実験班組織編


第1章 慾意 羅繻



ゆらりゆらりと青白い焔が宙を漂う。
その焔はまるで蛍の光のように、淡く、薄暗い空間を照らしていた。
ただ一人、男は無言て天井を見上げ、手には一冊の本を抱く。

「もう、此処に来て何年だろうか。」

何年。何十年。それとも、何百年。
過ごした時の流れを忘れてしまう程、此処には何でもあって、何もない。
チクタクチクタクと時計の音が静かに響く。

「今回も世界は変わるのか。それとも何も変わらないのか。」

ひとりごとをポツリと呟く。
今日は来客はないだろうと、男は静かに目を閉じ尾を揺らした。


第7科 羅繻への仮説


「ふぁ…」

陰思は口を大きく開き欠伸をする。
目元に伝った涙を拭い、ちらりと時計を見れば時刻は深夜0時を過ぎていた。
書庫から出た時には既に夕方だったのだから、あれからずっと、食事を忘れて本を読んでいたことになる。
食事を忘れていた事実を思い出した途端、身体が空腹を訴えぐぅと腹の音が成った。

「腹でも減ったか。」

隣を見ると、死燐が頬杖をつきながら本をじっと眺めている。
視線は本に向けたまま言葉を続けた。

「これでも食えば。」

すっと差し出して来たのは、皿に乗った二つの握り飯。
その内一つを手に持ち、一口食べた。

「ん、さんきゅ。死燐は食わないの?」
「腹は減ってない。眠いだけだ。」

よく見ると死燐の目はいつもより細く、うつらうつらと眠気眼だった。
握り飯を食べ終え、指についた塩をぺろりと舐める。

「死燐も、眠いなら寝ちゃえばいいのに。」
「いや…こればっかりは、寝る訳にはいかない…」

目を擦りながら本を眺め、重要と思える所はノートに書きだし、資料としてまとめる。
一度研究を始めると、死燐は自分が納得するまでとことん調べる。
誰よりも研究熱心で、負けず嫌いで、努力家で、だが決してそれを表には出さない。
だから、知らないフリをしている。
陰思は死燐から本へと視線を戻し、ペラリとページをめくる。

「死燐、お前なんかわかった?」
「少しだけ…一応、この世界でいう“異能の力”を持っているのは、神や精霊、妖といった特殊な奴らに限られてるっていうのまでは…」
「やっぱあれって異能なのかね。」
「異能だろ…植物出してたし…」
「出てたしと言われても、俺は見てないからなぁ。それに、その子が出したのはワレモコウ1本だろ?それ以外はどうかわかんないし。」
「それもそうだなぁ…」

死燐は口元に手を当て、考えるような仕草をする。
手から出されたワレモコウ。植物を出す能力。植物の神の力を継ぐ、慾意の特徴。
緑色に変化する肌。日光や酸素を取り込むことで、自身の栄養とする力。
これは植物人間…つまり、精霊の域だ。
ただの慾意一族の異能者は、そこまでの能力を行使することは出来ない。

「陰思、弓良が出してくれた本…あの、“使者と大使者”、あれどこだ。」
「えっと、此処とか…うわっ」

積み重なった本に手を伸ばすと、ぐらりと崩れ何冊かが降り注ぎ、倒れる。
本の角が頭に当たり、痛みで顔をしかめる。
やけに分厚く埃っぽい、古い本を手に取ると、赤茶色の表紙にそのタイトルが刻まれていた。

「あった、死燐、これだ。」
「見せてくれ。」

死燐が乗り出すようにこちらへと身体を向ける。
慌てるな、と一言言ってからページをめくる。
ページをめくると、神暦時代と言われる、人が生まれるより前の時代のことが記述されている。
その後に、タイトルに出ていた使者の文言が出て来た。

「あった…神暦時代、世界を創った神は8人の神々を創った…八代神の記述だ。」
「なんでわざわざ神を8人も創る必要があるんだよ。」
「あーもう、神話っつーのはそういうこと考えちゃ負けなの。黙ってて。第1の八代神、ヨロズは人間を創った。この頃は人間はただの人間で、何の力もなかったみたいだな。」
「その他には…」

陰思の眺める本に手を伸ばし、急かすようにページをめくる。
そんな死燐の額を、陰思は指ではじいた。
痛い、と小さく漏らして唇を尖らせる。

「待てって。神はそれまでは世界に何かある事に介入をしてたみたいだけど、途中でその介入を止めてる…その時に、神々は自分の魂の一部を、世界各地に蒔いたって。その魂を受け継ぎ、産まれた人間が使者。で、八代神の魂の一部を継いだ人間を、大使者、っていうらしい。」
「使者…神に使える者ってことか。」
「そういう事。俺みたいな鬼や、弓良みたいな妖ではなく、特異な力を生まれた時から持った子供…単純に異能者って言ってたけど、使者、って呼び名が一応あるのな…」
「上のやつはそう言ってたりしてたけど、そういう意味があったのか。」
「何それ、知ってたのかよ。」

そういえばアイツ、書庫に行く前の書き殴りのメモの中にも書いてたな、とふと思い出す。

「呼び名だけだ。で、その記述がアイツと何の関係があるんだよ。」
「第3の八代神、エルは植物を産み出した神であり、黄荒地のある御神木は、エルの身体の一部だ。全ての植物は、あの御神木を根源に、産み出されたらしい。」
「植物の…神…」

本を指でなぞりながら呟く陰思の言葉を、死燐は復唱するように呟く。
可能性の一部。
一つは、慾意家特有の使者。
一つは、植物の精霊そのもの。
もう一つは、3番目の大使者であること。

「なぁ死燐。どれに当てはまったとしても、利用されるのがオチだぞ。」
「特に、もし、一番最後の可能性に当てはまれば…」
「厄介だろうなぁ。何も知らないで実験してれた方がマシだったろうなぁ。」
「う…」

陰思の言葉に、死燐は落ち込むように俯く。
そんな死燐を、陰思は無言で見詰めた。

「で、どうする。」
「まだ、確証がない。」
「…俺、お前の考えてること予想出来るけどさぁ、止めた方がよくね?」
「いや、行こう。アイツの所に。直接確かめて、結論を導く。」
「おいおい、死燐。」
「結論を導かないと気が済まない。それに、俺は、もう限界だ。俺は動くぞ。」

陰思ははぁ、と溜息をつくと、死燐の肩をぽんと叩いて、ぽつりと呟く。

「しゃーねぇ。付き合ってやるか。」

 


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