実験班組織編


第1章 慾意 羅繻



助けたいと、思っていた。
目の前で死んでいく、自分と似たような子供達を、助けたいと、思っていた。
けれど何も出来なかった。
たった一人で、助ける権力も、能力も、備わっていなかった。
出来たことといえば、実験に使う薬品や器具による死亡率を、少しでも下げるだけ。
それでもみんな、死んでいく。
初めて任された被検体。
初めて直接、接触することの出来た被検体。
せめてお前だけでも。
そして。
いつも味方してくれた、隣にいてくれた、あの子も。
たった二人だけでいい。
今度こそ。この手で。


第9科 逃走


「ねぇ、待って…待ってよ!」
「なんだ。」

羅繻の声に走るのを止めないまま陰思は答える。
施設の中は警報音が響き渡り、被検体が逃走したという放送も流れている。
足を止めれば捕まるのも時間の問題という状況だ。

「初対面の俺を信用出来ないのは百も承知だ。でもお前の安全は保障…」
「そうじゃなくて!シリンが!まだ!」

陰思の言葉を遮り羅繻が叫ぶ。
羅繻は、置いて来てしまっていた死燐の安否を気にかけていた。
自分達よりも大きな身体を持つ大人に、たった一人で飛び込んだのだ。
一般的視点から言えば、大人の身体に子供が敵うはずがない。

「大丈夫だ!」

しかし陰思はそれでも、自分に言い聞かせるように、羅繻へ叫んだ。
羅繻の手を握る力を強める。

「確かに、基礎能力で言えばアイツは俺より弱い。お前より全然弱い。でも、アイツ等に負ける程、死燐は弱くない!大丈夫だ!」
「で、でも…」
「死燐を信じろ!今は逃げるぞ!」
「う、うん!」

走るスピードを速める。
警報音を聞いて、駆けつけた複数の男達が通路から飛び出し、捕まえようと手を伸ばす。
陰思は片手で受け流すようにその手を弾くと、男は全身から血を噴き出して地面へと崩れ落ちる。
舞い散る鮮血が、陰思や羅繻の服と頬を濡らした。
バチャリ、と血だまりの上を素足で駆ける。

「陰思!後ろ!」
「!」

羅繻の声に振り向くと、後ろから、別の男の手が伸びていた。
間に合わない、そう思った時、男の手がぽっぽっぽと音を立て、青い炎を燃えあげる。
燃えあがった炎は手から腕へ、肩へ、そして全身へと広がり、悲鳴をあげて男は転がる。
青い炎には見覚えがあった。

「陰思!こっちだ!」

声がする方へ駆けると、先日会ったばかりの男がそこに居た。
開いている扉の奥へ、大きく腕を振り入るように促される。
味方と認識していいのか、悩む暇もなく陰思は部屋の中へと飛び込むと、弓良は勢いよく扉を閉め、鍵をかけた。
三人の息遣いが、書庫の中で静かに響く。
ドンドンと扉を叩く音が聞こえるが、扉が開かれる気配はない。

「鍵をかけた上に、更に神通力で扉を封じた。これでしばらくはもつ。」
「助かった…なぁ、弓良、お前」
「味方なのか、聞きたいんだろ。安心しろ、お前らは死燐のお気に入りだ。贔屓してやるよ。」

弓良はそう言うと、扉に背中を預けるように座り込む。
ふぅ、と小さく息を吐き呆然と座り込んでいる羅繻を見つめた。

「コイツが死燐一番のお気に入り、ね。」
「…おにいさん…誰…」
「俺は弓良。狐火弓良。書庫に長年引きこもってる、ただの妖怪さ。」

弓良はそう言って小さく微笑んでみせる。
ずれた眼鏡を人差し指で直すと、扉へと視線を向ける。

「さて、どうするかね…しっかし死燐も大胆に出たこと。らしくない。」
「アイツ等、こいつの心臓抜いて10年前の実験を再開するって言ってた。」
「ああ、だから、か。とことんらしくないね。」

よっこいしょ、と呟いて立ち上がる。
未だに扉を叩く音が止む気配はない。

「さて、少年。3番目の大使者よ。」
「ぼ、ぼくのこと?」

弓良に声をかけられ、羅繻はビクリと身体を震わせる。
死燐には心を開いているものの、それ以外の人間には簡単には心を開けないらしい。
まぁ当然だろうと弓良は心の中で納得し、頷く。

「死燐はまだ、お前のために戦ってる。」
「うん…」
「助けたいか。あいつのこと。」
「…助けたい…」
「そっか。そうだよな。俺もあの馬鹿殺すには、まだ惜しいと思ってる。」

弓良は口元に笑みを浮かべながら呟き、すっと左手を扉に添えた。

「陰思、その少年と一緒にちょいと下がれ。死ぬぞ。」
「あ、ああ…」

陰思は羅繻の手を引いて、2・3歩下がる。
弓良の周囲には青い炎はゆらりと揺らめき、弓良を包むように、青く、青く燃えていた。
ガチャリ、と扉から音がすると扉が一気に開き、扉の向こう側に居た人々が流れ込む。

「消し飛べ。」

弓良が笑顔でそう言うと、弓良を包んでいた青い炎が左手へと集まり、火炎放射器のように一気に放たれた。
悲鳴をあげる隙すら与えず、青い業火は人々を墨へと灰へと変えていく。

「死燐の奴、無駄に長生きとか言ってたけど…その長生きも伊達じゃないぞ…」
「すごい…」

陰思と羅繻はその光景を唖然と眺めながら呟く。

「よし、死燐の所へ行くぞ。」

弓良はこちらへ振り向くと、不敵な笑みを浮かべていた。

 


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