賭博四天王編


第1章 犠牲となった子どもたち



目を覚ますと、辺り一帯は真っ暗だった。
一瞬夜にでもなったのかと思ったが、温かくもなく寒くもなく。
ねっとりとした湿気のある空気。
そして何より、自分の手首に繋がれた拘束具を見て、自身が捕らわれたのだと自覚した。
ぐずぐずと、涙ぐみ鼻をすする声。
暗闇に目が慣れ、辺りを見渡せるようになった時、自分と同じような子供達が大勢居た。
そして気付く。
数日前から行方不明になっていた子供達は、全て、自分と同じように攫われたのだと。
恐らく、彼等の両親も、兄弟も、既に。


第3賭 実験No.


そこで壊覇の思考は意識を失う寸前の記憶に遡る。
炎の熱気。煙の息苦しさ。火の海に飛び込もうとした際の火傷の痛み。
全てそれは疑うまでもなく現実で。
足元にぶつかった、焼け焦げた、人の手のような塊の持ち主が誰なのか。
想像したくもなかった。
思い出す度に目元から涙が滲む。
泣いたって何も変わらないし、どうにもならない。
頭ではわかっていても、ようやく初等部2年になったばかりの精神はついていかない。
恐怖。絶望。疑問。
様々な感情が頭の中でぐるぐると駆け廻って行く。
重々しい扉がギギ、と軋むと隙間から光が漏れる。
一瞬希望というものが脳裏をよぎったが、そんな都合の良いものがひょっこり現れるはずもない。
扉から現れた複数の白衣を来た男達がジロリとこちらを睨む。
恐怖のあまり何人もの子供が一斉に泣き始める。
もちろん壊覇も涙を流した。
全身が震え、歯をカチカチと鳴らす。
眼鏡をかけた初老の男と目が合った。

「まずはコイツからにするか。」

嫌な予感がし、逃げようとするが拘束具によって身体が上手く動かない。
なんとか後ずさろうとしてもそれは無駄な抵抗だ。
男はむんずと襟を掴むとそのまま壊覇の身体を引きずりだす。
コンクリートの床に身体が擦れて、摩擦の熱で熱いやら痛いやら。

「痛い、はな、離せ!いやだ!離して!」

必死に訴えるが、当然聞きいれてもらえる訳がない。
無理矢理身体を持ち上げられると、台に叩きつけられる。
背中から打ちつけられた痛みで、一瞬呼吸が止まった。
一瞬拘束具が解かれたと思ったら、また台に設置されている別の拘束具で両手両足を封じられる。
8歳の子供の力ではどうにもならない。
泣いても喚いても状況が変化する訳ではなく、寧ろそれで不快感を覚えた男は壊覇の頬を力強く殴った。
突然の事で思考が停止する。
口の中でじんわりと鉄の味が広がっていった。

「やっと大人しくなったか。わかりやすいように番号でも付けるか。誰か焼印持って来い。」
「はい。」

(やき、いん?)

頭が回転しきっていない思考でぼんやりと考える。
初老の男の手には細長い鉄の棒が手渡されていた。
先端だけ長方形に出っ張っていて、オレンジ色に輝いている。
その光を不覚にも綺麗だと感じてしまったのは、後にも先にもその一瞬だけである。
着ていた服をめくられると、脇腹にそれを強く押し付けられた。

「〜〜〜〜〜ッ……!!!!!」

ジュッ、という皮膚が焼ける音と、熱の痛みで声にならない悲鳴が漏れる。
それを男達はまるで見世物を見ているかのようにニヤニヤと笑っていた。
涙と鼻水とで顔がぐちゃぐちゃになっているが、既にそれを気にする余裕はない。
吐き気がこみ上げて来たが、それはぐっと抑えた。

「おい、番号振るぞ。他の餓鬼も連れてこい。」

初老の男が不気味に笑いながらそう言うと、白衣の若い男達は次々と子供に焼印を付けていく。
その悲鳴があまりにも痛々しくて。
怖くて。
壊覇は思わずぎゅっと硬く目を閉じた。

「いやだああああはなしてえええええかえして!おうちかえしてええええ!」
「にぃちゃんにさわるな!いやだ!はなして!こわい!やだ!やだ!」
「やめてええええかえりたいかえりたいかえりたい!」
「ごめんなさいごめんなさい!いいこにするからおうちにかえして!」

子供の叫びはその日一日中響き渡った。
全ての子供に焼印が打たれる頃には、声が枯れ、叫ぶ力も完全に失われていた。
これからどうなるのかとか。
何をされる事になるのだろうかとか。
当時は全く想像出来ず。
それでも、明るい未来が待ち受けている訳ではない事は誰にでも想像出来た。
その日は焼印を打たれるだけで終わったが、次に彼等が来る時には何をされてしまうのか。
そう、想像するだけで震えた。

「…なぁ、おきてる…?」
「………」

震えるような、か細い声に顔をあげる。
目の前で力なく横たわる少年は、それでも何かを紛らわせようと、必死にこちらへ話しかけて来た。

「どこのがっこーいってたの」
「なんねんせい?」
「ぼくね、いちねんせい。ごーだってゆーの。」
「さっきの、すごく、いたかったね、たたかれたの、だいじょーぶ?」
「おじさんたち、こわかったね、ぼくたち、しんじゃいのかな」
「おとうさんもおかあさんもね、うごかなくなっちゃったの。すごくあかかったの。」
「ぼくもいつのまにかここにいたんだ。」
「きみのおとうさんとおかあさんは?」

まだ幼い故に上手く喋れないのか、少し舌ったらずだ。
目は涙で潤んでいて、今にも泣きそうで。
きっと不安で不安で仕方ないのだろう。

「……いっぺんに話されても、答えられないよ…」

そういうと、困ったように、少し頬を緩ませながら、「ごめんね」と答えた。

「俺の番号、見てよ。0001だって。いちばんだよ。かっこいいでしょ。」
「ぼくのは、0002…きみのつぎだったんだね。」
「俺、かいは。ほうぐかいは。2年生。」
「ぼく、ふびか。ごうだふびか。」
「よろしくね。」
「よろしく。」

この先に例え光や明るい未来が待っていないとしても。
今だけは、他人と気持ちを共有し、恐怖や絶望を紛らわせたかった。

 


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