実験班組織編


第1章 慾意 羅繻



何が起きたのか、さっぱり理解出来なかった。
目の前には、自分の為に闘ってくれた少年が、真っ赤な水たまりの中で横たわっている。
よろよろと、おぼつかない足取りで少年の前まで歩く。
ぴちゃりと裸足で赤い水たまりを踏むと、普通の水よりも、何処となくねっとりとした感触がした。

「…シ、リン…?」

弱弱しく、少年の名前を口にする。
ヒュー、ヒュー、と空気が抜けるような呼吸をしながら、少年の真っ赤になっている瞳がこちらを見据えた。

「馬鹿…逃げろ…っつったろ…」
「…さない…」

小さな声で呟く。
拳をぎゅっと力強く握りしめて、奥歯を砕けてしまうのではというくらいに強く噛みしめた。

「絶対に、許さない。」


第11科 羅繻の怒り


「死燐っ」

遅れて弓良と陰思が死燐の前へと駆け寄る。
弓良が死燐の身体を抱えると、口元や腹部と、あちこちから血を流していた。
普通の子供であれば、とっくに失血死している。

「…無茶しやがって。」

傷口を炎で焼いて塞ぎ、応急処置を取る。
死燐は痛みで悲鳴をあげるでもなく、弓良の腕を力強く掴んでいた。
治癒術を使える者がいない中では、これしか応急処置の手段がない。

「あの妖狐が書庫を出るとはな…」

男達の声に弓良は思わず顔をあげる。
まるで自分を品定めしているような艶めかしい目に嫌悪感を覚えた。

「先程の改造人間も中々だったが…やはりあの身体じゃぁ使い物にならんな。」
「しかし生き残りがこんな身近にいたとはな。解剖して、どうして生き残ったのか判明すれば増産するヒントになるかもしれないな。」

傍に化け物を従わせ、喜々として話すその姿に吐き気を覚える。
こんな状況でもこんなことが言えるのかと。
命をなんだと思っているのだと。
人間は本当に、愚かで醜くて汚らわしいと。
何故この子のように純粋に真っすぐに生きようとする子ばかり、こんな目にあうのかと。
その言葉、怒り全てを吐き出しそうになった時。

「黙れ。」

一人の少年の声が、辺りに沈黙を呼びよせた。
バキバキと音を立てて、地面から巨大な植物が生えてくる。
周囲の異変を察したのか、饒舌に語っていた男達は委縮し、狙って下さいと言わんばかりに小さく集まっていた。

「お前達はシリンを傷つけた。」

緑色の淡い光が羅繻を包むように輝く。
その光は徐々に大きく、輝きも強くなっていく。
そして光の強さに比例するように、次々と植物が地面を突き破り現れる。
ミシミシミシと建物が悲鳴をあげていた。

「愚かな人間達。お前がこの人を、僕の神を傷つける権利など持つはずがない。」

一つの赤いつぼみが生えた巨大な植物が男達の前へと現れる。
つぼみが勢いよく開くと、その花の中心には巨大な穴があり、その穴から舌のような長い触手がうねうねと伸びる。
喰人華だ。
羅繻がすっと男達を指さすと、喰人華はそれに呼応するように、男達をいとも簡単にぱくりと飲みこむ。
男達の低い断末魔が、叫び声が響くと同時に、骨が砕ける音や肉が溶ける生々しい音も響き渡る。
弓良は呆然としたままそれを見つめ、陰思は思わず、目を背けた。

「これが大使者…植物を操る、3番目の大使者の力…」

6000年生きている自分よりも、10年しか生きていない小さな少年の方がこんなにも巨大な力を秘めているものなのかと、複雑になる。

「…ラシュ…すっげぇのな、お前」

死燐は弱弱しく、羅繻の名前を呼びながら立ち上がる。
怪我のせいか、足元がおぼつかない。
羅繻の身体を包んでいた緑色の光は消え、死燐へと慌てて駆け寄った。

「シリン、動いちゃダメ、ケガ…」
「大丈夫だ、それより…」

地面を割って現れた植物が、天井を貫いたのだろう。
天井が崩れ、がらがらと瓦礫と、上の階に設置されていたであろう使い物にならなくなった機械も落下し、散乱していた。

「弓良…」
「わかってるって。様子見て来るよ。」

死燐の言葉を全て聞く前に、弓良はひらひらと手を振りながら部屋を出て行った。
最上階まで、天井がむき出しとなった部屋にぽつぽつと降り始めた雨が侵入し、頬を、服を濡らす。
元々古びていたのであろう壁の瓦礫に、落下して来た、使い物にならない機械。
弓良が一時的に部屋を後にした今、たった3人の子供達だけがそこに佇んでいた。

「これから、どうしよっか。」

羅繻が呟く。

「弓良が戻って来たら、今後を考えよう。」

死燐の返答に、2人は小さく頷く。
羅繻の額はぽぅと紫色に灯り、額の痣はくっきりと花のような形を造っていた。

 


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