実験班組織編


第2章 紫盤 音秦



辺りを見回してみると、人の気配というものは殆ど感じられなかった。
薬品やアルコールが零れおちて、死臭と混じり様々な臭いを発している。
思わず手で口元を覆ってしまったが、こんなことしても、人間より嗅覚のある弓良にとっては無意味なことだった。
直径1メートルはあるであろう太さの植物が、あちこち壁から飛び出している。
まさか彼の暴走が此処までの規模になっているとは思いもよらないことだった。

「制御しきれてない、暴走した力でこれだけ、か。」

頬をつ、と汗が伝う。
だが口元には無意識に、笑みが浮かんでいた。


第12科 キリサキゼロの来訪


「羅繻、陰思。様子はどうだ?」

ガチャリと扉をあけて、弓良が部屋へと入って来る。
あちこちの部屋を見回ったが、生存者はゼロ。被検体も、科学者も、無差別に命を落としていたらしい。
といっても、被検体については、殆どが既に科学者達によって研究の材料にされた後ではあったが。
いつまでも同じ場所に留まっている訳にもいかなかったので、合流した4人は近場の空き部屋へと入り、ひとまず死燐を休ませることになった。
またすぐに部屋を出て、戻って来た弓良の手には、水の入ったペットボトルが握られている。

「大丈夫、だと思う。」
「だいじょーぶだよ。寝てるだけだ。」
「ほんとに?」

羅繻が心配そうに死燐を見つめている。
あれだけの傷を負っていたのだから、彼の不安は納得する。
よく見ると、死燐は顔色こそは優れないものの、規則的な寝息をたてて眠っていた。
陰思は長いこと相部屋だったから、眠っている時の彼も知っているし、羅繻よりは不安も少ないようだ。
陰思がそっと死燐の手に触れると、先程よりも少し顔色が良くなる。

「顔色が悪いのは血が足りなかったからだと思う。少し、増血の手助けをした。」

淡々と呟いているが、なんだかんだで死燐が心配なのだろう。
弓良は集めて来た水のうち、いくらかを桶に入れ、布を湿らす。
血を拭こうと眠っている死燐の服をめくりあげると、大穴を開けていた腹部は、傷を炎で焼き塞いだとはいえその火傷の痕跡すら、消えかけていた。

(傷の治りが早い…)

弓良は心の中で呟く。
死燐のような改造人間は通常の人間よりも活発に細胞の活性化を行い、治癒能力を格段に上げることが出来るらしい、とは聞いていた。
しかし此処までだったとは、と思わず再生を続ける傷に魅入ってしまう。

「ね、ねぇ、弓良。」
「なんだ?」

羅繻に声をかけられて、振り向くと、じっと弓良の持っている湿った布を見つめていた。

「あの、僕が、拭いてもいい?」
「あぁ。力入れたら痛くて起きるから、そっとな。」
「うん。」

おずおずと、手を震わせながらそっと布で血を拭う。
想像以上に血は大量についていて、少し拭うと布はどろりと血がこびりつく。
桶の上で布を絞ると、みるみる桶の中の水は真っ赤になっていった。
これだけを見ても、通常の人間であれば致死量であったことがよくわかる。
一同が暗い表情を浮かべていると、トントンと扉をノックする音が聞こえ、返事を出す間もなく扉がゆっくりと開いた。

「あ、いたいたー」

あっけらかんとした明るい声で、一人の少年が扉から顔を覗かせる。
濃い紫色の髪は腰まで伸びていて、姿は小学生位に見える。
耳には水晶のついた巨大なピアスがぶら下がっていて、大きな白衣は着ているというよりも、着られているという表現の方が適切に見えた。
先程まで弓良は組織全体を見回っていたが、このような少年には一度も出会わなかった。
3人は思わず身構える。

「怖い顔しないでー?僕も此処の人には呼ばれただけなんだよ。面白い材料が手に入りそうだから来てくれ、ってね。で、来てみたらみーんな死んでるんだもの。ビックリしちゃった。」

周りとは裏腹に、少年からは緊張感や敵意といった気配を感じられない。
本部に呼ばれて来たというのだから、見た目はただの少年といえど、ただ者ではないのだろう。

「…誰?」

敵意向き出しの声で、羅繻が問う。
少年は羅繻の様子に、困ったような顔を浮かべていた。

「んー、怖い顔しないでってば。僕はゼロ。キリサキゼロだよ。」

ゼロと名乗る少年は二コリと明るく微笑んだ。

 


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