実験班組織編


第1章 慾意 羅繻



夜は嫌いだ。
真っ暗で、何もなくて、何も見えない。
昼間は彼が来てくれるから、寂しくない。
でも、夜は、誰もいない。
無機質で冷たい、コンクリートの床の上に寝転がる。
天井にぶら下がる電球の明かりが頼りなく灯っている。
手を伸ばすと、無力て細い、自分の手が映った。

(シリン…)

拳をぎゅっと握りしめ、静かに羅繻は目を閉じた。


第8科 導かれる結論


ガシャン、と扉の開閉音がして目を開ける。
この時間に誰だろうと顔をあげると、見知った人間が顔を覗かせた。

「シリン?こんな時間に、どうしたの?」

死燐はし、と呟いて口元で静かにするよう人差し指を一本口元につけるジェスチャーをする。
羅繻は慌てて両手で口を塞いだ。
死燐の隣には、見覚えのない肩まで伸びた緑色の髪の少年。
羅繻は先程よりも小さめの声で、死燐に語りかけた。

「シリン、その人は?」
「陰思だ。大丈夫、コイツは腐れ縁で…お前の敵ではないよ。」
「…こんな時間に来た事、なかったよね?」
「お前に確かめたいことがあって来た。」
「確かめたいこと?」

首をかしげて問うと、死燐はこくりと首を縦に振った。
死燐は白衣の内ポケットから、ワレモコウを取り出した。

「持っててくれてたんだ。」

羅繻は嬉しそうに微笑む。
死燐は羅繻の笑顔に釣られて微笑みながら、本題を切り出した。

「なぁラシュ。お前が出せるのは、この花だけか?いや、強請ってるんじゃなくてな、気になって。」

死燐の言葉に首を傾げて聞いていた羅繻は、一拍間を置いてから首を縦に振った。
小さな手を死燐の前へと差し出すと、その手からぷくぷくと赤、黄色、青といった様々な花が咲き誇った。
死燐と陰思は、その様子を見て二人で顔を合わせる。

「なぁ、どっちだと思う。」
「どっちって…使者ではないな。使者は植物を操れても、1種類だけらしい。」
「じゃぁ、精霊…とか?あれなら植物咲かせたりとか、そういうのも出来るだろ?」
「精霊は元は人間じゃない。元の姿は霊体で、出来て動物化がせいぜいだ。中には人間に変化出来る精霊もいるが、本当に精霊なら検査の過程でとっくに一度は変化が解けてる。」
「じゃぁ、やっぱり…」

二人で小声で、互いの考察をぶつぶつと呟く。
羅繻は全く何の事かわからず、目を丸くして二人を見つめていた。

「ねぇ、シリン、」

羅繻が手を伸ばそうとした時だった。
ドン、という力強い音がしたと思えば、扉が勢いよく開く。
その音に死燐と陰思が振り向くと、複数の白衣を来た男達がぞろぞろと中へ入って来た。

「陰思、下がってろ。」

死燐は陰思と、檻の向こうに居る羅繻をかばうように立ち上がる。
男達は一斉に死燐を睨み、見つめた。

「砂殺。これはどういうことだ。夜中に被検体と、しかもそこの鬼子と一緒に居るとは。」
「それはこちらの台詞ですよ。そちらこそ、こんな時間にラシュに何の用で?」

普段、人に対し滅多に笑みを浮かべない死燐が、にこりと口元の口角を上げて笑みを浮かべる。
しかしその笑みには、明らかな拒絶の意が込められていた。
当然、その拒絶は他者にも伝わる。
羅繻は力なく、檻を握りしめていた。

「ふん、そこの小僧に興味はない。あるのは、小僧の心臓だ。」

男の言葉に死燐は口元の笑みを緩めないままぴくりと反応する。
心臓。
使者及び大使者の人と決定的に違う点は、その心臓に秘められた宝石。
その宝石は神々の魂が結晶化したもので、核といっても過言ではない。
普通の人間よりも丈夫で、強靭な身体能力を発揮するのは、その宝石の力故。
今から10年前、その宝石を使って人工的に異能者を創る研究もされていた。
一人の被検体が暴走したことで、宝石の力を使った研究はリスクが高すぎる、ということで現在の妖や精霊を利用した実験にシフトしていたはず。

「お前ら…10年前を繰り返す気か。」
「10年前と今とでは違う。あれから、あの研究も長年続けて来た…大使者の心臓…それは我々にとって是が非でも欲しいものだ。」
「ラシュが大使者ってのには気付いてたのかよ…」

死燐は力強く拳を握りしめる。
10年前に起きた、弥瀬地での改造人間製造実験。
親を殺された子供達は一斉に連れ去られ、宝石を埋め込み、人工的に異能者を産み出す。
殆どの子供はやはり命を落としており、生還した者はほとんどいない。
その宝石も貴重視され、改造人間の宝石は今でも売れば高く売れるという。

「ラシュの心臓は渡さないし、あの実験も繰り返さない。」
「砂殺。お前の頭脳は我々も評価している。だからこそ、そこの鬼子を傍に置くことも許可した。お前なら、あの実験に対する好奇心、わかってもらえると思ったが…」
「わかるかよ。」

バチバチと、電気が弾けるような音がする。
白衣を着た男達は何事かと周囲を見回す。
羅繻も何が起きているのかわからないのか、鉄の檻を握りしめながら、不安げな顔を浮かべる。
音は次第に大きくなり、周囲を黒色の電気を帯びた光が現れる。
光は収束し拳程度の大きさの球体になった。
球体は、死燐の周囲を漂うようにふわふわと浮かんでいる。

「お前らにはわからないよ。」

すっと男達を見つめる死燐の顔には既に笑みはなく、黒い瞳は血のように赤く光る。
それが何を意味するのか理解した男達は、戸惑いの表情を浮かべる。

「改造された人間の気持ちは。逃げられなかった奴の気持ちは。お前らにはわからない!」

死燐の叫びに呼応するように、黒い球体は死燐の周りを回転する。
回転を続けるそれは死燐の手へと収束し、チャクラムの形になって死燐の手の中に収まった。
死燐がチャクラムを檻めがけて投げると、鉄の棒はまるで豆腐を切るかのように簡単に切れ、粉々になり散る。

「陰思!」
「ああもう!わかってるよ!」

陰思が羅繻の手を握ると、強引に羅繻を引っ張り上げて走った。

「シリン!」
「走れ!!」

羅繻は死燐へと手を伸ばすが、その手は死燐へと届くことなく宙を掴む。
白衣の男達が羅繻を捕獲しようと更に手を伸ばすが、死燐の投げたチャクラムにより阻まれた。
何人かはそれが腕をかすめ、鮮血がこぼれる。

「砂殺死燐、貴様…改造人間か…」
「ただの出来損ないさ。アンタ等の研究の成れの果て、その目に焼き付けくんだな。」

死燐は手に戻ったチャクラムをぐっと力強く握りしめた。

 


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