼び出してすまないな。」
「何、いつものことだ。しかし、食事代は請求させてもらうぞ。」
「この理想郷では食事なんて娯楽でしかないのだがな。」

ふふ、とノワールは不敵に笑う。
しかしその微笑みは何処か優し気で、昔からの友人と話しているようだ。
事実、ノワールとシャマイムは昔ながらの友人のため、この対応は自然なものではある。
シャマイムはそれでも、と言葉を続けた。

「確かに此処では飢えることはない。しかし逆に、食べ物にも困っていないのだから、その娯楽をしっかり味わうのも悪くはないだろう?」
「それもそうか。」

ノワールはシャマイムの言葉に同意するとゆっくりと席を立つ。
人形を優しく胸に抱いたまま玉座から降り、宮殿の外をじっと見つめた。
宮殿はアルフライラの中心にあり、玉座のある中心部からはアルフライラの全貌を見渡すことが出来る。
そこから見える景色は小さな家の数々。湧き出る透き通った泉。果実を実らせる木々。
そして、このような平和の一言に尽きる小さな都市一体をぐるりと囲う、街の雰囲気に似つかわしくない巨大な壁。
この壁は内側からも外側からも、出ることは出来ない。
それはノワールにとっても同じものだ。
人形の髪を優しく撫でながらも、外を見つめるノワールの表情は少し曇っている。
反逆者が連れられ、そして罰せられる度、ノワールはこのような表情をする。
思い詰めているような、迷っているような。

「なぁ、シャマイム。私は、間違っているのか?」
「またか。しつこいぞ、お前は。」

シャマイムは呆れるようにため息を吐く。
壁の向こうに興味を示す者は年々増えている。
そして、アルフライラの仕組みに疑問を持つ者も増えている。
だからこそ、ノワールは迷っているのだろう。
自分の行っていることが正しいのか、間違っているのか。
そしてその回答を持っている者は、恐らく誰もいない。

「しかし、この先の未来を知ったところで、何になる。何も知らず、この理想郷を謳歌している方が、ずっとずっと幸せだと言うのに。」

シャマイムはノワールの隣に立ち、街の全貌を見渡す。
小さな都市。小さな国。外と一切隔たれた、小さな小さな、何百年も維持されている理想郷。

「私はこの国が好きだ。例え歪でも。だから私は、此処にいる。」

この街に太陽は登らない。
太陽はいつまでも地平線のギリギリの所で、満足に輝くことも出来ず留まっている。
だから、今のシャマイムの微笑みの後ろで、太陽が後光のように輝くことはない。
しかし、それでもノワールにとってシャマイムが眩しく感じるのは、きっと偶然ではないのだろう。

「それに、彼女も私と同意見のはずだ。」

シャマイムはふふ、と口元に笑みを浮かべながら、ノワールが胸に抱いている人形に指をさした。
先程男を驚かせた人形は、再び固く瞼を閉じてノワールの身体を預けている。
人形はシャマイムの言葉に反応するように、ぴくりと指を動かした。
人形は間違いなく人の言葉に反応し、動いている。
つまり、生きている。

「そうだろう?ルミエール。」

ルミエール。
そう呼ばれた人形は、ゆっくりと、固く閉じられた瞼を開ける。
そこから覗く宝石で作られた瞳はきらきらと翠色に輝く。
少女を模した人形は、まるでシャマイムの言葉に同調するように、優しくそっと微笑んだ。

 


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