実験班組織編


第1章 慾意 羅繻



ぼんやりとした意識で、自分の身に何が起きているのか確認した。
ガラリと壁が崩れる音が聞こえて、自分は壁にめり込んでいるのか、と暢気に考える。
ミシミシと押しつけられた腹部からは胃の中のものが逆流して来そうで。

(ああ、さっき陰思におにぎりやった時、断って正解だったなぁ)

とか、なんとなくポツリと考えたりしていた。


第10科 死燐の願い


そもそもの発端は、自身の油断からだった。
相手は大人の男とはいえ、なんの力もない人間。
それならこちらに有利と思っていた。
しかし相手も、何も準備していない訳ではなかった。

「ぐっ」

相手を蹴り飛ばし、チャクラムを投げ手足を切る。
目の前のそれは一度はバランスを崩れ倒れたが、ぼこぼこと音がしたと思うと傷口から新たに手足が伸びる。
ライオンの頭に龍の身体、そして蛇の尾にと様々な動物を組み合わせた生物だった。
切れた手足からは狼のそれが生えてきて、更にアンバランスさを産み出している。
男達は扉から出る気配がない。
どうやら自分と、この化け物の攻防を楽しんでいるようだ。
警報音が扉の奥から聞こえるし、放送も鳴り響いている。
羅繻達の安否も心配だが、今はそれを気にしている場合ではない。
動物特有の声にならぬ唸り声を上げながら化け物が飛びかかって来ると、死燐は黒い球体を薄い膜のように広げて盾にする。
バチバチと電気の弾ける音が聞こえると、その化け物の攻撃は跳ね返された。
皮膚が焼け焦げているが、気にするそぶりなどちっとも見せない。

「さっきまでの威勢は何処に行ったのかね。」

余裕たっぷりに微笑む男達の姿にたまらない嫌悪感がこみ上げる。
自分達は何も出来ない癖にと心の中で毒づく。
その目はまるで値踏みをしているかのようで、この戦闘で改造人間としての出来を確かめているかのようだった。

(糞、胸糞悪い。)

死燐は黒い光をナイフに変えて化け物の蛇の尾を切る。
するとその尾から巨大な狐の尾が生え、死燐の身体をなぎ払う。
咄嗟に黒い光の壁を間に貼り、衝撃を和らげるがそれでも大人に成りきっていない小さな体を吹き飛ばすには十分な力だった。
壁に叩きつけられた身体は力なく倒れ、それでもまた、起き上がる。

(此処に、羅繻以外の被検体がいなくてよかった…)

周囲を気にして闘うことが出来るほど、今の死燐に余裕はない。
だからこそ自由に動き回れるが、それでも勝機が見つかっていないことには変わりない。
牙を向けて来る相手の口を、黒い光の槍を創り貫く。
死燐の能力は、黒い球体を創り上げ、それを自由に操ること。
武器にすることも出来れば、盾のようにして防御することも出来る。
しかし、強度は特別強い訳ではないので、簡単に打破されてしまうこともある。

「しかしこの改造人間はしぶといな…やはり生命力は高まるのかね…」
「元々根性があるだけかもしれんからな。なんとも言えん。」
「再生能力はあがると言われてるけれどね…どれ、腕一本食いちぎれば、変わるかもしれん。」

このジジイ共は何を言っているんだろう。
意識の片隅でぼんやりと考えながら、死燐は目の前に化け物に引き続き黒い槍を刺す。
悲鳴のような鳴き声を上げるこの化け物が、元々何の生物だったのか想像は出来ない。
色々な動物の細胞を無理矢理組み込まれて、このような生物になってしまったのだろう。

「コイツも、俺と同じか。」

聞こえるか聞こえないかの、擦れるような声でぽつりと呟く。
己の願望の為に。
身勝手に造り変えられて。惨めな姿にされて。闘わせられて。
自分のことのように苦しくて。憎くて。悲しくて。涙がこぼれた。

「許せない。」

黒い光は再びチャクラムへと形を変え、一つ投げたそれは目の前の生物の胴と首を切り離す。
ドシャリと床に転がったそれは、赤黒い血を流しながらびくびくと身体を跳ねている。
再生能力が尽きたのか、それとも首が弱点だったのか。
それが復活する気配は微塵もなかった。

「お前達の身勝手で、俺達は弄くり回されて。人生狂って。それでも生きて生きて生きて生きて。」

自分達を守ってくれる盾がいなくなった途端、男達は慌てふためき一歩一歩逃げるように後ろに下がる。
それが壁だとわかっていても。
死燐はそれを追うように、一歩一歩、歩を進める。

「アンタ達の思うようにはさせない。もう俺みたいな奴は造らせない。だから陰思も羅繻も殺させない。その為に俺は、俺は、アンタ達を」

殺すことも躊躇わない。

チャクラムを握りしめ、振りかぶろうとしたその瞬間。
男達は、不敵な笑み。
ぐしゃりと、何かが砕かれる音。
口からごぽりと血が吹き出て、何かと思い視線を下へ向けると、狼の頭と、寅の身体をした化け物が、死燐の腹部に牙を食いこませていた。

(嗚呼、もう一匹いたのか。)

情けないなぁ。
そう呟きながら、死燐の小さな身体が自ら産み出した血の海へと沈む。
流石に身体が動かない。
寝不足と重なって、酷く眠気がのしかかる。
もう寝てしまってもいいだろうか。
そう思った時、意識の片隅で。

「シリン!」

聞きなれた少年の声が、確かに聞こえた気がしたんだ。

 


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