実験班組織編


第2章 紫盤 音秦



ゼロはちらりと、ベッドの上に横たわる死燐を見た。
へぇ、とゼロが関心した声を漏らすと、白い指をそっと伸ばす。
しかしその手は死燐へと届くことなく、緑色の細い蔦が、彼の腕をこれ以上伸ばせないよう縛り上げていた。

「シリンに触れるな。」

子供らしさを感じさせない、いつもより低い、唸るような声で羅繻が呟く。
ゼロは困ったような笑みを浮かべたまま、その手を引く。

「これは強力なボディガードだね。」


第13科 風の噂で聞くところには


「本部から呼ばれた、ということだが、どういう話を聞かされたのかとか、問うてもいいのかな?」

弓良が尻尾を揺らしながら、瞳を細めてゼロを見つめる。
勿論だよ、とゼロは大きく頷いてみせた。
ゼロはどうやら、北部にある雪国霧詠地の、実験班組織第4支部に在籍しているらしい。
人造人間の製造に卓越しており、数多の戦闘用人造兵器を創っているという。
機械たる彼等の動力源は人工的に作成された、使者と同等の力が込められた宝石。
その宝石がどのようにして創られるようになったかはともかくとして、大使者である羅繻の心臓。
つまり神々から継承された力は、彼にとっても、そして彼を評価する研究者にとっても、うってつけの材料だったのだろう。
しかしいざ呼ばれて来てみれば、組織は全壊に近い状況。
いるのは10歳前後の幼い3人の子供、しかも1人は大怪我。そしてもう1人は青年の姿こそしているものの、いったいいくつなのかもわからない狐の妖。

「僕はただ、いい材料を見つけた、と言われたから来てみたけれど、どうやら此処にそういったものはないようだね。」

ゼロはちらりと羅繻を一瞥したが、あくまでそれだけで、やれやれと肩を落として見せた。
それは彼にとって、羅繻を材料にするのは抵抗があるからなのか、それとも気付いていないだけなのか。
誰にでも想像がつくと同時に、誰にもわからないことであった。

「僕を呼んだということは、きっと10年前を繰り返したいんだろうけどね。僕はもう協力する気はないんだけどなぁ。」
「10年前?」

10年前、という言葉で最初に死燐と、他の科学者との間で行われていたやりとりを思い出す。
死燐は10年前に行われた実験を繰り返さないと。
そしてもう一つ、死燐は言葉を呟いていた。
改造された人間。
その言葉の時点で、決して良いものではないということはわかっていたが。
ゼロは少し困ったような曖昧な笑みを浮かべた。

「僕にとっては、あまり好ましくない記憶だな。まさか自分の研究が、あんな形で行われることになるなんて。少し考えればわかったことなのに、考えが足りなかったんだろうな。僕は。」

独り言のようにぽつりと、小さな声で呟く。
一見14歳程度の少年の容姿をしている彼は、10年前に起きたと言われる出来事も知っている。
一体いくつなのだろうか。
直接聞いてみたいけれども、聞いてはいけない気がした。

「それと一つ、僕は気になることもあってね。」
「気になること?」
「うん。此処最近噂で聞いたんだけど、街の小さな子供が行方不明になることがあるみたいなんだ。丁度、君達位のね。」
「子供…?」

ゼロは小さく頷く。
人差し指で宙をさし、饒舌に話す。

「ある日突然、ぱったりと、何人もいなくなるようになったんだって。聞くところによると、子供がいなくなる直前には、綺麗なバイオリンの音色が聞こえるみたいだよ。」
「バイオリン…」
「ただの偶然とは思えないな。恐らく、音を使う能力者か…鬼や妖の類か…」

陰思や弓良も、考え込むような仕草をとる。

「僕の知り合いに、バイオリン演奏が得意だった子がいてね。最近全く連絡は取ってないのだけれど…ちょっと気になっていて、さ。もしかしたら、その子が何かに巻きこまれているのかなぁと思ったけど。」
「で、此処に足を運ぶ片手間、調べられればと?」
「そういうこと。もう此処には完全に用がなくなっちゃったし、お暇しよっかなぁ。外に待たせてる子もいるし。」

ゼロはうんと伸びをすると、扉に手をかける。
ガチャリと音を立てて、扉がゆっくりと開かれた。

「割とすんなり帰るんだな。」

陰思が意外そうに声を漏らすと、ゼロは失敬だね、と唇を尖らせた。

「僕だって呼ばれただけだからね。もしかしたら、近いうちにまた会うかもしれないけれど…そこで寝ている彼にも、よろしくね。」

ゼロは笑顔でそれだけ言うと、パタリと静かに扉を閉めた。

 


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