アルフライラ


Side黒



捕らわれた男が連れられたのは真っ黒に塗りつぶされた宮殿。
重々しい空気を放つ宮殿を前に、男の額からは冷や汗が流れ始める。
此処から逃れたくて仕方ないが、身体に巻き付く縄がそれを許さない。

「さっさと進まないか。」

縄を握る男がぶっきらぼうにそう言い放つ。
女性のように整った顔立ちの男は今にもこちらを蹴り飛ばしそうな勢いだ。
深い青色の髪をした男は、縄をぐいぐいとわざとらしく引っ張る。
いっそのことこのまま引きずってくれればいいのに、わざと自分で歩かせようとするのだから性質が悪い。

「逃げようなんて思うなよ。お前は絶対私からは逃れられないのだから。」
「…わかってるよ。」

男は忌々し気に呟きながら、宮殿の内部へと足を進めた。


Part2 悪逆非道の統括:ノワール


宮殿内部へ入れば、真っ赤な絨毯が敷かれていてこの先の道を示している。
その高級そうな赤は、男にはまるで血のように見えるだろう。
この先に待っている宮殿の主のことを思えば、そう思えてしまっても仕方ない。

「行くぞ。ノワールさまがお待ちだ。」

守役の言葉に促されるように男はそのまま足を進める。
もっと内部は金色の像とか装飾品でちりばめられているのかと思ったが、宮殿は思いの他シンプルだ。
壁や天井に照明がついていて、床に絨毯が敷かれている以外は目立った特徴がない。
ただ中が広いだけだ。
そして、兵士が中を歩いている様子もない。
警備はそこまで多くない…否、全くないように見える。
ノワールに対する対抗勢力は決していない訳ではない。
しかも、このように捕らわれても罰を受ければまた野に解き放たれるのだ。
それなのにこんなにも警備が薄いのは、あまりのもお粗末過ぎる。

「何をきょろきょろしている。」

男の不審な行動を察した言葉に、思わずはっとする。
恐らく男がこの宮殿の粗を探しているというのはすぐに気付いてしまっているだろう。
しかし、守役は気にするでもなく相も変わらず冷たい瞳で男を見つめる。

「此処から出たらもう一度…なんて、くだらぬことは考えない方がいいぞ。無駄だからな。」

コツコツコツと靴音だけが響き渡る。
宮殿の中心部へと辿り着くと、其処には古時計があった。
古びたそれは動いている気配もなく、今にも壊れてしまいそうな程痛んでいるように見える。
古時計の前にはゆったりとした大きな椅子があり、其処に一人、青年が座っている。
深い紫色の髪を一つの束ねた青年は、じぃ、と紫水晶のような瞳で男を見据えた。
二代目統括、ノワール=カンフリエ。
一見若い青年だが、彼こそがこの理想都市アルフライラを統括している実力者。
胸に抱える人形の髪を優しく撫でながら、ノワールはじろりと男を見据えた。

「…アルフライラの外側に興味を抱き、外側へと脱出する計画を企てていたのは…お前か…」

低く威圧感のある声にびくりと身を震わせる。
しかしよく見れば、ノワールは一見まだ若い青年だ。
何を恐れる必要があるか、と男は自分の身を立ち直らせる。

「それの何が悪い!此処を理想郷とか言う奴らもいるが…何処が理想郷だ!!何年何百年!!時が止まったこの世界で!!惰性のように生き続けることに何の意味がある!!!!」

ギチギチと締め付けられている縄が肉に食い込む。
吠える男を尻目に、ノワールは腕に抱く人形を優しく撫でる。
まるでその男の声は耳にも入っていないようだった。
腕に抱かれるその人形は金色の髪を持つ少女の人形で、瞼は固く閉じられている。

「?!」

人形が急にぐるりと首を男に向け、閉じていた瞼を見開く。
その翡翠の瞳に睨まれた男は思わず腰を抜かした。

「こら、そう怒るな。」

ノワールは少女にそう優しく言って、金色の髪を優しく撫でる。

「…何百年生きることの何が悪い。いつ死ぬのかわからず怯え続けるなんて、馬鹿馬鹿しいじゃないか。此処は理想郷だ。飢えることも老いることも朽ちることもない。それの何がいけなんだ。」

人形に向けていた穏やかな表情のまま、ノワールは男へと視線を戻す。
その瞳に躊躇いの色は、一切ない。

「この理想郷には、掟がある。外を出ることを望んではいけない。外へ出ようとしてはいけない。時を進めたいと思ってはいけない。時を進めようとしてはいけない。そして、その私の意向に逆らってはいけない。」

男の肩に突如、激痛が走る。
その激痛の原因は、肩に突き刺された鋭利な刃。
刀と呼ばれる武器を男の肩に突き刺した正体は、ノワールよりも若い、鮮やかな、嘗ての昼の空と同じ色をした髪の青年。
ノワールは青年に優しく笑いかける。

「早かったじゃないか、シャマイム。」
「偶然近くにいたんでね。おかげでユラが私の買った食べ物を一人で食べてしまいそうだ。食事代を要求する。」
「ぐ、あっ…?……?!」

暢気な会話を繰り広げながら、シャマイムは刀を引き抜く。
鮮血が刀や衣服を濡らすが表情は変えない。

「安心しろ。此処では人が死ぬことはない。そして、お前の傷を治癒してくれる医者もいる。遠慮なくお前を私刑することが出来る。」
「…っ…この…この、極悪非道な……下衆めっ………!!」
「なんとでも言うがいい。」

シャマイムは刃を再び男へ向け、その胸の中心へと突き刺した。

「理想郷の為ならば、私はどんなことでもしよう。」

 


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