実験班組織編


第1章 慾意 羅繻



最近、死燐がよく笑うようになった。
死燐と相部屋、かつ、毎日の話相手である少年はふとそう思う。
本棚から本を選ぶ時はどことなく楽しそうで。
研究対象である少年のことを話す時も、口では愚痴を言うが、口元は笑っている。
自分が言うのもなんだが、表情の変化が乏しかった彼の変化は望ましいものだ。
しかし、それを快く思わない者も、当然いる訳で。


第5科  相部屋の君


「砂殺死燐の最近の動向をどう思う。」
「何が?別にフツーなんじゃないの?」

自分より一回り以上年上の男に話しかけられるが、動揺するでもなく少年はそう切り返す。
実際、死燐は今回仕事を任されたのをきっかけに表情や態度は軟化しつつある。
けれども、その一面を見ることが可能なのは、被検体であるその少年と、付き合いの長い相部屋の自分位だと自負している。
他人にまで態度を軟化させられる程、彼は人に対し心を開いてはいない。

「報告書もきちんと出してるし、研究の成果が出てない訳じゃないっしょ?」

投げやりに答えると、相手はぐ、と言葉がつっかえる。
死燐があの被検体に強い思い入れを持っているのは見てわかる。
だが、だからといってそれをあからさまにしてしまう程、アイツも馬鹿ではない。
確かに過酷な実験や検査は避けているが、それは死なれては困るから、という理由にすることも出来る。
研究の成果は勿論、些細な事に気付いたらきちんと報告し、そこを元に自身の考察もきちんと記載している。
この組織に在籍する科学者として、必要なことはきちんとこなしていた。

「陰思、お前もまさか奴に加担してる訳じゃないだろうなぁ。」
「加担?とんでもない。俺は客観的な意見を言ったまでだよ。」

まぁ、多少は贔屓目もあるかもしれないが…これでもなるべく第3者の視点に立っているつもりだ。
陰思と呼ばれた少年は、肩まで伸びた緑色の髪を手で払う。
橙色の瞳は冷たく男を見据えていた。

「っつーか、突然来てなんなの?疑いたいなら本人に直接聞けばいーじゃん。」
「お前なぁ、少しは口の利き方ってもんを」

逆上した男に着物の襟を無理矢理掴まれる。
年相応の陰思の身長は、大人の男の腰程度までしかない。
当然、襟を掴まれた陰思の身体は微かに宙へと浮かんだ。
ぴくりとも顔色を変えずに、小さな手を、襟を掴む男の大きな手の上へと乗せる。
2、3秒程間が空いた後、男の目、口元、鼻から突如血が吹き出て陰思の白い肌へと赤い滴がかかった。
男は陰思から手を離し身体を丸め、苦しむようにもがく。
丁度襟が掴まれて皺がついた部分を、まるで埃を払うような動作で軽く叩いた。

「あんま汚い手で触らないでくれない?あーあ、服汚れちゃった。」

男は苦しみながら陰思をギロリと睨みあげる。
騒ぎに気付いた科学者達が、陰思と男に注目して集まり始めた。
陰思はそれを気にも留めず、男に背を向ける。

「俺がただの子供だと思った訳?ただの子供がこんなトコ、居る訳ないだろ?」

一度も振り返ることなく陰思は自分の部屋へ戻る為に歩く。

「あんま変な事考えない方がいいぞ。」

男と陰思を囲むようにして集まった白衣の群れを押しのけるようにして進む。
自分に触れられたらどうなるかを知っている人達は、怯えるように避けて丁寧に道を開けた。
頬についた赤い滴を手で拭う。
無機質な廊下を、カランコロンと場違いな下駄音を奏でながら歩く。
ドアノブをひねって扉を開けると、見飽きた茶髪天然パーマの少年が椅子に腰かけていた。
視線は分厚い書類の束に注がれていた。

「戻ってたのか。」
「今日は検査の日だったからな。検査結果を今確認中。」
「ふーん。」

ぱらぱらと、死燐の黒色の瞳は書類の文字や写真へと注目し、その中で色のついたラインや文字を書きくわえたりして検査の結果を考察する。
サイズの大きい白衣は、着ているというよりも着られているという表現の方が正しい。
しかし書類を見つめるその姿はまるで研究者のそれだった。

「なにそれ。」
「ワレモコウだって。303番から貰った。」

303番?と首をかしげてから、被検体の番号である事を思い出す。
ちゃんと人前では番号呼びなんだな、と感心した。

「でも貰ったっつっても、どうやって?」
「何もないところ…正確には、アイツの手から、だったな。」
「手から?」
「あぁ。手から生えてた。」

カリカリカリと、レポート用紙に文字を書いてはぐちゃぐちゃと無造作に線を引く。
ピタリとペンを止めると、椅子を回転させて身体ごとこちらへ向けた。

「なぁ陰思。ちょっと書庫に付き合ってくれないか。」
「なんでまた書庫なんて。」
「調べたいものがあるんだ。」

死燐はそう言って、椅子から立ち上がる。
何が書いてあるのか、既に読み取れる状態ではなくなっているレポート用紙で、“使者”という文字だけが読み取れた。

 


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